重度VR中毒患者のリハビリ日記 #4

「犯罪者でもない、スキャンダルを起こしたわけでもない。そんなあなたがなぜ頻繁に名前を変える必要があったの」
そんな彼女の問いかけをかき消すぐらいのセミの鳴き声とカンカン照りの太陽の下、私はすっかり定例行事となった、リハビリを兼ねた散歩をしている。
「任意のアクションに対して必要性がないからやらない、なんてことを考えるほど怠惰な人間ではなくてね、残念ながら」

皮肉ではなく、本心。
大したキャパシティがあるわけでもないのに。
常に何かをしていなくては落ち着かない性格で。
その結果が、この有様だ。
私たち二人は何気ない会話を楽しむ親友、あるいは恋人同士なのではなく。私はとある理由で保護観察処分を受けている人間であり、彼女は私を監視・監督する保護課の人間である。有事の際には、私から一般市民を、あるいは彼女を守るための要員が十数人配置されている。もっとも私には一般市民と保護課の要員の区別はつかないのだが。


どこかぎこちない時間が流れたまま、私たちはしばらく歩き続けた。公園で、今時珍しい、VRではなく現実世界の風景を描こうとしている少女の存在を認めるまでずっと。
私が少女を視界に入れたまま立ち止まっているものだから、彼女はいささか緊張した表情を浮かべているが、私はそれに構わず、少女を、いや少女のパレットを見つめ続ける。
現実の風景の彩りを描こうとするなら、既製品の絵具をそのまま使うのでは不十分で、それらを上手く混ぜ合わせる必要がある。少しの不注意で色の調和が失われたが最後、それを元に戻すことは不可能なのだ。少なくとも私には無理だった。

しばらくそうしていたが、これ以上彼女と、周りにいるであろう保護課の要員にストレスを与え続けるわけにもいかない。私は少女から目を離し、先の道を歩く。詫びも兼ねて、私の方から彼女に話しかける。
「あの少女を見て、子供の頃になりたかったものを思い出した」
「画家にでもなりたかったの」という彼女の問いかけに、私は首を横に振る。
「戦隊モノのヒーローになりたかったんだ。ほら、なんとかレッドみたいなやつにさ」
「へえ…絵具の色ばかり見てたのはそういうことだったの。でもあなたにも案外普通な部分もあったのね。男の子はみんな好きなんでしょ、そういうの」
「うん、でもね。僕が……いや私がなりたかったのは全ての色のヒーローだったんだ。おこがましいことにね」


大人になる頃には放棄すべきはずの夢。
何故だかそれを持ち続けて。
一つの色じゃ飽き足らず。
全ての色を目指そうとして。
出来っこないのに、全ての色を一つの人格で管理しようとして。
それを目指した瞬間に個々の色が持つ輝きや彩りが失われるのは必然。
色は調和を失い、くすみ、混濁し。
そんな、失敗が宿命づけられた作成物……それが、今の私というわけだ。
一つの色にこだわっていれば、違った未来もあったのだろうか。

今は夏、木々の緑が瑞々しい日々、私は子供のころの夢を思い出す。

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