星空パラドキシカル #2

「空き家に侵入とは、クロノポリスの倫理感は常人以下だな、モリソン」
私は周囲に細心の注意を払って、かつての同僚に話しかける。意外なことに周りに人の気配は感じられない。一人でここに来たということか……
「悪人を捕まえるためには、自分も悪人にならなければいけないのがこの仕事の悲しいところだよね、反逆者さん」
「なんだ、お前はかつての同僚の名前すら忘れたのか」
「仕事をしている時は、君のことを反逆者と呼ぶことにしているんだ、悪いね。いや、まあ悪いのは絶対的に君の方なんだけど」
そんな言葉のやり取りをした後に私たちは笑い合った。何が仕事だ、そんなわけないじゃないか。いくらモリソンと言えども私を一人で捕まえることは出来ない。もちろん彼も最初からそんなことわかり切っていて、ここに来ているのだ。


「でも、ここに来た目的の半分は仕事でもあるんだ。ちょっと反逆者さんと話したいことがあってね」
事ここに至っても旧友から「反逆者」呼ばわりされるのは少し気に入らなかったので、少しむっとした表情を浮かばせたが、彼はそんなことに構うことなく続ける。
「果たして君は本当に反逆者なのだろうか」


???????????? 私の影武者が存在しているのではないかとか、そういう方向性の話をしようとしているのだろうか。だとしたら、私にとっても彼にとっても実りある会話にはならなさそうだ。
「いや、つまりね。君はクロノポリスの『物語』の筋書きから大きく外れる行動を取っているから『反逆者』と呼ばれているわけだけど……」
 「何が言いたいんだモリソン、いつもの言語明瞭なお前とは思えない」
 彼の方こそ影武者が存在しているのではないか。クロノポリスならそれくらいの人材を用意していても不思議ではない、などと思索が無秩序に拡散しようとしたその矢先、彼が驚くような発言をした。


「その『物語』は実在するのだろうか。初めから君が『反逆者』と規定されている『物語』が真正なものなのではないか。僕はそういう疑念を持っているんだ」
「そんなバカな。俺はクロノポリスの長官から『物語』を見せられた、お前も一緒にいただろ。そこには俺とお前の両方がクロノポリスの忠実な守護者として活動している様がしっかりと記述されていたじゃないか!」
「それがフェイクじゃない可能性はないと言えるのか。上層部だけが本当の『物語』を知っていて、僕たちに偽物の『物語』を配布する可能性だってないとは言えないだろう」
そんなの、ただの陰謀論めいた話じゃないか。私の失望が伝わったのか、伝わってないのか、いずれにせよ彼はまだ続ける。
「僕が一番不思議に思っているのは……いや気分を悪くしないでくれよ……君がなんで今も生きているのかっていうことなんだよ」
「そんなの、決まり切ってる。俺を捕らえる任務を与えられているはずのお前が、手ぬるい仕事をしているからだろ!」
「いや、そうじゃなくてさ、まあ部分的にはそうなんだけど。いや重要なのは…」
彼はそこで息を大きく吸って次の言葉を紡ぐ。


「現在はともかく、君はどうやってクロノポリスから過去の自分を守れているんだい?」
それは……えっと、どうしてだろう……
「もちろん君の実力は知っているつもりだ。ある程度の期間は守り切れると思う。でもね、君が逃亡してからもう5年は経つだろ?本気になったクロノポリスからそれだけの期間、過去の自分を守り通すのは不可能に近いと思うんだけど」
確かに……。決して過去の自分に対して攻撃がなかった訳ではない。実際十数回はあったはずだ。だがそのいずれも妙に攻撃が手ぬるく感じられたし、またそもそもこの2年間は、過去の自分に対して全く攻撃がない。


「それが何よりの証拠だよ」彼は続ける。
「それに元々さ、クロノポリスは自らが作成する『物語』においてわざわざ自らの『敵』を設定しているんだ。だったら『敵』の上位バージョンとしての『反逆者』を定めておいても、そんなに違和感はないだろ」
「しかし…」私はなんとかして彼の話を妨げる。
「『物語』の作成には相当なエネルギーを要する。お前も見ただろ、あれだけ詳細に記述されているんだ。それを偽物も含めて複数作るなんて、いくらクロノポリスと言っても……」
「それが…どうやら出来るらしいんだ。というか出来ているからこそ、今の話につながるわけなんだけど」
クロノポリスお得意の人力作戦かと問う私に、彼は否定の意を示す。
「多くの人間が『物語』の存在を知ってしまうと、『物語』は筋書き通りに進みにくくなる。人々が『物語』の存在を意識して、行動を変えてしまう可能性があるからね。そういう意味で、作成自体は出来るだけ少ない人数が関与するのが良い。僕もずっとそう思ってたんだけど……まさかこれ程までとは……」
「何だよ、はっきり言えよ」私は彼を急かす。
彼は身体を震わせながら衝撃の言葉を放った。

「『物語』はね、たった一人の手で作られているんだ……たった一人の『構文遣い』の手によってね」


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