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新聞社がいちばんミソジニー(女嫌い)

女が差別されている。

その通りである。

私は、幼稚園の頃、そのことに気づいていた。だから、男に生まれてラッキーだと幼稚園で思っていた。

でも、よくないことである。平等であるべきだ。

それは正しい。しかし、新聞社がそれを言うと、そのあまりの偽善にムカつく。

SNSでジェンダー問題発信 声上げる女性へやまぬ攻撃 ゆがむ日本(毎日新聞)


なぜなら、新聞社こそ、女性差別する職場の代表だったからだ。

私はマスコミで、新聞業界も出版業界も知っている。

以前から書いているが、出版と比べて、新聞はあまりにも「男社会」だった。

出版は昔から女性差別が少ない。編集長にも役員にも女性が多い。なぜなら、才能に性別が関係ないことを知っている。学芸の世界では、紫式部の時代から常識である。

しかし、新聞社は違った。受付には女を並べ、役員室に行けば男だけである。

今でこそ、アリバイづくりで女性の編集長や役員を置いているが、せいぜいここ10年くらいのことだ。

一般企業と比べても、新聞社の「男女平等」は遅れていた。私はそれに怒ってきたのだ。

だが、私は「管理職を男女同数にすべき」と入社の時から組合で言っていたが、まともに取り上げられたことはなかった。

女性記者も、組合では「婦人部」などという名前のところに押し込まれて、平気であった。キャリアの男女平等について社内では声を上げない。なぜなら、結局は人事権を持つ上司・役員の男に反発できなかったからではないか。「女性記者」として売り出してもらうためにも上司の男に気に入られないといけない。

「女」を武器に、パワハラ・セクハラで男を責めることはできる。

しかし、

「能力が同じなのに、男の方が出世して給料が多いのはおかしい」

と社内で堂々と「声を上げる」女性記者を見たことはなかった。

世間に「男女平等」を説きながら、社内の不平等に黙ってきたのは女性記者である。

(国会議員の半分を女にしろとか言っている辻本清美氏なども、当然マスコミのこういう実態を知っているが、「仲間」だから言わない。)

そういう環境の中で頑張ってきた女性記者には敬意を表する。

しかし、ジェンダーギャップがどうだとか、紙面でかっこいいことを言うなら、まず新聞社内で戦って、編集長や役員を「男女半々」にしてからにせよ、と言いたい。

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