Web以外の文芸の売り上げが10年間で4分の1に <林真理子と佐伯泰英>
この記事には、改めて衝撃を受けた出版人が多いのではないか。
2010年からの10年で、文芸の売り上げは半分に。
しかも、その半分は、この10年で急成長したWeb発の小説なので、紙の文芸市場は実質4分の1になった。
そりゃ、林真理子も小説の注文が来なくなり、日大の理事長でもやらなきゃ仕方ないわけだ。
ーーとあるが、初版3000部は、私が業界にいた5年以上前でも珍しくなくなっていた。今は2500部とかもあるかもしれない。
私が業界に入った約30年前、いわゆる大衆小説の最低初版部数は8000部だった。
林真理子のような人気作家なら、初版3〜5万部は固かっただろう。
いや、文芸家協会理事長ともなれば、業界の「最低賃金」を引き上げる責務も負うから、「10万部刷ってちょーだい」となったかもしれない。昔ならば、だ。
定価1500円、10万部で、印税は1500万円だ。一流作家ならば、そのくらいは欲しいところだろう。
年にそれを2、3冊出せれば、税金を払っても、十分にリッチな生活ができる。
たまたまそれが数十万のベストセラーやミリオンセラーにでもなれば、数億円の収入になる。昔の作家はそんな世界だった。
1990年代を境に、最低初版部数は7000部になり、6000部になり、今や3000部だ。
同じ定価1500円でも、3000部では、50万円弱にしかならない。
毎日、寝る間も惜しんで書いて、1カ月1冊ペースで出せる「売れっ子」になったとしても、年収500万円(税引き前)なら、誰が作家になろうとするだろう。
林真理子も、案外、今はカネがないのかもしれないと思う。バブル時代からの贅沢が身についているだろうし。
Web小説はまだ夢があるが、小説よりも、結局漫画化、アニメ化した方が売れるというのだから、最初から漫画、アニメで出したほうがいい。
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文春の記事の主題はWeb小説なのだが、年寄り向けのライトノベル市場はどうなのだろう。
佐伯泰英が切り開いた、あのジャンルだ。
佐伯泰英、鳥羽亮、風野真知雄・・・図書館に行くと、そうした人たちの書き下ろし時代小説の文庫シリーズがずらりと並ぶ。
図書館の文庫コーナーには、林真理子をはじめとした現役作家の本も、ほんのわずかしか生き残っていない。
いま芥川賞、直木賞の選考委員をやっているような大先生の作品はそこにはほとんどない。文芸市場の現実は、それを見ればわかる。
一時期、文芸出版社は、図書館のせいで新刊が売れないと文句を言っていたが、もう言わなくなった。図書館でも読まれていないからだ。(昔、初版部数が多かったのは、図書館が買うから、というのもあったが、今は図書館も買わない)
読まれているのは、圧倒的に、時代小説の書き下ろし文庫だ。それを私のような年寄りが先を争って読む。なぜなら、早く読まないと、すぐに年寄りのヨダレやら何やら正体不明の液体で、ページがでろでろヨレヨレの濡れ本になる。
私もそうだが、年寄りは物忘れが激しいので、「居眠り磐音」の何巻まで読んだかとか、すぐ分からなくなる。でも、内容も忘れているから、何度でも同じ巻を借りて楽しめる。ページの消耗が早いのは、そのせいでもある。
だから、佐伯泰英の人気シリーズなどは、各図書館、3冊ずつくらい用意して欲しい。
もう紙の文芸は、あのジャンルだけでいいのではないか。(このジャンルのこともいずれ書きたい)
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そういえば、佐伯泰英は、林真理子の日大の先輩だ。
佐伯は1942年生まれ、日大芸術学部映画科卒。林は1954年生まれ、日大芸術学部文芸学科卒。
佐伯の実家は北九州の新聞販売店、林の実家は山梨の書店。
林は20代から売れたが、佐伯は60歳になるまで売れなかった。後輩の活躍ぶりを、佐伯は売れないままずっと見ていたことになる。
林はすでに肩書を持ちすぎている。佐伯泰英に日大の理事長をやって欲しかったな。
でも、今は佐伯のほうが、林より忙しいだろう。作家の仕事で。
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