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魂と心

「心の支えが魂の負担になる」

というのは河合隼雄さんの名言。よく思い出す言葉です。

心にとって良いことでも、魂にとっては良くない。そういうことがある。

しかし、現代社会は、心については心配してくれても、魂については、なかなか教えない。


たとえば、仕事が生きがいです、とか、子供の成長を見るのが生きがいです、とか言う。

それはそうなんだろうけど、それは「心」の話ですね。

仕事や子供が、いつしか魂の負担になっていることがある。

魂とは何か?


それがよくわかる本に、夏樹静子さんの『腰痛放浪記 椅子が怖い』(新潮文庫)がある。

一見、魂とも心理学とも無縁そうな書名ですが、これが世紀の名著であることは、知る人ぞ知るでしょう。


ベストセラー作家の夏樹さんは、長年、腰痛に悩まされていました。

実は私も夏樹さんの原稿取りをしたことがあり、腰痛の苦しさを聞いています。椅子に座ることもできないという。腰痛は作家の職業病とはいえ、大変だなあと思いました。

マッサージから特殊な腰当てから、あらゆることを試してみるけれど、腰痛はいっこうに治らない。


ある日、勧められて受診した心療科の医師に、

「あなたの病気は心身症かもしれない」

と言われる。

作家の夏樹さんは、その頃はやり出していた心身症という言葉を知っていたけれど、自分の腰痛が心因だとはどうしても信じられない。

「私も作家だから、神経症とか、心身症とかがあるのは知っています。自分がそんな病気になるはずはない、ということではないんです。でも、その症状が腰痛なんて、聞いたことがない。おかしいじゃないですか」

緻密なミステリーで知られた夏樹さんは、医者への反論も論理的で執拗です。


結論的に言えば、「作家・夏樹静子であること」が、夏樹さんの心の支えであり、同時に、魂の負担になっていた。

それは、ストレスが多すぎたとか、作家であることに能力的な無理があった、とか、そういうことではないんです。

夏樹さんは能力抜群であり、作家がまさに適職だった。だからこそ、なんですね。

そのことに夏樹さん自身が気づくまでに、非常に長い時間がかかります。その過程が「腰痛放浪記」に書いてあります。

そして、それに気づいた時に、腰痛は劇的に消滅します。


心が自我に関係するとすれば、魂は生命力に関係します。

魂の存在に気づくために、いったん自我が「崩壊」しなければならない場合がある。ただ「仕事を休む」だけではダメなんですね。

医者は、森田療法の手法で、夏樹さんの自我をゆっくり、安全に「崩壊」させていく。その過程も、「腰痛放浪記」の見どころです。


魂とは何か。

タマは、最も古い和語の一つですね。いまでもヤクザ映画で「タマ取ってやる」と言いますが、「命」という意味です。

シイ(シヒ)については不明ですが、「病んでいる」「弱っている」という意味だ、という意見を聞いたことがあります。

確かな根拠はありませんが、タマシイとは、「弱い命」「病みがちな生命」という意味だと考えればどうでしょう。それは、現代医療がふつう相手にする「命」とは、また別の命です。

魂という言葉で、強いパワーをイメージする人がいますが、私はもっと繊細なものだと思います。

あなたの魂を大切に。



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