見出し画像

「デイドリーム・ビリーヴァー」解読 わかりにくい歌詞を読み解く

モンキーズの「デイドリーム・ビリーヴァー」(1968)は、彼らの代表曲というだけでなく、ポップス史に輝く名曲として知られます。


モンキーズ以降も、たくさんカバーされました。

日本でも、忌野清志郎のタイマーズが、日本語の歌詞を作って歌って、ヒットしました。


私も、モンキーズのバージョンをときどき口ずさむんだけど、でも、歌いながら、意味のわかんない歌詞だな〜、と思っている。

英語圏の人にとっても、この歌詞は、よくわからないらしい。

「この曲は、何を歌ってるんですか?」

「スリーピー・ジーンって、誰ですか?」

という質問が、英語の掲示板みたいなのに、よく上がっています。


この曲の歌詞がわかりにくいのには、以下の3つの理由があります。


1 原詩がそもそもわかりにくい

 作者のジョン・スチュワートが一瞬のひらめきで書いた詩だった

2 モンキーズが歌詞を変えた

 モンキーズ側の改変により、意味がとりにくくなった

3 ボーカルのデイビー・ジョーンズが、歌詞を読み間違えた

 レコーディングの時、デイビーが手書きの歌詞カードをちゃんと読めなかった


ーーという3重事故で、意味がわかりにくくなったのです。


1 原詩がそもそもわかりにくい


まず、モンキーズが歌った歌詞を、日本語訳してみます。

私がいちばん信頼するGoogle先生に、直訳してもらいました。



彼女が歌うとき、
私は青い鳥の翼の下に隠れることができた
6時の目覚ましは決して鳴らない
でもそれが鳴って私は立ち上がる
私の目から眠りを拭いてください
髭剃りのカミソリが冷たくてヒリヒリする

元気出して、眠いジーン
白昼夢の信者と帰国の女王にとって、
それは何を意味するのでしょうか?

あなたはかつて私を
馬に乗った白い騎士だと思っていた
これで私がどれだけ幸せになれるかわかりますね
私たちの楽しい時間は
1ドルも使わずに始まり、終わります
でも、ベイビー、本当にどれくらい必要なの?

Oh, I could hide 'neath the wings
Of the bluebird as she sings
The six o'clock alarm would never ring
But it rings and I rise
Wipe the sleep out of my eyes
My shavin' razor's cold and it stings

Cheer up, Sleepy Jean
Oh, what can it mean
To a daydream believer
And a homecoming queen?

You once thought of me
As a white knight on a steed
Now you know how happy I can be
Oh, and our good times start and end
Without dollar one to spend
But how much, baby, do we really need?


こっちが「これは何を意味するのでしょうか?」と聞きたくなる歌詞です。

「目覚ましが鳴らない」と言ったり、「鳴った」と言ったり。どっちやねん、とツッコミたくなる。


まあ、「ホームカミング・クイーン」については、今ではよく知られているから、「帰国の女王」なんて訳す人はあまりいないでしょう。


ホームカミング・クイーン。高校や大学で開催されるホームカミング・デイの、ミスコン形式のイベントで1位に輝いた女性を指す (Weblio)


私も、昔は意味がわからなかった。ネットがない時代は、よほどネイティブに近い人しかわからなかったでしょう。「家に戻ってきた女王様」みたいな翻訳は、よく見た気がします。

でも、「ホームカミング・クイーン」の意味がわかったところで、歌詞全体の意味がわかりやすくなるわけではない。

ミスコンの1位がどうした? となる。


まあ、作者のジョン・スチュワートが、その時つき合っていた彼女(のちに結婚したバフィー・スチュワート)が、ホームカミング・クイーンだった、というだけのことらしいんですが。ちなみに、彼女も歌手です。


作者のジョン・スチュワートとバフィー・スチュワート。白昼夢信者とホームカミング・クイーン


ジョン・スチュアートは、1950年代から、フォークの革新者として知られるキングストン・トリオのメンバーとして活躍したミュージシャンです。

この曲を作った1966年には、彼はキングストン・トリオをやめて、キャリアの曲がり角にありました。

彼は、歌詞の詳しい解説はしていませんが、この曲ができた時の状況を、以下のように説明しています。


「なんて無駄な一日だったんだろう、私がしたのは空想だけだ」と思いながらベッドに向かっていたーーそこから、曲が一気にできたんです。

"I remember going to bed thinking, 'What a wasted day — all I’ve done is daydream.' And from there I wrote the whole song.

(英語版wiki "daydream believer")


また空想だけをして終わってしまった、むなしい1日が過ぎていったーーという思い。

それが、この歌詞の基調にあるわけですね。


その「むなしい気分」がわかると、全体の意味が何となく見えてくる。

目覚ましが鳴らない、というのは、夢のようなふわふわした生活から目覚めることができない、ということを意味している。

でも、目覚ましは鳴るーーつまり、そういう生活をしていても、1日は始まり、起き上がらなければならない。

そういう状況を歌ってるんですね。


そして、そういう夢想家と、もう一人「ホームカミング・クイーン」がいることがわかる。

男が女性と二人で住んでいるらしい。

だから、男が「元気を出せよ」と呼びかけている「眠いジーン」は、その女性だろう、と思われる。

男が先に起きて、女はまだ寝ている(少なくとも眠そうにしている)、という情景が思い浮かびます。

ここで、「ジーン jean」と「ミーン mean」、そして「クイーン queen」が韻を踏んで、心地よい効果を上げています。

冒頭からも、wings, sings, ・・stingsと、しつこく韻を踏んでますね。


2 モンキーズが歌詞を変えた


で、その2人の関係性を説明するのが、次の部分なのですがーー


あなたはかつて私を
馬に乗った白い騎士だと思っていた
これで私がどれだけ幸せになれるかわかりますね

You once thought of me
As a white knight on a steed
Now you know how happy I can be


でも、ジョン・スチュワートの原詩では、3行目は「happy」ではなく、「funky」でした。


これで私がどれだけfunkyになれるかわかりますね


この「funky」の意味だけど、今では「ファンキー」という言葉は、日本人でも知っています。「ファンキー・モンキー・ベイビー」とか。

まあ、「目立つ」「大胆にくるう」といった、肯定的な意味ですね。

でも、それは、この言葉のスラング的な意味であり、本来の意味は「臆病な」という、否定的な意味の形容詞でした。

原詩で使われたfunkyは、その本来の意味でした。つまり、


あなたはかつて私を
馬に乗った白い騎士だと思っていた
だから私は今、ビクビクしているのがわかるでしょう。

ーーと。

あなたが「白馬の騎士」のように私を過大評価していたから、今では正体がバレないかビクビクして暮らしています、という意味なんです。

(ビクビクしている姿は、冒頭の「翼の下に隠れて」の部分とも照応します)


これを「happy」に変えてしまうと、意味が逆になってしまう。

だから、ジョン・スチュワートは、「それでは筋が通らなくなる」と、改変に反対しました。

でも、モンキーズ側は、「この部分を変えさせないなら、この曲を使わない」と強硬に主張しました。


この「デイドリーム・ビリーヴァー」という曲は、買い手がつかず、すでに何人もの歌手から断られていました。

知り合いのモンキーズのプロデューサーが、アルバム用の埋め草(fill in)に買ってくれたものでした。

そういう経緯もあって、ジョン・スチュワートは、最後は改変を認めました。


なぜ、モンキーズ側は、この「funky → happy」の改変にこだわったのか。

それについても諸説あるのですが、どうも改変をいちばん主張したのは、デイビー・ジョーンズらしい。


たぶん1960年代の半ばというのは、「funky」という言葉が、現在のスラング的な意味に変わる、端境期だったのでしょう。

funkyは、「下品な言葉 swear word」と判断されて、子供のファンをとくに大事にしていたデイビー・ジョーンズによって忌避されたらしいんですね。


それで、今のような歌詞になったのですが。

でも、


あなたはかつて私を
馬に乗った白い騎士だと思っていた
だから今、私がどれだけ幸せになれるかわかりますね


というのは、やっぱり意味が少し通らなくて、モヤる。

ずっと自分を「白い騎士」だと思い込んでいる、能天気な奴、みたいになりますよね。

あるいは、能天気なバカップル、みたいな印象になる。


3 ボーカルのデイビー・ジョーンズが、歌詞を読み間違えた


で、そのうえ、デイビー・ジョーンズが、収録の時に歌詞を読み間違えた。

髭剃りのカミソリが冷たくてヒリヒリする
My shavin' razor's cold and it stings


ーーの「cold」は、本来「old」でした。


髭剃りのカミソリが古くてヒリヒリする

My shavin' razor's old and it stings


これは、ささいな読み間違いで、それほど大きな意味のちがいは生じないように思えますが。

でも、そのあとの部分で「お金」の話が出てくるから、ここは「カミソリが古い」の方が、貧乏感が出てよい。

金がないから古くて錆びたカミソリをいつまでも使っている、それで肌がヒリヒリする、というのは、私みたいな貧乏生活では実感的によくわかります。


逆に、「カミソリが冷たくてヒリヒリする」というのは、考えてみると、よくわからない。

寒い日なのかな、だから、彼女も起きてこないのかな、とか余計な誤読を招くから、よくないですね。



いずれにしても、歌詞の改変によって、曲のイメージがかなり変わったのは確かです。

今、モンキーズでこの曲を聴く人は、

「貧しいけど幸せなカップルの話だな。でも、ちょっと不安もある」

くらいの印象だろうけど、本当は、

「すごく不安なカップル」

の話なんですね。


本来は、だからこそ、「元気を出せよ」というフレーズが生きてくる。

「元気を出せよ」は、横にいる恋人に呼びかけているのだけど、同時に自分に対しても励まし、奮い立たせようとている。

そして、「ビクビクしている」自分としては、いつまでも「青い鳥の翼の下に隠れること」はできないんだ、という自覚がある。

今みたいな、夢想するばかりの、むなしい生活から、早く抜け出さなければいけない、現実社会に出て、そして彼女を幸せにしなければいけない、という決意も伝わってくる歌詞なわけです。


もちろん、以上は、私の解釈であって、作者が具体的に説明していない以上、他の解釈もできると思います。どう解釈しようと自由です。



いずれにせよ、この曲は大ヒットした。

最初はアルバムを埋めるためだけの曲として扱われ、その後はB面曲として準備されたのに、直前の判断でA面曲になった、という逸話もあります。

歌詞の意味はよくわからないけど、とにかく人々を幸福な気持ちにさせてくれる。

それは、本来は少し暗い内容の歌詞を、モンキーズが能天気なほど明るく変えたおかげだ、というしかありません。


なお、のちに作者のジョン・スチュワートは、原詩のとおりに歌ったバージョンを録音しています。

そして、デイビー・ジョーンズも晩年、「スリーピー・ジーン」本人であるバフィー・スチュワートと、この曲を歌っています。

そこでは、happyではなくfunkyと、coldではなくoldと、ちゃんと原詩のとおりに歌って、ジョン・スチュワートに敬意を表しています。


作者ジョン・スチュワートによる「デイドリーム・ビリーヴァー」


バフィー・フォード・スチュワート&デイビー・ジョーンズ「デイドリーム・ビリーヴァー」


モンキーズの「デイドリーム・ビリーヴァー」


タイマーズの日本語版「デイドリーム・ビリーバー」 彼女を「過去の人」にして、歌詞をわかりやすくしていますね


本記事を書くにあたって、以下の動画を参照しました。

How an ANNOYING B-SIDE Nobody Wanted--Became an ACCIDENTAL #1 SING-ALONG Classic!




<参考>


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集