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メディアの殺意 安倍晋三氏を殺したのは「ファクト」なのか

元朝日新聞記者たちがGoogleと「ファクトチェック」機関を作ったことで、「偏向の元凶が偏向をチェックできるのか」と揶揄されている。

しかし、いつも思うのだが、偏向は「ファクト」だけの問題だろうか?

下は、高槻市の保険金殺人容疑を伝えるテレビ朝日のサムネールだ。葉巻を吸う容疑者の写真が使われている。

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これらの報道のあとの9月1日、この容疑者は拘置所で自殺した。

まだ一カ月たたないが、世間はもう忘れたかもしれない。

しかし私は、上の写真を見たとき、「こんな写真で報道されたら、もう自殺するしかないな」と思ったから、よく覚えているのである。(葉巻を吸う写真が「悪人顔」に見えるのは昔からの常識だ)

報道の記事本文や、ニュースを冷静に読み上げるキャスターの声より、この写真1枚のインパクト、その扇情・扇動の力の方が大きいのは、わかってもらえると思う。

安倍晋三氏暗殺は、メディアにより教唆・使嗾されたのではないか、と私は疑っている。

その疑いをそらすために、メディアはバカみたいに「統一教会」報道をやっているのだ、と思っている。

「もり・かけ・桜」は、ほとんど安倍氏への嫌がらせに化していたことは以前も書いたが、それらの報道でも、写真がものを言っていた。とくに「桜」の報道では、安倍氏が「桜を見る会」で音頭を取っている様子や、国会で答弁をする写真を使って、

「こいつは嘘つきだ」「調子に乗っている」

というメッセージを繰り返し国民に送った。

それを見て、細かいことは知らなくても、「こんなやつは殺されて当然だ」と思う人間が出てきて不思議ではない。

私には、それらの写真を使った記事や書籍が「暗殺指令書」のようにも見えた。

それこそが印象操作、偏向報道なのだが、「ファクトチェック」ではひっかからない。

何の加工もしていない写真を使っているだけですが、何か? である。

私もマスコミにいたから、保険金殺人容疑であんな写真が出てきたら、使いたくなるのはわかる。しかし、それだけをメインに使わず、できるだけイメージを中立化させる努力はしたと思う。

安倍氏の場合も同様だ。

最高権力者なんだから、どのように批判されようと仕方がない、と言う人はいるだろう。

しかし、安倍氏は首相をやめて、警備が薄くなってからも、それをやられていた。それは、メディア、とくに朝日、毎日、東京新聞が、死後ですら「国葬反対」を執拗にやっていたことでもわかる。

奈良県警の警備の問題が言われるが、一国会議員に戻ってセキュリティーが甘くなっている人物に、最高権力者が浴びるような攻撃をし続けたメディアは、問題ではないのだろうか。

権力を警戒し、犯罪の疑いに対して「許せない」と怒るのは大切だ。

しかし、少なくとも報道機関は、表現上、その気持ちを中和しなければならない。「刑の執行」は自分たちの仕事ではないからだ。

それなのに、「もり・かけ・桜」も、高槻の保険金殺人も、メディアの懲罰感情、「ヘイト」(憎悪)がダダ洩れだったのである。

それが読者や視聴者に伝われば、「ヘイトクライム」が引き起こされて当然ではないか。

繰り返しになるが、こうしたメディアの重大な偏向や印象操作は、「ファクトチェック」では引っかからない。

私もメディアにいたから、それはわかる。チェックにひっかからないように注意するのである。

しかしそれが、「ファクトチェックに引っかからなければ何をしてもいい」という考えになっていないだろうか。

テレビ朝日社員のキャスター、玉川徹氏は、菅義偉前首相の国葬での弔辞に「電通が入っている」と発言し、9月29日に「事実ではありませんでした」と謝罪・撤回した。でも、偏向をやめますとは言わない。

ファクトでないことがバレると、その点についてだけは謝らなければならないと知っている。だが、なぜそもそもそんな発言が出てくるのか、その姿勢を含め、「ファクトチェック」対象部分以外は反省しなくていいと思っている。

単なるファクトの誤りより、そちらの方が怖い、ということを、声を大にして警告しておきたい。

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