【今月のおすすめ文庫】秋がテーマの小説 貴志祐介が語る、ホラー小説の魅力とは
取材・選・文:皆川ちか
毎号さまざまなテーマをもとに、おすすめの文庫作品を紹介する「今月のおすすめ文庫」。
今月は「秋」をテーマに、ホラー・恋愛・ミステリとさまざまな作品をピックアップ!
秋の夜長に読みたくなるような作品たちを紹介します。
また、2024年10月25日に角川ホラー文庫にて文庫化された『秋雨物語』の著者である貴志祐介さんに、本作について、またホラーの魅力についてお話を伺いました。
今月のおすすめ文庫 秋がテーマの小説
『秋雨物語』(角川ホラー文庫)貴志祐介
前世の呪いを背負った男の愛への渇き、転移現象に悩まされる作家が夜な夜な見る悪夢、私家版レコードに秘められた天才歌手の数奇な運命、人生を詰んだ者たちが命懸けで挑む「こっくりさん」――上田秋成の名作『雨月物語』にオマージュを捧げた、恐怖と絶望が詰まった四編から成るホラー短編集。続編に『梅雨物語』も。
『秋の花』(創元推理文庫)北村 薫
高校の文化祭の準備中、ある女生徒が屋上から墜落死する。自殺か事故か、それとも……。亡くなった少女の幼なじみは憔悴し、彼女たちの先輩である“私”は死の原因を探る――。文学を愛する“私”と、卓越した観察眼を持つ落語家・春桜亭円紫が数々の謎を解く日常系ミステリの金字塔。秋の季節に特化した、シリーズ初の長編。
『秋の牢獄』(角川ホラー文庫)恒川光太郎
大学生の藍は、11月7日という一日を毎日繰り返している。どうして? なぜ自分が? 変質した世界をリプレイし続けるうちに、自分と同じリプレイヤーたちと遭遇。安堵したのも束の間、仲間たちは一人ずつ消えていって……。恐怖と幻想のストーリーテラーの名手が紡ぐ、恐ろしくも切なく美しい物語3編を収録した中編集。
『錦繍』(新潮文庫)宮本 輝
かつて夫婦だった男と女は、ある事件により愛しあいながらも離婚する。10年後、別々の人生を歩む二人は紅葉に染まる蔵王で偶然再会。それぞれの思いをしたためた手紙を交わしはじめるが――。名作として名高い人気を保つ往復書簡小説。紅葉の季節に始まり紅葉の季節に幕を閉じる構成が、しみじみと秋を感じさせる。
『デッドエンドの思い出』(文春文庫)吉本ばなな
婚約者に裏切られ深く傷ついた“私”は、身を寄せたバーで雇われ店長をしている西山君と親しくなる。西山君もかつて過酷な体験をしていた。彼と共に過ごすうち、“私”は少しずつ回復していく……。雪のように降り積もる銀杏の葉の美しさが心に残る表題作をはじめ、人生におけるかけがえのない瞬間を切り取った短編集。
『秋雨物語』貴志祐介さんインタビュー
新作の超弩級ホラー巨編『さかさ星』が大きな話題を呼んでいる貴志祐介さん。『さかさ星』と並行して取り組んでいた短編ホラー集『秋雨物語』(2022年刊行)が、このほど文庫化されました。秋雨をテーマに、色合いの異なる4つの恐怖と絶望を綴ったオムニバス。各作品に込めた思いを中心に、ホラーを書く愉しみ、その尽きせぬ魅力について語っていただきました。
――今の季節にぴったりな肌寒さを感じさせる恐怖を堪能しました。巻頭の「餓鬼の田」は、社員旅行先で気になる男性社員と二人きりになった女性・美晴が、彼から思いもよらない秘密を打ち明けられる内容です。
貴志:発想のもとになったのは、会社員時代に周囲にいた何人かの男性でした。彼らは見た目は悪くないし、人柄もいいのになぜか女性社員たちに好かれていなくて。それがなんとなく不思議だったんです。もしかしたら前世の呪いでモテないのだとしたら……なんて考えてしまいました。
――前世で犯した悪行のせいで恋愛ができない、と訴える“男”の言い分に美晴は戸惑います。
貴志:ある意味、恋愛が始まるかどうかのあわいの瞬間を描いた男女のコミュニケーションの物語ともいえますね。ここでキーとなっているのは「呪い」ですが、この人と恋愛に踏みだせるかどうかを判断するいろいろなもの(価値観など)に置き換えることができるのではないでしょうか。私にしては珍しく恋愛要素が入っている作品となりました。
――「フーグ」は、失踪癖のある作家が残した書きかけの原稿を手がかりに、編集者がその行方を追う内容です。作家は精神疾患なのか、それとも超能力の持ち主なのか……? どちらともとれるように展開していきます。
貴志:『トワイライト・ゾーン』(1950~60年代にかけて放送されたアメリカの人気SFテレビドラマシリーズ)っぽい話にしてみたかったんです。テレポーテーションといった現実から逸脱する要素を入れることで、どこまで変なストーリーを作れるのか試みたかった。自分の偏愛する蜘蛛も盛り込んで。結果、SFとホラーとミステリが全部盛りになった、ある意味かなり貴志祐介的な作品ですね。
――前半の二作「餓鬼の田」と「フーグ」には、『さかさ星』にも登場する霊能者の賀茂禮子がでてきますね。
貴志:禮子は本格ミステリでいうところの名探偵のような役回りで、非常に使い勝手がいいんです。イメージとしては『マクベス』の魔女。外見も含め、どこか人智を超えたところがある存在です。いろんな方から「美少女の霊能者にした方がもっと売れるのに」とご指摘を受けたのですが(苦笑)、自分の書く重くて暗い話を受けとめるのには、これくらい異形の人物がふさわしいんですね。
――「白鳥の歌」は、呪われたSPレコードをめぐる二人の歌手の運命を辿る物語です。現代の京都から19世紀アメリカへジャンプする大胆な構成に、読んでいて頭がくらっとしそうでした。
貴志:家のなかの一室で進行する話なので、設定としては舞台劇に近いかもしれません。登場人物たちの会話のみで、日本から遠く離れた広大なアメリカの砂漠まで読者を連れていきたかった。まさに読む人の頭をくらくらさせたかったんです。
――ここでは音楽が重要なモチーフとなっていますね。
貴志:この作品を書く際に蓄音機を買ったのですが、蓄音機の音は迫力がありますね。とても生々しい。また、さるオーディオマニアの方に取材をしまして、その方がおっしゃっていた「間に何かを挟めば挟むほど音は歪む」という言葉が印象的でした。作中に登場するオーディオマニアの老人のモデルになった方です。
――このマニアの老人も、作中で語られる二人の歌手も、音楽に自らを捧げた結果、痛ましい目に遭います。
貴志:何かをとことんまで突き詰めると、やはり世界が変わって見えてくるのでしょうね。たとえ自分の身を滅ぼすことになっても。
――歌手の伝記を書くよう依頼された語り手の作家は、彼女の音楽への業に圧倒されてしまいます。
貴志:それでも、この話を聞いたことによって、スランプ中である作家のなかで何かが大きく変わったと思うんです。彼が書きたい小説はこんな異様な世界の話ではないけれど、それでも、彼女(たち)の生きざまを知ったことで“何か”を受けとったのだと信じたい。ある人物の人生が、時間も距離も遠く離れたところにいる誰かの人生に影響を及ぼすことができたら……そんな思いをラストに込めました。
――最終話「こっくりさん」は、追い詰められた4人の男女が「こっくりさん」をすることで人生を打破しようとします。
貴志:これは読者に、今更こっくりさんか!と思ってほしくて書きました。そこに“ロシアン・ルーレット・バージョン”という要素を入れてゲーム的な面白みをだそうと思って。
――怪談の怖さに加え登場人物たちの腹の探りあい、さらにデスゲームの様相も帯びていますね。
貴志:ルール不明のゲームのなかに放り込まれて、だんだん仕組みが分かってくるスタイルが自分は好きなんですね。「こっくりさん」という誰もが知っているはずのゲームを題材に、その言葉の意味するものを自分なりに解釈し、貴志版「こっくりさん」を編みだしました。結末のオチに全てを懸けています。
――貴志さんにとって恐怖小説の愉しみとは何でしょうか。
貴志:バリエーション豊かなところですね。恐怖というのはたくさんの種類があり、ひと口に「怖い」といっても何が怖いのかは人によって違います。たとえば私は今、南海トラフ地震が切に怖いのですが、全然気にしていない人もいる。何が怖いのかは人さまざまで、だからこそ面白いし、書いていて飽きないんです。異なる人間同士がぶつかり合い、そこから生まれるドラマ。さらに人間の力ではどうしようもない大きなものの存在まで加わると、まったく予期せぬストーリーが生まれる。実に恐怖のバリエーションは尽きません。
――ここ数年のホラージャンルの盛り上がりを、貴志さんはどうご覧になっていますか。
貴志:まず、このジャンル自体はずっと盛り上がっていると思うのです。それはやはり、この社会自体が不安に包まれた時代だからでしょう。不安な現実を忘れたくて、絵空事であるホラーに浸りたいという欲求を抱いている方が多い気がします。そして、フェイクドキュメンタリー系のホラーは長らくの間、映画ではうまくいっていたけれど活字媒体では成功例が少なかった。それが近年、YouTubeと連動してホラーを語る形が生まれて大きく躍進しましたね。YouTube動画と実話系ホラーは相性がいいんです。雨穴さんの『変な家』は、参考書みたいにポイントや図を分かりやすく入れている点が新しいし、背筋さんの『近畿地方のある場所について』は従来のホラー小説とはひと味違うリアルを感じました。こうした実話系ホラーはブームで終わらず、一つのジャンルとして定着していく気がします。とはいえ、私自身はやはり描写や物語(フィクション)の力で怖がらせたいのです。
――貴志さんは恐怖を描くとき、どんなところを大切にしていますか。
貴志:書きすぎないことと、比喩ですね。槍の名人が「槍は突くことではなく引くことに奥義がある」と語るように、小説でも書き込みすぎず、余分に感じる部分は潔く取り去ることが大事。それと比喩を適切に使うこと。比喩表現はうまく使うと、ホラーにとってこれほど強いものはなくて。何かを何かに喩えることで理想的な怖い画が浮かんでくる。だけど的確でない比喩を使うと、台無しになってしまう。この二点を常に念頭において書いています。