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今敏について|46年の生涯、パプリカ・パーフェクトブルーなどの作品解説

今敏(こん さとし)の作品は、アニメ史のなかでも明らかに異質なものだ。ジャパニメーションブームが去った後に颯爽と現れて、海外に日本アニメの価値を再認識させたのは、今敏の功績が大きいでしょう。

このメディアでも何度か記事を書いてきました。

そんな今敏の作品には、いまだに熱狂的なファンが多いんです。サブカルオタクのなかで勝手に神格化され、崇め奉られているんですね。「パプリカしか観ていない」けど「今敏はすごい」と言いたくなるサブカル諸君もいるだろう。アレは「NEVER MINDしか聴いていない」けど「カート・コバーンやべえ」と言っているようなもの。若くして亡くなったからすごいんじゃないぞ。今敏は生死問わず、その世界観自体が素晴らしいんです。

2020年は没後10年ということで、今敏作品を振り返る試写会があった。私も現地に行ったが、思いのほか若い人が多かったのが印象的で、しかも丸尾末広や浅野いにおなど、サブカル著名人デザインのTシャツを着ている人が20人はいた。

没後10年が経っても受け継がれているのは、未だに彼の「夢と現実」を描いた作品が他のアニメ監督につくれないからでしょう。

今回はそんな「今敏」という映画監督についての記事を書く。夢と現実レイヤーを行ったり来たりする不思議な感覚は今敏にしか作れない。そして彼が亡きいま、日本であの不可思議な作品を作れる人間はいなくなった。

では「今敏とは何者なのか」から「今敏が関わったすべてのアニメ映画紹介」まで、フリークの私が徹底的に解説しよう。


なお本人は「今 敏」と表記していましたが、ここでは「今敏」と書かせていただきます。

今敏の生涯 〜21歳でデビューするまで〜

今敏は1963年に札幌市で生まれる。高校生のころには、アニメやマンガによく触れており「宇宙戦艦ヤマト」「アルプスの少女ハイジ」「未来少年コナン」「機動戦士ガンダム」などのアニメを観ていたそうだ。

また大友克洋のマンガや、筒井康隆の小説などからインスピレーションを受けたという。特に大友克洋でいうと「AKIRA」より「童夢」が好きだったらしい。この2人は今敏が大人になってから、一緒に仕事をすることになります。

その後、武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン学科に進学。グラフィックを専攻するようになる。このころはマンガを描く勉強として、実写映画も観ていたそう。特に「テリー・ギリアム」の作品が好きだったことをインタビューで語っている。なかでも「TimeBandits」「Brazil」The Adventures of Baron Munchausen」を参考に絵を描いていた。

今敏の生涯 〜マンガ家としてアニメクリエイターと交流を深める20代〜

1984年、在学中に講談社のちばてつや賞を受賞してマンガ家デビューをする。アニメ監督にイメージがある今敏は、意外にもマンガ家デビューが先なんです。この時に受賞した「虜 -とりこ-」は「夢の化石」という短編集に収録されている。夢と現実を行ったり来たりする内容で、既に今敏節は顕在だった。

この受賞によって、大友克洋のアシスタントになる。というのも「虜 -とりこ-」と「AKIRA」は同時に連載されていたのだ。そして今敏がのちのち、名作アニメを創り出すのは、大友克洋と仕事をしたことが大きい。今敏自身も「アニメで仕事ができたのは大友さんのおかげ」と語る。

その後も1990年に「海帰線」1991年に「ワールドアパートメントホラー」などのマンガを描くが、1995年、押井守原作の「セラフィム 2億6661万3336の翼」を未完で終えてからは漫画の仕事をすっぱり絶った。

今敏の生涯 〜アニメ作家としての駆け出し〜

そんな今敏が初めてアニメに関わったのは1991年の「老人Z」だ。原作・大友克洋、キャラデザ・江口寿史という名作である。この作品で、今敏はレイアウトや原画を描き始める。レイアウトの仕事は彼が当時最も得意としていた。

1993年には押井守原作のアニメ映画「機動警察パトレイバー2」でレイアウトを担当。そして同年「ジョジョの奇妙な物語」ではシナリオから構成など、作品により大きく関わるようになる。

今敏の最初期の印象について、周りのスタッフのインタビューを読んでいると「とにかく絵がうまかった」という声がよく聞かれる。今でこそ圧倒的な演出力、構成力が人気の今敏だが、アニメデビューしたころは「作画がハンパなく上手い人」だった。

今敏の生涯 〜夢と現実を一貫して追及〜

そんな今敏にとっての転機は1995年、大友克洋総監督の「MEMORIES」で脚本を書いたことだ。同作は4つの短編で構成されるオムニバス作品。今敏は1話目の「彼女の想いで」ではじめてのアニメ脚本を書いた。

この作品ではじめて、今敏の代名詞である「夢と現実の境界線」が登場する。もちろんマンガではデビュー作から一貫して書いていた。しかし「彼女の想いで」で、はじめて今敏の頭の中がビジュアル化されたわけだ。

その2年後、1997年に「パーフェクトブルー」で初監督をする。個人的には、このデビュー作が最も鮮烈でおもしろいと思っている。何が好きなのかは後述しましょう。パーフェクトブルーについて今敏自身は「無駄なカットは1枚もない」という。つまり全てに何かしらのメッセージがあるわけで、今敏のアニメ監督としての意地を感じる作品だ。

今敏は「パーフェクトブルー」で海外から高い評価を得る。カナダの「FANT-ASIA国際映画祭」ではグランプリを受賞、またポルトガルの「ポルト国際映画祭」ではベストアニメーションを受賞。両方とも金メダルだ。

今敏は日本のアニメ監督としては珍しく、先に海外で評価された。「パーフェクトブルー 」ではまだ国内の賞は1つも獲っていない。

今敏の名前が、特に日本に知れ渡ったのは、2001年の「千年女優」である。同作では女優の回想によって、現実と思い出の世界を行き来する様を描いた。この作品では「千と千尋の神隠し」らとともに文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で大賞を獲得。東京アニメアワードでは「劇場映画部門最優秀作品賞」を、毎日映画コンクールでは日本最古のアニメ賞「大藤賞」を獲った。ただしドリームワークスが配給したことで、世界的にもより注目されることになる。

そして2003年には「東京ゴッドファーザーズ」をリリース。この作品で国内を主体に賞を総なめにしたあと、2004年にテレビアニメ「妄想代理人」が放映開始となった。社会問題を扱った妄想代理人では、もともと原作だけで参加する予定だったそうであるが、結局は監督として制作指揮を取る。

そして2006年(おそらく最も知名度が高いであろう)「パプリカ」が封切られる。もともと筒井康隆のファンだった今敏はパーフェクトブルーの後に映画化を考えていた。しかし配給会社が倒産するなどして、延びてしまい、筒井康隆からの希望もあって制作されたという。ちなみに筒井は作中で声優としても登場する。パプリカは当時、海外での評価が特に高かった。

同時公開されたアメリカでは5カ月で興行収入1億円に達する。R指定の日本アニメがアメリカで1億を超えたのは「カウボーイビバップ」以来2作目だった。しかしそれから10年後、日本国内でサブカルアニメの代表格となろうとは……。

ちなみに今敏は「世界で評価される」といわれることについて「恥ずかしいからやめてくれ」と言っていた。今敏を評価する時に「海外」と書かれがちだが、本人は嫌がっていたのである。

今敏の生涯 〜誰も知らなかった膵臓癌〜

パプリカのヒットの後、NHKでアニメを作ったりしていたなか「夢みる機械」というアニメ映画を制作し始める。しかし制作中の2010年5月18日、体を壊し、検査をしたところ「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」と宣告された。

その前から兆候はあったようで、体の節々が痛み、足に力が入らなくなり、カイロプラティックにも通っていたそうだ。

その後、今敏は著作権を守るための会社「株式会社KON'S TONE」を設立したり、財産分与をしたりと、抗がん剤を打つことなく身辺整理を始めたそうだ。彼は「普通に治療しないあたりが私らしくていいじゃないか」と語っている。

その後は自宅で最後を迎えることを決心。最後のブログ(死後に家族が投稿した)には「幽体離脱」をしたことが、こう綴られている。

少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。
自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。
引用:「KON'S TONE」

さらに最後のブログは、こう締め括られた。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。
世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏

引用:「KON'S TONE」

今敏は2010年の8月24日、46歳で永眠した。最後のブログからは、今敏の生涯が垣間見える。イラストレーターとしての空間の描写、映画好きとしての芝居がかったセリフ、そしてアニメ監督としてのストーリー。「あぁ今敏だな」と思わせてくれる遺書だ。

今敏が監督をした4本のアニメ映画を紹介

さて、今敏に「アニメ監督」というイメージを持っている方も多いだろう。それはおおかた「パプリカ」の影響が大きいように思う。しかし紹介した通り、彼が監督をしたアニメ映画は4本だけだ。

1997年「パーフェクトブルー」

パーフェクトブルーのあらすじ

アイドルグループの「CHAM」に所属する霧越未麻はグループを脱退し、女優に転身する。

未麻はかつてのアイドルのイメージを脱却するために、レイプシーンを演じることに。さらにはヘアヌード写真集のオファーが来るなど、アイドル時代にはなかった過激な仕事をする未麻。「CHAM」時代のファンたちは未麻の厳しい現状を嘆く。しかし未麻の女優生活は次第に軌道に乗っていった。

ただ、未麻はストレスを抱え、アイドル時代の自分(バーチャルミマ)の幻影を見るようになる。「本当の自分とは何なのか」と悩むなか、インターネット上に未麻になりすました何者かが「未麻の部屋」と題するウェブサイトを開設する。未麻はストーカーに監視されており、自分の毎日がしかも「アイドルとしての未麻」として更新されていた。未麻はさらに追い詰められる。また、女優仕事をさせる未麻の事務所に手紙爆弾が送りつけられたり、関係者が次々と殺される事件が発生する。

そのころ未麻はドラマ『ダブルバインド』の収録をしており二重人格の少女を演じていた。クランクアップを迎え、打ち上げ会場でストーカー・内田に出くわす。ストーカーは未麻を殺そうとするも、反撃を受けて気絶する。未麻も気を失う。未麻が覚めると、目の前にはだれもいなかった。マネージャーのルミによって家まで車で送ってもらう。自室に戻ってきた未麻。振り向くと、アイドル時代の未麻の衣装を着たルミがいた。

実は事件の背後にいたのはルミだったのだ。ルミはアイドルを辞めた未麻を許せず、未麻のイメージを汚す者たちに制裁を加えていたのだ。ルミは思い込みを激しくして、ついには自分自身がアイドル時代の未麻であると信じ込む。女優の未麻を殺すべくアイスピックと傘を手に迫りくるルミ。しかし落としたウィッグを拾おうとしてガラス窓の破片で腹部を突き刺してしまう。思わず車道に飛び出したルミにトラックが迫りくる。未麻はルミをかばい、共に重傷を負って病院へと救急搬送される。

舞台は変わって、未麻はいまだに自分をアイドル未麻だと信じ込むルミの見舞いに来ていた。最後に車に乗り込んだ未麻はバックミラー越しの笑顔で「私は本物だよ」と囁く。
参考:Wikipedia

パーフェクトブルーをはじめて観たときに、家で1人で拍手してしまった。決して脚色せず、こんなおもしろい作品は観たことなかった。

同作の主人公は「未麻」だ。ただし未麻は1人ではない。アイドルの未麻、女優の未麻、プライベートの未麻、そして役の中の未麻がいるわけだ。

これって誰しも覚えがあるだろう。「小学校の友人と、高校の友人と3人で遊ぶとき」って妙に気まずくないか? その理由はキャラクターを演じているからであり、私たちは相手に合わせていろんな自分を使い分けている。未麻は「どれが本当の自分なんだろう」と思い悩むわけだ。

象徴的なシーンを挙げよう。

自分のヌードを撮ったカメラマンを未麻はアイスピックで殺す。興奮のなかで目覚める未麻。「夢か」と思うと家の前にたくさんの記者がいる。クローゼットには血のついた服。本当にカメラマンが殺されていたのだ。ふらふらなまま撮影現場に行く未麻。しかし集中できず気を失ってしまう。起きると自宅にいた。「夢か」と思うと、共演女優から声をかけられる。そこは撮影現場であった。視聴者が観ていたのは未麻ではなく二重人格の役だったわけだ。

夢と現実を描くなかで、パーフェクトブルーには「役」も入ってくる。それぞれのレイヤーがごっちゃごちゃになっているので、観ている私たちとしては「いま、どの未麻なんだろうか」と、思えてくるわけだ。

「パーフェクトブルー」という作品のなかに「ダブルバインド」という作品を出すことで、3層のレイヤーが完成しているわけである。1層目が観ている私たちの三次元。2層目が「パーフェクトブルー」という二次元のアニメ。3層目が「ダブルバインド」というアニメのなかのドラマ。

この3層のうち、今敏はメタ手法を3→2、2→1、3→1という3つで展開している。これもうわっけがわからんのである。でもそれが気持ちよくて、期待を裏切られるのが快感なのだ。この作中に、別の作品を交えるのは「OPUS」でも披露された。

オチも見事だ。最後のシーンで女優の未麻は「私は本物だよ」と言う。一見、本当の自分を見つけているかのような平和的なラストだが、コレが鏡越しなのである。ものすごく不穏なのだ。まるで偽物のアイドル未麻が言っているような雰囲気が漂うわけである。

2001年「千年女優」

千年女優のあらすじ

番組ディレクター・立花は往年の大女優・藤原千代子のインタビュー番組を作ろうと、自宅を訪問する。かつて立花は撮影所におり、撮影中に落とした千代子の宝物の鍵を持っていた。撮影前に千代子に鍵を返す立花。
それからインタビューが始まり、画面は千代子の回想シーンに移る。戦時中に千代子はスカウトされるも親に反対された。しょんぼりして路地を歩いていると、特高に追われている画家の青年と出会う。青年は「いつか故郷で絵を描きたい」と彼女に語り、満州に行くと言った。そのときに持っていた鍵を「一番大切なものを開ける鍵だ」と話す。翌日、千代子は雪のなかにその鍵を見つける。「特高が青年を追ったが、彼は無事に駅へ逃げた」と番頭に教えられ、追いかけるも列車は去っていった。
千代子は「女優になって満洲に行けば会えるに違いない」と信じ、女優となる。願いが叶って満州に行く千代子。占い師に「彼は北にいる」と言われ、撮影を放り出して北へ向かう。
その途中電車が馬賊に襲われたかと思いきや、燃える天守閣にシーンが変わったり、囚人になって保釈されたりと、場面がコロコロ変わる。そんななか、大戦が終わり、千代子は青年とはじめてあった場所に行く。そこで自分の似顔絵と「いつかきっと」というメッセージを見つける。
回想シーンから戻り、インタビュー現場に。話しているうち発作を起こし倒れる千代子。立花は「また後日来ます」というが、彼女は「話させて」とまた回想に戻る。
満州で会えなかったが「自分が映画に出ることで、青年が見つけてくれる」と信じる千代子。一方、若かりし立花はスタッフとして千代子の撮影現場に配属された。
あるたき千代子は監督の大滝に告白される。当時は結婚がマストの時代。しかし青年が忘れられず、踏み切れない千代子。母は「生きているのか死んでいるのか分からない男だよ」とプレッシャーをかける。しかし千代子は結婚を断った。そんなとき撮影中に千代子は鍵をなくす。なんだか肩の荷が降りた千代子は、大滝と結婚するが、ある日掃除をしていると大滝の書斎で鍵を見つけた。大滝が千代子と結婚するために、隠していたのだった。
すると千代子のもとに、かつて青年を追いかけていた特高が手紙を持ってやってくる。そこには鍵の君の故郷が北海道であることが描かれていた。千代子がすぐに北海道へ向かう。雪原を歩くうちに千代子はイーゼルを見つける。そこには絵の中に入っていく青年が描かれていた。「どこまでも会いに行く」と叫ぶ千代子。
場面は切り替わり、とある映画のシーンでロケットに乗る千代子。しかし撮影中に地震が起き、千代子と立花がセットの下敷きになってしまう。そこで千代子が落とした鍵を立花は拾ったのだった。その事故を最後に千代子は銀幕から去る。理由は「青年に自分の老いた姿を見られるのが嫌だったから」だった。
インタビューの場面に移り変わり、千代子は救急車で運ばれる。病院までの道中、立花は「青年は特高が拷問の末に殺していた」とカメラアシスタントに伝える。千代子はいない人の影を追っていたのだむた。
病院のベッドで千代子は立花に「これで鍵を持って彼に会いにいける」と言う。そして「でも、会えるかどうかはどちらでもいい」と話して目を閉じる。場面はロケットに乗った女優時代の千代子に切り替わる。最後は「あの人を追いかけている私が好き」と言うセリフで締め括られ、ロケットは天上へと飛び立つ。

千年女優はパーフェクトブルーに比べると、めちゃ観やすい。ただしここでも回想シーンのなかで立花とカメアシが出てくるなど、メタ要素が目立つ。また事実の回想と、想像の青年の姿が入り混じる。やはり夢と現実のミックスであって、これが楽しい。

ちなみにとてもロマンチックな話なのだが、キャッチコピーは「その愛は狂気にも似ている」。たしかに本気で考えると、千代子のヤンデレ具合がもはやスクールデイズなのである。

2003年「東京ゴッドファーザーズ」

東京ゴッドファーザーズのあらすじ

クリスマスの町の片隅で、おっさんのギン、オカマで元ドラッグクイーンのハナ、家出少女のミユキはホームレス生活を続けていた。3人は聖夜にゴミ捨て場で赤ちゃんを拾う。
ギンとミユキは赤ん坊を警察に届けることを提案するが、母親に憧れていたハナは「1日だけ赤ん坊の面倒を見る」と言う。しかし翌日も赤ちゃんを手放せない。3人はその赤ん坊にキヨコという名前をつけ、両親を探すことにする。キヨコが入っていたカゴを見ると、コインロッカーの鍵が入っていた。コインロッカーを開けると、そこには鞄が。その中には、おそらく親であろう人物の写真とスナックの名刺があった。
名刺を手がかりにスナックを探し始める3人。すると下り坂で、ヤクザが自分の車に轢かれそうになっている。3人は男を助けて、名刺を見せる。するとその男こそが探し求めていたスナックの経営者だった。
しかし写真の人物の所在は知らないとのこと。男はお礼がしたいと、自分の娘の結婚式に招待する。式場で豪華な食事を食べる3人。しかし新郎の姿を見たギンの様子が急変する。そいつは以前ギンを追い詰めた借金取りだった。暴れ出したギンが男を殴ろうとした瞬間、式場に発砲音が鳴る。撃ったのはウェイトレスに扮した東南アジア系の青年。そいつは騒然とするなか、キヨコを抱いたミユキを人質にして式場から逃げていった。
震えながら連れ回されるミユキ。彼は自宅にミユキを連れて行った。家には奥さんと小さい子がいる。ミユキはその女性に母親の面影を見て、警察官である父を刺して家出をしたことを思い出す。言葉は通じなくても、女性はミユキを慰めた。
一方、ギンとハナはミユキとキヨコを必死で探していた。しかし見当もつかない。すると、ギンが早々に諦めようと切り出す。そんなギンに怒ったハナはギンを見限り、一人で探し続ける。
一方でギンは道端に倒れている老人のホームレスをブルーシートハウスまで運び、最後に酒を飲ませ老人を看取る。しかしホームレス狩りがやってきて、ギンは重傷を負ってしまうのだった。
ハナは、偶然ミユキを乗せたタクシーに遭遇。二人の居場所を突き止めで合流する。そしてハナはかつて働いていたバーに寄った。するとそこには介抱されているギンの姿があり、3人は再会を果たす。

しかし、ハナの体調が急変。病院へ運ばれるが、幸い命に別状はなかった。その病院ではギンの娘(キヨコ)が看護師として働いており、愛娘との久しぶりの再会を果たす。ギンをそっとしておいてやろうと、ミユキとハナはその場を後にする。
ミユキとハナはキヨコを警察へ連れて行こうと考える。そこで自殺をしようとしている女を見つける。それが母親だった。彼女を引き取るという女に安心する2人。しかしギンは旦那のもとを訪れており、慌てて2人のもとにやってくる。女性はキヨコの本当の母親ではなく、流産のショックからキヨコを盗んでしまったのだという。
合流した3人は慌てて駆け出す。女は逃走の末、スーパーの屋上から飛び降りようとする。しかし、最終的に3人は女からキヨコを取り返した。キヨコは無事に本当の両親の元に手渡される。
「お礼を言いたい」という両親を引き連れて、刑事が病院に来る。そして、その刑事こそミユキの父親だったのである。家出をしてホームレスとなったミユキは、久々に父親と再会した。ラストはキヨコの笑顔。

今敏作品のなかで、最も見やすい1作だろう。謎解きのストーリーとしておもしろく、声優もタレントを使っている。ラストも真っ当なハッピーエンドで、まともにおもしろい。

今敏は同作について「夢や現実の作品以外のものも作りたかった」と振り返っている。彼はこうしたしっかりした話も作れるのだ。ちなみに、作中ではキヨコがいくつもの奇跡を起こすが、これは「童夢」の影響を受けているのではないだろうか、と思う。そう考えると、キヨコの最後の笑顔は少しだけ怖い。

2006年「パプリカ」

「パプリカ」のあらすじ

パプリカという女性が、夢探偵によって粉川警部の不安神経症の原因を探っているシーンからスタート。パプリカの現実での姿は千葉敦子という研究所職員だ。敦子が帰宅すると、同僚の時田から「人と夢を共有する機械・DCミニが3つ盗まれた」と報告される。それはまだ試作品で、悪用すれば誰でも他人の夢にハッキングすることができる。敦子、時田、所長は理事長に報告に行く。そこで理事長と交渉を始めようとした所長の言動がおかしくなり、彼は意味不明の言葉を語りながらガラスを破って2階から外に飛び出した。
一命を取り止めた所長の脳をスキャンすると無機物がパレードをする誇大妄想患者の夢を見ている。そのなかに時田の助手である氷室の姿があった。氷室が怪しいと、時田、敦子、小山内は氷室宅を捜索。そこで敦子は眠ってもいないのに夢を見せられ、マンションの柵を飛び越えそうになる。改めて作戦を立てていると、教授の容態が急変する。敦子はパプリカになり所長の夢に入って助けることに成功した。
一方、粉川警部はパプリカとネット上の待ち合わせ場所で会う。映画に誘うパプリカに、粉川はストレスを感じ「映画は嫌いだ」と叫んでしまう。
研究所では次々に犠牲者が出ていた。時田たちの開発は凍結。敦子は「時田のTシャツの柄と氷室の家で見た遊園地が一緒だ」と気づき、時田と一緒に訪れる。すると、DCミニをつけた氷室が観覧車から転落してくる。犯人は氷室ではなかった。
粉川警部もこの事件に関わる。彼は敦子がパプリカだと察する。そして帰りに、粉川警部は不安神経症の発作に襲われた。時田は懲りずにDCミニを作っており、敦子が彼を叱っているときに、所長から粉川警部が発作を起こしたことを知らされる。敦子は、粉川警部のもとを訪れる。粉川は未解決の発砲事件の夢を見ており、転じて自分で自分を殺す夢に変化していた。一方研究所では急ごしらえのDCミニで、時田が氷室の夢の中に入っていく。しかしそれは氷室の夢ではなかった。引き続き粉川の夢のなかのパプリカは粉川がかつて映画を作っていた事を知る。そこへ、所長が見た悪夢が流れ込んでくる。強制的に覚醒したパプリカと粉川は難を逃れる。
研究所に帰った敦子は氷室が夢を見ていないことを知る。原因を探るためにパプリカとして氷室の夢の中に入った彼女は、夢の歪から深層へと降りて行くと抜け殻になった氷室を見つけた。パプリカの侵入に気付いた夢は彼女を攻撃し始める。覚醒した敦子は所長と黒幕の理事長の家へ向かった。しかしそれはまだ夢の中で、理事長と小山内に追われるはめに。そして覚醒できないまま小山内の夢の中に閉じ込められた。そこでパプリカは理事長と通じた小山内が氷室を誘惑してDCミニを取引していたと知り、指摘すると小山内は激昂した。以前パプリカと待ち合わせをしたバーで酔っ払った粉川はかつて友人と映画を作っていた事を思い出した。作りかけのまま粉川は友人に押し付けたかれは「続きはどうするんだよ」という声を聞く。表に飛び出した粉川は広がる映画街の甲板にパプリカを見つけ、スクリーンに囚われたパプリカが映されているのを発見する。その中で小山内はパプリカの化けの皮を剥いで中から敦子を取り出した。無理矢理スクリーンの中に入った粉川は敦子を救い出し、自分の夢の中に退避しようとする。そしてそこで未解決事件の映像を見せた小山内を粉川は撃った。彼の夢は大団円で終り、敦子は覚醒した。
現実に戻った敦子達、しかしそこへ夢が侵入し、奇妙なパレードが始まる。粉川はバーテン達と夢の後始末に向かう。研究所では大きな日本人形に追われる敦子と所長の前にパプリカが現れる。現実に流れ込んできた夢の中に時田を見つけた敦子は、黒幕を探すよりも時田を助ける事を優先し、ロボットになった時田の中に飲まれてしまった。黒幕の所に行こうとしていた彼らは街に大穴が開きあちらの世界とつながってしまった事に気付く。粉川達と無事に合流できたパプリカは暴走し自分の夢で現実世界を新しくしようとする理事長を止めるため、小さな女の子に姿を変えると理事長の夢を飲み込み成長していく。すべて飲み込んだ敦子は消え、現実を犯していた夢は消え、すべて覚醒した。昔の相棒を思い出した粉川は刑事モノの映画を地で行ったじゃないかと、相棒の声を聞く。後日無事担当していた事件を解決した粉川は、パプリカから祝辞と敦子の苗字が時田に変わると知らされる。追伸で映画を勧められた彼は、嫌いだといっていた映画を一本見に行った。

ぶっちぎりで人気が高い作品である。魑魅魍魎のパレードのシーンは、まさに日本アニメ界の名シーンだろう。今敏はこの作品を作る際に「もう暗い夢を見るというモチーフはおもしろくない。どうせなら目一杯明るく描こう」と考えたそうだ。この明るさが肝であり、めちゃめちゃ気持ちが悪いのだ。なんか「ヤクルトレディの張り付いた笑顔」みたいな怖さである。

以前の記事でも紹介したが、この作品はシュルレアリスムそのものと言っていい。作中に出てくる自動筆記的な言語も、夢の描写もめちゃリアルである。夢ってどこまでも不条理で、意味が分からないものだ。しかし、その人の無意識が最も出る場所であり、パプリカの描写はそのことを印象的に描いている。

もっと深い話をすると、パプリカという作品はフロイトとユングの精神哲学なのだ。まさにシュルレアリスムのもとになったものである。今敏とシュルレアリスムの関係は以下の記事でも書いています。

没後10年経ってもスタンディングオベーションが生まれる作品たち

2020年は今敏が亡くなってちょうど10年だった。ミニシアターでは今敏作品が上映され、私も足を運んだが、やはり「いつまでも古くならない作品だな」と改めて感じた次第である。そしてエンドロールが終わると、どこからともなく拍手が湧いた。

楽しみ方としては、まず「絵」だろう。マンガ家出身ということもあって、今敏作品の構図は凄まじく細かい。彼は1つの仕事に信じられないほど時間をかけることで有名だ。文学でいうとおそろしく遅筆だった。しかしサボっていたわけではない。彼はブログでも「働く人が好き」と明言している。

今敏の仕事の緻密さが分かるヒントに「絵コンテ」がある。彼の絵コンテを見れば分かるでしょう。もはや完成品くらいのレベルで描いていますよ、

またストーリー。今敏は一貫して「夢と現実の境界」を描いたが、これはつまり「夢の延長に現実があり、現実の延長に夢がある」という考えだ。

パーフェクトブルーでは、未麻がアイドルの顔と女優の顔を使い分ける。これは現実の「セーブした顔」である。しかし夢ではカメラマンを殺している。これは「正直な顔」だ。

パプリカでは支離滅裂な言語、魑魅魍魎のパレードなどを通して、人の深層心理をリアルに描いた。つまり本当の自分が出てくるのは夢の中なのである。今敏はこのことをよく知っていたのだろう。凄まじくレベルが高い心理描写である。

さて、今回は夢と現実を描いたクリエイター・今敏について紹介した。ここまでを読んだうえで、次にあなたが見るのはどんな夢だろうか。ぜひ今日眠るときに思い返してほしい。ソレがあなたを表した1つのストーリーなのである。

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