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「頽廃芸術=革新性」という観点で当時のアーティストを褒め称えたい

ヒトラーといえば、そりゃもう血も涙もない独裁者だ。第一次世界大戦後、1920年ごろからドイツの政権を握り、1933年から1945年までナチスドイツを指揮した。

彼はユダヤ出身やスラブ出身といった、東洋系の人種の存在を根底から否定したのは有名だ。そのざっくりした理由は「ドイツ民族以外を排除したいから」というもの。「我がワイマール(北方)民族こそ至高」という考えがあり、そぐわないものはもう徹底して排除するんですね。ただ「なんで差別主義者になったのか」はあんまり分かってない。

1つ言えることは、彼はかなりネチネチしたタイプだ。ユダヤを迫害したのは「幼いころ自分たち一家がユダヤ人に馬鹿にされたから」という説もある。またユダヤ人でも自分に優しくしてくれた人は手厚くもてなした。

また自分の母親が癌で亡くなったため、国をあげて禁煙に取り組んだりしている。なにかと過去の記憶に対してめっちゃ根深いし、個人的な感想をそのまま政策に反映させちゃう、ちょびヒゲエゴイストなんです。

今回はそんなネチネチしたヒトラーが「頽廃芸術」と呼んで忌み嫌った画家たちを取り上げたい。逆説的にいうと、彼らはみんな新しい表現に取り組んだ素晴らしい画家たちだ。「ヒトラーに嫌われる」ということは、逆に分かりやすくて、アーティスティックなんです。

ヒトラーが「いらん!」と言った頽廃芸術とは

前提として、ヒトラーは若いころ芸術家を目指していた。このことに関しては以下の記事でも触れています。

簡単にまとめると「超古典主義者で歴史の本ばっか読み漁っていた。その結果アカデミーが好みそうな作風になったけど、単純に絵が下手で大成しなかった人」だ。

彼は伝統的な絵を好んでいたが、アカデミーの試験には2回も落ちている。建造物にはめっちゃ興味あったけど人物画が致命的に苦手で、画家としては残念な人だった。

そんな彼は、もちろんナチスにおいて芸術に手を加えはじめる。昔ながらの芸術は「ドイツらしいぞ。みんな見てくれ」と守ったが、新しい表現は「残念賞だから撤去撤去」とした。なお、ここには画家になれなかったヒトラーのジェラシーもあったに違いない。

後者を「頽廃芸術」と呼ぶ。つまり「国民の頭が悪くなるから見せるな」としたわけですね。で、頽廃芸術を集めて展示をしたわけです。「この作品はここがダメ」という説明文付きで。

そんな頽廃芸術の刻印を押された画家たちは、すべからくカッコいいんです。みんな恐れずに斬新な表現に取り組んだ画家たちだ。しかしドイツをはじめ周辺の国においては、当時嫌われてしまった。

ここでヒトラーが頽廃芸術の烙印を押したのって、ヨーロッパの美術史にとっては痛手で、才能がある画家が一掃されてしまうんですね。

この感じはまさにアカデミーのやり方に似ている。1600年代にアカデミーが発足して「昔ながらの絵しか認めんよ?」とちょっと腹立つ宣言をした。その結果、新しい表現が世に出にくくなったんです。

1830年にドラクロワをはじめとしたロマン主義の画家が出てきて、1870年代に印象派が出てくる。1880年代にはアンデパンダン展という「審査なし!どんな作品でも認めるよ〜」という国主催の展示会が始まって、ムンクやルドンといった前衛表現が生まれ、1900年ごろにはピカソがキュビズムを発明した。さらに1910年代にはダダイズムというアヴァンギャルドな表現が認知されるようになる。

つまりアカデミーの200年にわたる支配から完全に脱却して「これから」の美術が作られ始めていたころにヒトラーは「はい終了〜」と時代を200年くらい巻き戻したのだ。その理由は「私が前衛芸術家を嫌いだから」というものなんですね。

まったく関係ない私でも、書いていてちょっと腹立ちます。ちょびヒゲをむしり取りたいくらい。まして、ようやく認められてきた当時の前衛芸術家たちの怒りは凄まじかったことでしょう。マジで漫画みたいにおでこに血管を浮き上がらせてキレていたに違いない。

もちろんヒトラーが推していた昔ながらのルネサンス期の絵画は素晴らしいものです。非常に卓越した写実的な技法で描いていて惹き込まれる。

ただ「いつまでも昔に固執してはいけない」と積極的にアップデートをしていく姿勢はもっと認められるべきですよね。Apple社がMacBookにUSBの挿入口を付けなければ、私たちはいまだにフロッピーを使ってるわけですよ。それと同じだ。

だからこそ、ここで当時「頽廃芸術展」で展示された画家の作品をいくつか並べつつ。どこが革新的だったかを見ていきましょう。もはや今の時代としては頽廃芸術=革新的な作品という褒め言葉です。

頽廃芸術その1 マルク・シャガール

シャガールは言わずと知れてますな。前提として彼はユダヤ人である。また作品の独創性が凄まじい。ピカソのキュビスムや、ゴーギャンのフォービズムに強く影響を受けつつも、完全に幻想的で夢の中の世界、みたいな作風を自分のものにしている。「シャガールの絵」ってのは一発で分かる。

頽廃芸術その2 マックス・エルンスト

ダダイストの代表、マックス・エルンストは頽廃芸術とみなされ、逮捕までされた画家だ。「作る意識があると自由な作品はできん」との考えで、でこぼこしたものの上に紙を置いて鉛筆などで擦る「フロッタージュ」などの技法を発明した。彼はアメリカに亡命している。

頽廃芸術その3 パウル・クレー

クレーは幻想的な版画から抽象絵画へと移り変わり、最終的に可愛らしい天使の絵を描くなど、次々に前衛的な作品を残した画家だ。

なかでも音楽のようにリズミカルな作品を描く事で有名であり、四角、三角、丸などのパターンを組み合わせて五線譜のように描いていた。これはまったく新しい表現である。

彼はスイスに亡命するが、ここでもナチスの影響によって戸籍を得られなかった。ちなみに抽象絵画だと、クレーの師匠的な存在するであるワシリー・カンディンスキーもまた頽廃芸術とされてしまっている。

頽廃芸術その4 オットー・ディクス

オットー・ディクスは頽廃芸術展において最も打撃を受けた画家かもしれん。彼はもともとドイツの軍国主義に疑問を持っており、あえて揶揄するような作品を出していた。がっつりナチスに喧嘩を売ったカッコいい画家だ。

頽廃芸術その5 ラウル・ハウスマン

ラウル・ハウスマンも写真の通り、ナチスドイツに挑んだ芸術家で、コラージュ、映画、造形など多岐にわたる手法で前衛的な作品をつくっている。モンタージュを発明した人である。奥さんがユダヤ人だったので、チェコやフランスなどを行き来していた。戦争が終わったあとにも、優れた作品を出し続けた画家だ。

「芸術を統制すること」はかなり恐ろしい

別に私自身、思想を持っているわけではないのだけれど、やっぱり人の表現、芸術を統制することはかなり怖いことだと思っています。表現の自由は大切だ。でももちろん自分の内面性を出すために人を傷つけるってのは、それ以上に良くない。このラインって微妙ですよね。

と、書くと「あいちトリエンナーレ」を思い出す人も多かろう。この件は世間を大きく騒がせた。昭和天皇の写真燃やす、慰安婦像を置く、みたいなプロパガンダに愛知県民の税金を使わせてしまった、というセンシティブな問題でした。個人的にこれは津田大介が「検閲」というようにアートじゃなくて、ジャーナリズムの問題だと思っている。

昭和天皇の写真を燃やすのは、もしかしたら自己内面性を表に出すという意味でアートかも知れない。でもここでの論点って「税金問題」であって、こらはまったくアーティスティックではない。ただ舞台が芸術展だったから芸術の専門家が出てきたりして、なんかやたらとややこしくなってるだけで、本来これ政治班の仕事ですよね。

ただ、今後もしヒトラーみたいに主観で、芸術を統制する人が出てくると、これは大問題だと思うんです。常に芸術は、時代に合わせて自然とアップデートするものですから。それがアーティストが抱えている内省的な問題を表に出す行為であれば、少々過激でも私は認めたくなる派です。100人の人がいれば100個の心があるから、100通りのアートができるはずですよね。

ただし今の時代で怖いのは、民意がものすごくリアルタイムに反映されることだ。つまりSNSによって糾弾されることで、アーティストががんじがらめになっちゃうのは怖い。だから「認めること」を大切にしなきゃと思うわけです。認めることで、「次」の表現が出てきやすくなると思うんですね。

ただ本当は自分の作品が認められようが、認められなかろうが、究極どっちだっていいんですよね。芸術という行為は、本来自己実現なわけだ。人の声なんて本来は気にしなくていいものだと思う。

富や名声の話になると、また変わってくる。何故なら認められなきゃ食えないから。でもそれはもはや芸術ではなくビジネスです。YouTuberと同じだと思っている。芸術家はもっとストイックでストロングスタイルです。他人の顔色なんて気にしない。富や名声よりもっと大事な「自己表現」を突き進む人なんだと思います。

何かとコンプライアンスが厳しい世の中ですが、美大生の展示会などに足を運ぶと「新しいなこれ」と思うこともあって、その度になんだか心がうきうきします。さて、ここから次の時代にどんな革新があるのか。SNSに統制されずに、ぜひアーティストにはぶっちぎってほしいものですね。

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