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【私小説】私小説には何度も溺れ、火傷してきた。皆さんもご注意を?

今まで自分では封印してきた本の
テーマがあります。
今日はそれを思い切って
書いてみようと思います。
日本文学の私小説についてです。

比較的新しい私小説で思い浮かぶのは、
『苦役列車』で芥川賞に輝いた西村賢太。
西村賢太が書いた「貫太」シリーズは
自分の分身を主人公に書いた物語。

なぜ、私小説を封印なんぞしてきたのか?
それは私が自分に甘くて弱くて、
狡猾な人間だからです。

私小説にも何種類かタイプがありますが、
変人、変態で落ちこぼれな自分を
どこかで正当化してくれる
隠れた魔力があります。これが危ない。

女やお金にだらしなく、
私生活や仕事も怠けがち。
なのに?それゆえ、
歪んだプライドと野心は
どんどん肥大していく。
現実と折り合えない。
泣きと恨みと嘆きが溢れてしまう
ダメ人間。

そんな人物を小説として造形することで、
また読むことで、人は少し楽になることが
できます。そこが居場所になるからです。

いいじゃない?!
創作や読書が居場所になるなら
最高じゃない??
そのどこがイケないの?
そう思う私もいます。
一方で、それは自分に都合が良すぎないか?
という点検はかなり必要です。

単なる甘え心を縷々と綴って
しかも、創作物として世に送り出せる。

変人、落ちこぼれ、だらしなさ、惨めさは
文学の原点として必要だし、
あっても構わないはず。

でも、そんな主人公にどうしても、
必要必須なことがあります。

自分を俯瞰したり客観したりする力です。
心の腕立て伏せ、です。
それがあるかないかで、
共感?同情できるかないか?が決まります。

そんなことに腹を立てて
相手を殺しちゃうの?
そんな子供じみた思い付きで
家族を裏切るの?などなど、普段、
私たちは小説を読みながら
実に冷静に主人公の判断力や行動や発言に
どれだけ共感できるか?
同情できるか?シビアに見ています。

別に賢い人であれ、
ということでもありません。
「自分勝手過ぎないか?」
という一点につきます。

この疑念が浮かばないまま
最後まで読ませてくれる私小説は、
すごく良い私小説ですねえ。

恐らく、意識的に?無意識に?
こう書いたら、自分勝手になるかな?と
太宰治などは何度も点検しながら
書いて行ったのでしょうね?

私小説とは、
自分の生き様を読者に告白し、
ありのままをさらすことだ、
そんなこと知ったこっちゃねえ!
と言われてしまえば、
はあ、とひきさがるしかないですが、
でも、読者は常にありのままを読みたいと
思ってるでしょうか?
作者の風俗経験をたらたら
読ませられてもなあ?
借金がかさんで首をくくろうとしたと
吐露されてもなあ…?

そこには、ほんのちょっと、
その作品中の自分や分身が、
心の腕立て伏せをしてるか?で
書き方やニュアンスが変わる。
作者が自分や主人公を俯瞰してれば
自分勝手な印象もなくなり、
共感や同情ができるようになるんです。

私小説は泣き言をこぼす場なのか?
面白い生き様の人の告白が読めて
よかった、となるか?紙一重の違い。
しかし、その違いが実に大きい。

去年2月に亡くなった日本文学を代表する
作家・古井由吉は、晩年、テーマは
自分の周辺にしぼって描いていましたが、
ちっとも自己正当化的な作風でなかった。
これは稀有。

質の良い私小説は、
しっかりと心の腕立て伏せが
行われた上で書かれた作品が多く、
そうしたものはずっと読める。

ところで、太宰治は私小説家か?
そういう傾向があるけど、
十分に自己客観視している。
「人間失格」などは、こう書けば読者は
どっちへ行くか?どう書いたら
同情を誘うか?実に練られ、万全の態勢で
書かれてます。
あれを太宰本人だと思うのは
私は誤解だろうと思う一人です。

その点、夏目漱石の「道草」は
どうも自分の内面の感情から
自由になり切れなかった感じですね。
ちょっと俯瞰力が、漱石にしては弱い。
でも読み応えあるいい小説ですが。

色川武大の「狂人日記」も
私小説と思われがちですが、
文庫の解説を読むとモデルになった人の
日記をもとに色川氏が脚色して書いてる。
厳密には、私小説ではないですね。
そこの現実と虚構の境目をふわふわと
妖しく書いてみせたところが
色川武大の才能でしょう。

他にも、戦後なら安岡章太郎、
小島信夫、野坂昭如、島尾敏雄、
戦前なら、葛西善蔵や永井荷風など、
自分の内面を、自己正当化に走らずに、
作品化した作家は多いけど、
自分を甘やかしてしまう作品も多い。

つい、私は小説や本に溺れやすいので、
火傷をしないよう、私小説にだけは
最新の注意を払ってきました。

いつか私小説でブックセレクトして
みたいですが、危険物だから、
かなり時間がかかりそう。

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