マガジンのカバー画像

振り返るな、書け

28
ランダムお題を制限時間内に書く、即興小説です
運営しているクリエイター

#掌編小説

もらわずに済んでいたら

「ただ幸せになりたかっただけなのにな」
 彼はそう言って笑いながら、引き金を引いた。
 パンという乾いた発泡音と、噴き出した血液が砂利の上に飛び散る音がして、その少しあとに、彼の体がドサリと倒れた。
 舞い上がる砂ぼこりが、彼の皮膚を無遠慮に汚す。
 潔癖症の彼は、生きていたらきっと、こんなことを許さない。
 ペシとも払わないのを見て、『ああ、彼は死んだのだ』と思った。



 私が彼と出会った

もっとみる

同胞

 マッチングアプリが好きだ。
 適度に盛った写真に吸い寄せられた男たちが、丁寧語と絵文字の羽衣に包んだ下心を、おっかなびっくり送ってくるのが良い。
 ポイントを無駄打ちしないよう、予算と気力のチキンレースの果てに私のところに送ってきているのかと思うと、大変愉快だ。
 彼らには申し訳ないが、私はただの暇人である。
 大人が決めた堅苦しい規則の中で生きるのが辛い、ただの暇人。
 会うつもりはサラサラな

もっとみる

シティポップの歌詞にはなれない

 ベランダに出て、iQOSにタバコを挿した。
 きょうも平和だ。爆撃もされないし、家族や恋人を危険な地に連れ去られることもない。
 二月末の夜風は適度に冷たく、湯上がりの体温を下げていく。
 頬の火照りを失いながら、いつもどおりの陳腐な夜景のなかに、わたしが溶けていくのを感じた。
 手の中のデバイスが震える。白いLEDの粒がふたつ灯った。
 唇の端で咥えて思い切り吸い込み、肺をいっぱいに膨らませる

もっとみる

君と居ると死にそうだ!

 奥手な僕が告白を決意したのは、君の造作があまりにすばらしかったからだ。
 目や肌や髪が美しいのはもちろんのこと、微妙に噛み合わせがあっていない犬歯や、「ひひひ」というなんとも味わい深い引き笑いをしたりするところなんかも、魅力的だと思う。
 君は、僕を殺せる凶器をたくさん持っている。
 手が触れればきっと僕は、汗が噴き出しすぎて脱水かなにかで死ぬ。おでこをこつんとされたりしたら、そこからひびが入っ

もっとみる

この瞳にあなたは映らないけれど

 古今東西、ストーカー男が盗聴器を仕掛けるものは、ぬいぐるみと相場が決まっている。
 女性の皆さん――いや、いまどきは男性であろうとなんであろうと等しく注意をすべきだが――は是非とも、職場で開かれた誕生日会でぬいぐるみをもらったら、一度お尻をみて欲しい。
 縫い目がおかしくないか……と。

*

 奈々は今宵も、ぬいぐるみに向かって話しかけていた。
「ねえ、パンくん。あしたは料理教室に行くんだあ」

もっとみる

立派な墓

お題:親友 制限時間:1時間

 親友が死んだ。
 嵐で増水した川を見に行って、風にあおられ、濁流に落ちたらしい。
 目撃したウーバーの配達員は、「あっという間に飲まれてしまい、助けられなかった」と言って、肩を落としていた。
 見ず知らずの他人が死ぬところなんて見てしまって、さぞ胸糞悪かったろうと思ったけれど、彼は本当に悔しそうだったから、なんとも不思議だった。
 俺の人生の最重要項目だった親友の

もっとみる

フォークの密猟

お題:フォーク 制限時間:1時間

 もしこの世界に審判者がいて、死ぬときに人の所業をジャッジするなら、僕は地獄行きだ。
 ついに、フォークの密猟に手を染めてしまった。
 腕の中でぐにゃりと曲がった金属を眺めながら、呆然とする。
「クェ……」
 まだ息があるらしい。
 付け根のところをもう少し曲げてしまえば、完全に死ぬだろう。
 先が二叉のものは珍しいから、きっと高値で売れる。
 でも、それでいい

もっとみる

6月のまばたき

お題「6月」「まばたき」 制限時間:20分

 僕のはじめてのまばたきは、15歳の6月だった。
 それまで一度も目を閉じたことがなかったらしい僕は――眠っているときなどは確認できないし――まぶたの皮膚に遊びがない魚のような作りなのではないかとか、眼球の表面に特殊な水膜ができているのではないかとか、まあ、ありとあらゆる検査をされていた。
 子供のころからずっとだ。
 奇異の目も、大人の思惑も、僕は全

もっとみる

僕の冒険初日はひどくあっけなく、笑ってしまうほど美しかった

お題:自己主張 制限時間:1時間

 愛犬・ジャックが虹の橋を渡って、まもなく二十年になる。
 十歳の僕とジャックの、みずみずしい冒険譚。
 いまでも、いくらでも、鮮やかに思い描ける。
 永遠に続くと思っていた――終わりがあるなんて思いもしなかった――あの麗しい日々の『最初の一日』を、振り返ってみようと思う。



 僕は生まれつき体が弱くて、雨が降れば熱を出すような子供だった。
 週に三日学校

もっとみる

即興小説トレーニング未完集

即興小説トレーニング14日間で、時間切れしてしまったものをまとめました。
無理だったのは以下の3つのお題。
1『男同士の春雨』
2『彼の民話』
3『強い犬』
記事の最後に、全体的なトレーニングの感想を書いています。

3/7(日)『ぼとぼとの春雨』
制限時間:15分 お題「男同士の春雨」

 僕ははっきり言って料理が下手だし、同居人は一切やらないから、料理をする=自炊で節約程度の義務的な意味合いし

もっとみる

生贄の館

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「うへへ、手」

 気づいたら、僕の両手は真っ赤に染まっていた。
 足元に転がる変わり果てた恋人を見下ろし思わず笑い声が漏れてしまった自分は、やはりおかしいのだろう。
 両脇の下から手を差し込んで、てこの原理でひょいと起き上がらせる。
 首がごてんと力なく斜めになって、ああ、死んだのだなと思った。
 僕は彼女をビニールシートで包んで、後部座席に横たえた。

もっとみる

地獄の不況と少年少女開発

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「東京の教室」

 六本木エリアにある超高層ホテルの一室で、件の脳力開発教室は行われていた。
 喪服を着た少年少女たちが十人ほど集められ、豪華なシャンデリアにぶら下がったり、じゅうたんの模様に沿ってマカロンを転がす競馬など、なんの効果があるのかさっぱり分からない『プログラム』に励んでいる。
 僕は警視庁の秘密の秘密裏にある怪異事件専門部署に所属する新米刑

もっとみる

ぷつりと皮膚を破る想像が

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「やわらかい14歳」

 僕は、中学二年生の夏に、自分を置いてきてしまったと思っている。
 あの夏、自分が心の底から納得できる選択をしていれば、いまこんな風にうだうだ悩んでいなかったんじゃないかな……という後悔の湖の底へ、ぶくぶくと沈みつつあるのである。

 中学三年間、僕は文芸部だった。
 小説の真似ごとのようなものを書いたり、演劇部に脚本のタネのタネ

もっとみる

気配に包まれた

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「めっちゃ君」

 付き合って二ヶ月。はじめて部屋に呼ばれた。
 お茶とお菓子をとってくると言って、彼女は僕を部屋に残し、階下へ降りていく。
 トントンと遠ざかる階段の足音を聞きながら、僕はそっと、ベッドに倒れ込んだ。
 めっちゃ、君の匂いがする。
 別に、そういうやましい意味でそう思ったわけじゃない。
 全部が君という存在に抱擁されているような、とてつ

もっとみる