気配に包まれた

即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「めっちゃ君」

 付き合って二ヶ月。はじめて部屋に呼ばれた。
 お茶とお菓子をとってくると言って、彼女は僕を部屋に残し、階下へ降りていく。
 トントンと遠ざかる階段の足音を聞きながら、僕はそっと、ベッドに倒れ込んだ。
 めっちゃ、君の匂いがする。
 別に、そういうやましい意味でそう思ったわけじゃない。
 全部が君という存在に抱擁されているような、とてつもない幸せな気分になったのだった。

 子供の頃から、空想癖があった。
 親が共働きで鍵っ子で、長い時間をひとりで過ごさなければならなかったからかもしれない。
 ひとり部屋でひざを抱えて空想にふけるとき、こんな風に、大いなる何かに包まれているような気持ちになることが、よくあった。
 崖の上のポニョのワンシーンで、ポニョのお母さんは、海そのものみたいな大きさだった。
 あんな感じ。
 空気そのものが母性みたいな。
 そういう空想の中でたゆたっていると、寂しい時間がまぎれるような気がしたのだ。

「お待たせー……って、え?」
 お盆をもって戻ってきた彼女は、ベッドに沈む僕を見て、絶句していた。
 僕は動かない。
 ややあって、彼女が声を取り戻す。
「ちょっ、え? えっ?」
「ごめん。別に欲求不満とかいますぐどうこうしたいとか、そういうつもりじゃない」
 早口に言ったのがどうにも言い訳じみていた気がするけれど、これが取り繕うことのない本心だった。
 彼女は戸惑いながらお盆を座卓に置き、僕の頭側に腰掛けた。
「どうして? なんでそんな、泣きそうなの?」
「……この部屋、めっちゃ君だなって思って」
 僕は寝返りを打ってうつ伏せになると、彼女の手を探した。
 シーツの上をさまよって、細くてあたたかい手を探り当てる。
 振り払われるかなと思いながらそっと握ると、彼女は何も言わずに握り返してくれた。
「それって、わたしのこと、すごい好きってこと?」
「うん。君の気配に包まれて、幸せだ」
 彼女はしばらく黙ったあと、クスクスと笑った。
「わたしは君のそういうところが好きだよ。わけわかんない、詩みたいなこと急に言うやつ」
 さらに手をさまよわせると、制服のプリーツの裾に触れた。
 むくりと顔を上げる。
 彼女は眉根を寄せて笑っていた。
「しょうがない子だな」
「何もしないよ」
「知ってる。そういうひとだよね、君は」
 彼女はぽんぽんと僕の頭を撫で、弾みをつけて起き上がった。
「ポテチあーんしてあげる」
 ごろりと寝返りを打ち、横向きになると、幼い頃の僕の姿がぼんやりと見えた。
 彼女の足のあたりにくっついて、なんとも甘えたな情けない顔をしている。

 あしたは雨だろうな。多分。

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