生贄の館
即興小説トレーニング
制限時間:15分 お題「うへへ、手」
気づいたら、僕の両手は真っ赤に染まっていた。
足元に転がる変わり果てた恋人を見下ろし思わず笑い声が漏れてしまった自分は、やはりおかしいのだろう。
両脇の下から手を差し込んで、てこの原理でひょいと起き上がらせる。
首がごてんと力なく斜めになって、ああ、死んだのだなと思った。
僕は彼女をビニールシートで包んで、後部座席に横たえた。
行き先は、生贄の館。
O町のN鍾乳洞からぐねぐねと進んだ山林に、師匠が建てた簡易的な小屋……というのが表向きの見た目だが、実際は石造の館の周りにログハウス風の木が組んであるだけの建物がある。
一時間ほど車を走らせて、僕はそこに到着した。
木の扉を開くと、すぐに石の壁が現れる。
僕は彼女の遺体を引きずり下ろし、ビニールシートを開けた――鮭のホイル焼きにちゃんと火が通っているかを見るみたいな気分だった。
彼女はすっかり血の気を失い絶命している。
僕は彼女の腹に突き立てたままのナイフをちょこちょこと前後に動かした。
こぽっとあふれる血を右手につける。
そして館の石壁の窪みに手を合わせると、聖なる力で、石に切れ目ができ、扉が開いた。
廊下ゼロで、地下へ続く階段がある。
曇天はぐずついていて、雨が降り出す気配がすると扉が問答無用で閉まってしまうため、僕は急いで彼女の遺体を階段の上から突き落とした。
既に何重にもこびりついている擦れた錆色の石段に、彼女の赤黒い血液がついていく。
階段は、新宿の大江戸線のホーム階くらいの深さまであり、めちゃくちゃ深いしなかなか下まで辿り着かないし、暗くて怖い。
僕は、途中で何度か止まってしまう彼女の遺体を足で転がしながら、十分ほどかけて結界のフロアに運んだ。
着いた頃には、彼女のナイフがぐちゃぐちゃに食い込んで、腹部がひどい有り様だった。
師匠は、暖炉のそばのロッキングチェアでうたた寝していた。
僕は起こさないようにそっと彼女を結界の上に横たえた。
白い手を胸の前で組ませる。
これで何人目だろう。
今度こそ、この彼女は、師匠の目を覚まさせられるだろうか。
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