フォークの密猟

お題:フォーク 制限時間:1時間

 もしこの世界に審判者がいて、死ぬときに人の所業をジャッジするなら、僕は地獄行きだ。
 ついに、フォークの密猟に手を染めてしまった。
 腕の中でぐにゃりと曲がった金属を眺めながら、呆然とする。
「クェ……」
 まだ息があるらしい。
 付け根のところをもう少し曲げてしまえば、完全に死ぬだろう。
 先が二叉のものは珍しいから、きっと高値で売れる。
 でも、それでいいのかと思う。

 僕の村は熱帯雨林の奥で、貧しい。
 死んだ父と病気の母に代わって弟妹を育てなければならず、でも両親はいつも『貧しくとも気高く生きろ』と言い続けてきた。
 両親は僕の誇りだ。15年間、その信条を胸に生きてきた。
 なのに僕は、その教えに反した。
「……クゥ」
 心なしか艶を失ったフォークは、力なく声を漏らす。
 フォークの鳴き声に何も感情はないはずだけれど、やっぱり悲しく聞こえてしまうのだから、僕は後ろめたく思っているのだろう。
 こんな風になって初めて、自分の良心は大変中途半端なものだったのだと知った。

 僕は、フォークの命を奪おうとしているから、悲しいのだろうか?
 それともただ、密猟という行為に手を染めた自分が嫌で、悲しいのだろうか?

 右の先端を、人差し指でつついてみる。
 いとも簡単にくたっと折れてしまって、僕は慌てて支えた。
 最もまずいのは、中途半端な良心がごちゃ混ぜになって、殺したフォークを密猟業者に渡さず、ぼんやりと村に帰ることだ。
 フォークは無駄に命を落とし、僕は無駄にフォークを殺しただけ。
 家族にお金は入らず、誰も何も得ない。
 死なれてしまっては、いよいよ僕は、密猟を完遂させなければならなくなる。
「し、死なないでっ。フォーク。ごめん。死なないで」
 くたびれた金属を覗き込むと、細かい傷が入った表面に、僕の情けない顔が歪んで映った。
 いっそ、この二叉のフォークで自分を突き刺して、死んでしまったほうがいいのではないかとさえ思った。
 何の罪もないフォークをこんな風に傷つけてしまって、どのみち地獄行きの審判を言い渡されるわけだし、それなら、いっそ。
 腕に力を込めて、ぐったりするフォークを抱き起こそうとした、そのとき。
「クァアアッ!」
 甲高い鳴き声に囲まれて、僕はばっと顔を上げた。
 生い茂る森の隙間に、無数のフォーク。
 鈍い光を放つ細い生きものたちが、じっと息を潜めて、こちらを見ている。
 僕はおろおろしながら、死にかけのフォークに声をかけた。
「仲間が、仲間が来たから。助けてもらいなね、ねっ?」
 そっと地面に置いて、駆け出す。
 背後ではガチガチと金属同士が当たる音と、けたたましい鳴き声がしていて、僕ははくはくと喘ぎながら、草木をかき分けて――

 よせばいいのに、振り返ってしまった。
 元居た場所では、横たわったフォークの周りを、たくさんのフォークが輪になって取り囲んで、ぐるぐると回っていた。

*****

「ほら、肉だよ。うまく焼けてると思うけど、どうかな」
「クァ」
 フォークの赤ちゃんは、拙い動きでツンツンと、肉の表面をつついた。
「あはは、もうちょっと小さく切らないと食べられないか」
 匂いを嗅ぎつけてきたのか、他のフォークたちも寄ってきている。
「お兄ちゃま、お魚もあげていい?」
「うん。焼いてあげて」
 あれから3年が経ち、この『フォーク保護センター』も、だいぶ大きくなってきた。
 育てているフォークは300本を超え、世界中から、フォークを見にお客さんがやってくる。

 フォークの密猟に手を染めかけたあの日、息を吹き返したフォークを見て、僕は迷わず、フォークを負ぶって村に戻った。
 村人たちからは袋叩きにあい、僕は大怪我をしたけれど、傷つけたフォークが味わった痛みに比べれば、マシだったと思う。
 家に連れ帰ると、母はたいそう驚いていたけれど、家にあるありったけど薬を使って、フォークの手当をしてくれた。
 怪我から高熱を出した僕を、弟妹たちが看病してくれて、4日目の夜、迎えにきたたくさんのフォークたちとともに、僕たち家族は村を出たのだ。

「クェ……」
「あらら。お腹いっぱいになったら眠くなっちゃったかな」
 小さなフォークを撫でながら思う。
 僕は多分、審判者に裁かれた。
 こんな風に慈善めいたことをしているけれど、死ぬときには地獄行きだろう。
 幸せに浸った日に限ってそんな夢を見るので、密猟を選んだ時点で、その運命は動かせないのだと思う。
 ただ、両親が言った『貧しくとも気高くあれ』という言葉がなんとか僕を思いとどまらせ、地獄に堕ちるまでの数十年を、こんな風に楽しいものにしてくれている。
 取り返しのつかないこともあるのだと、弟妹に教えられるのも良かった。

 フォークを抱きしめ、眠りにつく。
 ひんやりとした金属が、僕の頬に食い込む。
 僕が生きているということを感じられる瞬間である。

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