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永遠の旅行者

20240326

ずっと、金さえあればすべての望みが叶うと信じていた。だが、どんなに金があっても、死んでしまえばなんの意味もないという当たり前の事実に気づいた。世の中に金で買えないものがあるということは、深刻なアイデンティティの危機だった。

世界一豊かなこの国は、その内側にとてつもない貧しさを抱えている。

ワイキキは映画のセットのような街だ。高級ホテルとブランドショップと美しい人工の砂浜がある。それ以外には、何もない。

楽園での生活の厳しさを思い知ることになる。この島で夢を実現できるのは、最初から金を持っている人間だけなのだ。

日本を離れて3年が過ぎ、世界のどこにも住所を持っていなかった。

近代が発明した国民国家の制度は、すべての個人が、いずれかの主権国家に所属することを前提としている。特殊なケースを別にすれば、国籍を持たない個人は原理的には存在しない。

居住者と見なされる滞在日数は、多くの国が一年のうち半年程度としている。したがって、理屈の上では少なくとも三つの国を順番に移動すれば、どの国の居住者にもならず、どの国にも合法的に税金を納めなくてもいい立場が手に入る。これが「永遠の旅行者 (Perpetual Traveler)」で、その頭文字をとってPTと呼ばれる。

フランス革命に象徴される近代の理想は、自由な個人を単位とする平等で民主的な社会を創造することにあった。だが、すべての人民が際限のない自由を手にすれば、個人と個人の利害の衝突は避けられない。 社会を維持するためには、自由を抑圧する仕組みが不可欠なのだ。それが法であり、国家を運営するための行政システムである。
自由な個人が集まる社会は、必然的に巨大な国家権力を要請する。人は、自由になればなるほど不自由になる。これが、近代の生み出した最大の皮肉だ。PTにとって、国家は善でも悪でもない。それはただの道具だ。
国家は強大だが、鈍重だ。国民国家を構成するさまざまな制度の矛盾を利用することで、国民としての権利を失うことなく、どこの国にも税金を払わない自由な人生が合法的に実現できる。

「 君の孤独に幸あれ 」

お金を貸したのに返してもらえなくて困っている人がいるとする。その人がヤクザに相談すると、暴力で貸金を取り立ててくれる。弁護士に相談すると、法律を使って金を取り返す。依頼者は金さえ返ってくればいいんだから、暴力と法律を天秤 にかけて、より早く、より多く、より確実なほうを選ぶ。 弁護士とヤクザは使う道具が違うだけで、やってることは同じ。

ガイドブックにも載ってないような店に入って、メニューが読めないからまわりのテーブルを適当に指差して注文して、それがとてつもなく美味かったり、逆に不味かったり、ときにはボラれたりすることが旅の楽しさだと思ってた。でも最近は、ちょっと面倒になると、泊まってるホテルのレストランやルームサービスで済ませてしまう。あるときから、そういうことがとても億劫になってくる。
それを大人になったって言うのか。
ホテルのレストランは、驚きもないけどリスクもない。それなりの金を払えばそれなりの料理が出てくる。そんな世界が心地よくなることを、大人っていうのか。
きっとどこかで、想像を超えるものにはもう出会えないんだってわかる瞬間がある。
それは、堕落なのか。

自分の生命を投げ出してまで他人を救わなくてはいられないような子どもに時々出会う。優しさとか、同情ではなくて、他人の痛みを自分のこととして感じてしまって、それに耐えることができない。そんな子どもを天使と呼ぶ。
あまりに純粋なものは、この世界では生きていけない。
天使は、必死に戦っていた、運命と。
それ以外に、人は、いったい何と戦うのか。
天使は、運命と戦い、翼を失う。

孤独だった、だがそれは、不快な感覚ではなかった。人間関係からもたらされる細々としたくだらないことに煩わされず、1人で生きていけることを知った。それ以降の人生は、孤独と共にあった。

40代半ば、すべてを投げ捨てて世界を放浪したいという願望がある。

心を奪われるような美しい朝焼けは、魂の凍るような孤独を思わせた。

国家とは人々が自らを失い、緩慢な自殺が、「 生 」と呼ばれる場所だ。

日本を離れ、身分を捨て、人生の別の扉が開くのだと素朴に信じていた。ひとつだけ、確かなことがある。あのときめきは、2度と戻ってはこない。

幸福な人しか、この島、ビックアイランドには来ないんだよ。永遠に続く夏を追い求める人々が、この島に魅せられるのだ。

忘れていたはずの過去の記憶が、洪水のように押し寄せてくる。そのたびに、心の歯車がひとつずつ外れていく。

月のない暗い夜だった。
星が輝いていた。
それが世界のすべてだった。

星は見えない。
月もない。
人々の欲望が吐き出され、雪のように降り積もっていく。
一体どうやって、この世界で生きていくことができるのだろう。
なぜか、とめどなく、涙が溢れた。

この世で最も恐ろしい真実は、過ぎ去った時は取り戻せないということだ。

まがりなりにも、社会生活を送ることができたのは、愛する人が側にいたからだ。愛する人と別れ、1人で暮らすようになってから、生活が急速に荒廃していったに違いない。

このままここでじっとしていれば、やがてすべては終わるだろう。荒れ狂う海に飲み込まれ、死は速やかにやってくるに違いない。
愛する人がいるわけじゃない。誰かから愛されているわけでもない。悲しむ人間はいるかもしれないが、その記憶も時が洗い流してくれるだろう。

海の青い輝きは自由の象徴だった。自分はずっと孤独に、そして自由に生きていくのだと誓った。

季節が変わっても、人々は幸福のカケラを探すために旅立っていく。







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