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かさなりあう人へ

20240526

「まあまあのほんと」というのだってあるだろう。嘘とほんとのあいだにはいろいろな種類の嘘とほんとがあるに違いない。「まあまあの嘘」だってきっとある。

俺は決心したのだ。
卑怯でも卑屈でも臆病でもだらしなくても何でもいいじゃないか。そんな自分を思い切って受け入れよう。いや、その一線を軽く飛び越え、もっともっと身勝手で卑屈で臆病でだらしない、傍から見れば手の付けられないようなくだらない人間に成り下がってしまおう。適当で、いい加減で行き当たりばったりに生きていこう。

飲みたくもない発泡酒や第三のビールには見向きもしなくなり、もとから人生の友と任じていた酒を人生の伴侶へと昇格させた。朝酒、昼酒もお構いなしと自らに許可した。

「だけどさあ、モノを盗むのは全部女なんだよね。あれ、不思議なもんだね」
「やっぱり物欲は女の性 ( さが ) なのかねえ」

誰かと共に生活するというのは便利な面もある一方で、面倒くさいことも多々あった。共同生活まで行かなくとも、例えば、友人付き合いなどでもそこは変わらない。

「十年一緒にうまくやれる相手なんて滅多にいない。うまくやれても、賞味期限がある。ましてや、夫婦なんてすでに賞味期限切れ寸前の相手と一緒に暮らすのが大半なんじゃないかなあ」

「一人暮らしがいいんじゃなく、誰かと一緒に暮らすことがつらいんですよ。
一人暮らしのつらさを一とすると二人と二、三人だと三、家族が増える度にどんどんつらいようにできいるんです。人間社会的な動物あるけれど、それは逆、あくまで社会的に繋がるべきであって個人的には繋がるべきじゃないってことなんだ」

そもそも、自分のやりたいようにやるというのは、ある日、決意して出来るようなことではない。自分勝手に好き生きるタイプの人間というのは、最初からそういうふうに生まれついているのが大半なのだ。
本物の犯罪者が犯罪それ自体を認識できないように、本物の自己チューは、自分のやっていることがわがままだとは思ってないもみないのである。

死んだ人間というのはまるで冷めた料理のようだ。
夫を失って、私は、そのことに気づいたのだった。
大方の料理は、熱々の状態で食べているからこそモリモリガツガツと食べられるのであって、冷たくなってしまうとあっと言う間に味を失い、食欲をそそらなくなる。その料理本来の美味しさというのは熱々という「活発な状態」の中に多くの根拠を持っていたのだと思い知る。
冷めても美味しい人間なんて滅多にいないのだ。

「切れた関係のほとんどは修復する必要がないんだよ。 そもそも、大事な人間関係なんて一生のうちで一つか二つで充分なんじゃないかな。あとは一期一会で一括りにしちゃっても全然構わないんだ」

今の俺には人生の目標も目的も何もない。だが、一つだけ心がけようと誓ったことがある。
それは、卑しいことはしないというものだった。どんなに勝手わがままに振る舞ったとしても、卑屈で臆病であったとしても、しかし、自身が「これは人間として卑しい行為だ」と見做すようなことは絶対にしない俺はそう思っている。
半世紀を生きてきて分かったことがある。
卑しい人間というのは、顔に出る。

俺と彼には深い因縁があるとずっと感じてきた。彼も同じだろう。
好悪の感情や利害得失とは別次元できつく結ばれた運命的な関係というものが人生には一つや二つは必ずある。

「女の人の真ん中の部分、美しさとやさしさです。男という生き物にはこの二つの要素が決定的に欠けています。女の人には想像がつかないくらい、実は男は美しさとやさしさに敏感なんです。しかも、女の人が思っているのと、男が望んでいる美しさとやさしさとは重なる部分もあるけど微妙に食い違っている部分も相当あるんです。これは、幾ら説明しても女の人には理解して貰えないところだと思いますけど」

「俺にとっては、いままで付き合ってきた女の人は、全員が代表っていうかワンチームっていうか、要するにたった一人の女だという気がしているんです」
「たった一人の女? 誰がですか?」
「だから、前の妻も含めていままで付き合ってきた女性全員がです」
「全員がどうして一人なんですか?」
「俺にとっての彼女たちは、俺という人間と深く関わった相手という意味で、一人なんです。
というのも俺はそれぞれの表面の違いが知りたくて関わったわけじゃなくて、彼女たちが共通で持っている真ん中の部分、さっき言った女性としての美しさとやさしさを見つけたくて付き合ったわけですから。彼女たちの一人一人が俺にとって女性の代表だし、そして彼女たち全員が俺にとっては無数にいる女性たちのなかのたった一人の代表でもあるんです」
「うーん、よく分からないけど」
「要するに、俺という人間の歴史なんです」
「はい。俺という人間の歴史が彼女たちなんです」
「あなたにとっての歴史が、その女性たちなんですか?」
「そうです。そして俺という歴史がたった一つきりであるように彼女たちもまた一つなわけです」

年齢に関わりなく、世間には嘘や誤魔化しのきかない人間がたまにいる。

「だけどね、彼とはウマが合うんだよ。どんなに派手な喧嘩をしたって、その直後にベランダの夕焼けをふっと眺めてさ、『なんてきれいな夕焼けなんだろうねえ』って言い合えるんだよ。こればっかりは理屈じゃない。生まれつきみたいなもんだからね。生まれつきの性分と同じように、きっと生まれつきの関係ってのがあるんだよ。私だって、そんな人と出会ったのは、後にも先にも彼一人だもの」

「泣きたいときは思い切り泣けばいい、そうやって自分の感情を信じられるようになればいいんだって。そして、そういう涙もろい人の方が、他人のためにちゃんと泣くことができるんだって、言ってくれた」










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