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短編小説/駆け込み乗車はお止め下さい


こちらは恋をテーマにした企画の規格外作品です。
知った当日が締切日だったのと
規定の文字数を大幅に越えてしまったので出せませんでした。
けど書きたくなって書いてしまいました。
お断りなくお題をお借りして申し訳ございません🙏🙏🙏


①【駆け込み乗車はお止め下さい】

 私が走ってるのは遅刻しそうだからではない。7時47分発の電車に乗ればあの人に会えるからだ。
 階段を上がって二つ目の柱。6号車の停車場所。あの人は毎日ここから電車に乗る。ラフなスーツと黒いスマホを手に。
 年は私とそんなに変わらない感じ。せいぜい二つか三つ上ぐらい。降りる駅が違うからどこに勤めてるかは知らないけど、自由な服装とすらりとした背格好からしてアパレル関係かデザイナーっぽい。
 少し長めの髪に厚い口唇。胡桃のような喉仏。吊革に掴まらずに座席のポールに片腕を少し付けて立っているのがカッコよくて見とれていた。
 一度も話したことはない。話しかけられそうなきっかけもない。片想いというほど夢中になってるわけじゃないけど、会えると嬉しくてテンションが上がる。やっぱり好きなのかなあ?その辺がまだはっきりしていないけど、とにかく私は走った。7時47分発の6号車を目指して。
 改札を抜けた時点で36分。やばーい!次の電車は8分後で、それでも会社にはぎりぎり間に合うけど、やっぱりあれに乗りたいのっ!
 電車がホームに入ってきたのが聞こえてる。急ぎたいのに朝の構内は人だらけで思うように進めない。ダラダラ歩く女子高生邪魔だ!
 階段を駆けのぼる最中に発車の音楽が鳴った。きゃあああ。待ってえ!
しかし降りてきた人波に押される。掻き分けながらやっとホームに上がりきった時、あの人が見えた。ドアの近くに立っていた。
 いた!
 学生時代のリレー以来のダッシュ。音楽が鳴り止んだ。もうドアが閉まろうとしていた。
『危険ですので駆け込み乗車はお止め下さい』
 分かってるわ。でも知るもんか。あの人のいるドアに向かって突進した直後にガコンと左右の扉が動いた。挟まれるかも。でももう止められなーい!
なんとかドアに肩が半分入った時だった。
 ドン。と私の背中に何かが当たり、閉まりかけていたドアが開いた。同時に乗客の人達の目線が一斉に集まった。
 見ると、ブレザー姿の男子高校生の紺色のバックがドアと私の間に挟まれていた。意図的に伸びた腕。彼は私を助けてくれたのだ。お陰で電車に乗ることができた。
「…すいません。ありがとうございます。鞄、大丈夫でした?」
 バックを肩にかけ直した男の子に礼を言った。
「―いや、全然。大したもの入ってないんで…」
 彼は心なしか顔を赤らめ、恥ずかしそうに場所を移動してしまった。動き出した電車で、私もこそばゆい気持ちになった。髪を直していると、あの人と目があった。彼はスマホを手に、画面と私を交互に見て笑っていた。さっき挟まれそうになった場面をスマホに撮っていたんだと分かった。
 わー最悪。こういう人だったんだ。あの高校生の男の子と同じ場所の反対側にいたのに、やることは真逆じゃん。憧れが秒で覚めた。
 つまんない男に駆け込もうとしないでよかった。やっぱり無理はするものじゃない。これで明日から一本遅い電車で行けるし、ぜーんぜん悲しかないわ。


②【鏡】

 神様ありがとう。そしてお父さんお母さんありがとう。
 僕をこんなに綺麗な顔に生んでくれて。
 どんなに見つめていても飽きることない麗しさ。
 メスを入れずに手に入れた完璧な美貌。
 街を歩いてもショーウインドウに映る自分に惚れ惚れする。
 どうしてこんなに綺麗なんだろう。
 ああ世界中が鏡だらけになればいいのに。
 僕はずっと僕を見ていたい。
 あんまり美しいからうっとりとして
 僕はもう一秒ごとに僕に恋をしてしまうんだよ。


③【背後に気をつけろ】
 
 散弾銃を持った手が震えていた。銃口からゆらめく細い煙。ペルシャ絨毯の上には頭から血を流した男が倒れていた。
「ああ、あんた。とうとうやってくれたのね…!」
 佳苗は赤いガウン姿で柴崎に抱きついた。だが柴崎に佳苗を抱きしめる
余裕はなかった。銃が手から放せない。今しがた犯してしまった殺人に体が震え、指が動かなくなっていたからだ。
「いいのよ。これであんたといられるんだから。これがあたしたちの望んだことなんだから」
 佳苗は横たわる夫を一瞥して柴崎に頬ずりした。その間も外ではドカンドカンと腹に響く大きな音が聞こえていた。すぐ近くの湖で毎年恒例の花火大会が行われているのだった。今放った銃声も、きっと花火の音に紛れて周りには気付かれてはいないだろう。
「大丈夫よ。この別荘は滅多に人は来ないから。しばらくここで二人だけで暮らしましょ。彼の口座から私の口座にお金は移してあるの。暗証番号はあなたの誕生日よ。二人のためのお金ですもの」
 たった今夫が殺された妻とは思えぬ晴れやかな笑みを浮かべた。柴崎は鼻先にいる佳苗を見つめ、心の動揺とは裏腹に冷静になって行く自分をはっきり感じ取っていた。
 こんなに醜い女だったっけ?こんなに皺があったっけ?彼女は自分よりも16も年上。バイト先のバーの常連客で、親しくなって恋をした。夫がいる身と知りながら逢瀬を重ねてきて、二人で生きようと邪魔者を消す計画を立てた。それをやっとやり遂げたのに、今この女に全く熱くならない。自分はまだ25歳で希望に溢れているのに、なぜこんな年増の女に人生を捧げなければならないのだ。柴崎は自分の中からどんどん冷めてゆく熱に茫然とした。
 その時だった。リビングのドアがガチャリと開いた。そこには胸元までの
黒髪を垂らした白いワンピース姿の若い女性がいた。
「誰かいるの?お父様?佳苗さん?」
 女性は不安そうな顔で部屋の中に入ってきた。佳苗は柴崎に向かって口唇の前に指を立て「静かに」と示した。
「まあ麻由子ちゃん来ていたの。知らなかったわ。部屋にいたの?」
「ええ。昨日のうちに。佳苗さん一人なの?」
 それで柴崎は気付いた。どうやらこの娘は目が不自由らしい。そういえば夫との間に二十歳になる先妻の娘がいると聞いていた。この娘がそうか。
「いえ。実はこの家でお手伝いをしてくれる人を連れてきたのよ。お父様はしばらくお仕事が忙しくてここには来れらないから。人手が必要と思って」
 目配せされた柴崎はまだ銃を持ったまま「柴崎です。初めまして」と
麻由子に挨拶した。目の前で父親が死んでるとも知らず気の毒にと思った。
「じゃあ奥様、早速庭を案内して頂けますか」
 柴崎は佳苗に死体を片付けようと合図を送った。頷いた佳苗は玄関の扉を開け放った。その時、ちょうど花火が打ち上がった。ひゅるひゅるひゅる…と音が聞こえた次の瞬間、柴崎は佳苗の背中に向かって散弾銃を撃った。
バン、バン。
 それは大輪の花火の轟音とぴったり重なった。佳苗が倒れる床の響きだけ
が部屋に鈍く鳴った。
「どうしたの?今のはなに?」
 麻由子は見えない瞳を凝らしていた。
「なんでもありません。植木鉢を倒したんです。薔薇の苗をもらってきたのでね。今から庭に埋めてきます」
 柴崎はまず夫の死体を担いだ。そして不安げな麻由子を見つめた。透き通る真珠色の肌。黒曜石の美しい瞳。唾をごくりと飲んだ。
 今日からこの娘はおれのものだ。一瞬で心を奪われたぜ。たっぷりと可愛がってやるから、仲良くやろうぜ。


④【ミワさん】

 買い物から家に戻る途中、何人もの警察官が道に立っていた。
「近所からペットの蛇が逃げ出しました。もし見かけたらすぐに警察に連絡して下さい。決して近付かないように。すぐに知らせて下さい」
 巡回のパトカーが繰り返し注意喚起を促していた。恐怖を煽るサイレンに住宅街の住人たちも不安そうに外に出ていた。何台ものカメラとマイクを持つレポーター。マスコミやYoutuberが大勢詰めかけ、治安のよさが唯一のとりえだった町は脱走した蛇の騒動で大賑わいになっていた。
 もらったチラシには逃げ出した蛇の写真と特徴の説明、そしてひときわ大きく〈見掛けても決して近付かないで下さい〉と書いてあった。
 飼い主が出掛けた日中、鍵を掛け忘れたゲージから蛇は逃げた。帰宅した飼い主がいなくなったのに気付いて警察に通報し、草むらや縁の下などを百人体制で捜索しているがまだ見つかってないという。毒はないが体長2メートルを越える大蛇で、狂暴ではないが巻き付いて獲物を捕獲する特性があるとのこと。それを知ると〈近付くな〉の意味が急激にリアルになった。
 どこ行ったんだろ。
 ふうんと思いながらアパートの鍵を開けて部屋に入った。一旦玄関で止まり、電気を点けて中を覗いた。特に変わった様子はない。いつもの殺風景な部屋のままだった。ああよかった。いない。
 ほっとして部屋に上がり、買ってきたものを冷蔵庫にしまってからカーテンを閉めてお風呂に入った。
 テレビをつけながら夕食を食べ終えた時、風が足に触れるのを感じた。あれと思うと窓が開いていた。閉めてなかったっけ?思った直後だった。
 ズズ…。と重そうな音で何かが動いた。続き部屋の和室から聞こえてくる。ズズ、ズズ…と繰り返す、聞きなれない、衣擦れに似た物音。
 冷たい汗を背中に感じた。いやそんなはずない。まさか、まさか…。
おそるおそる和室に移動し、襖が半分開いた押し入れをゆっくり覗いた。
 !!
 悲鳴を殺した。刺激してはいけないと思ったからだ。客用の布団がある押し入れの奥にチラシに映っていた蛇がいた。かくれんぼする子供のようにじっとしている。暗がりの中で割れた舌先をチョロチョロさせては、金色に光る目で私を見ていた。白い胴体をとぐろにして身を伏せ、てらてらした頭の鎌を低く下げていた。攻撃する素振りはなく、それどころか、邪魔にならぬようなるたけ小さく丸まろうとしてるのだった。
 なんだろう。可愛い。不思議に恐怖は感じなかった。けれど、明らかなる畏怖と、他を寄せぬ神々しさに圧倒され、私は瞬く間に蛇に惹かれた。
 そのまま押し入れで飼うことにした。テレビでは連日行方を追っており、警察と捜索隊は注意喚起を呼び掛けている。私はいかにも知らぬふりして「怖いですねえ」とご近所さんと挨拶しながら部屋に入り、ペットショップで購入してきた餌を与えた。凛とする佇まいはいつでも整然としていて、眩いオーラを放つ美輪明宏みたいなので、私は蛇をミワさんと呼んでいた。
 ミワさんは確実に育っていった。定位置の押入れの中で窮屈そうに丸まってるが、食べる量もどんどん増えて、私の給料では賄えなくなっていった。こうなったら仕方ない。私は近所をうろつく野良猫を餌付けして捕まえては、ミワさんに与えた。申し訳ないけど可哀想など言ってられなかった。
 一年も過ぎると脱皮を繰り返したミワさんは体長5メートルに成長した。
身を納めるのに押し入れはかなり狭そうだったが、落ち着くのか、ミワさんは気に入っていて、そこから滅多に動こうとはしなかった。私は時々ミワさんと添い寝する。蛇の肌は冷たいが思っているほどつるつるはしていない。たまにダニが付くのでピンセットでひとつずつ取ってやるとミワさんもすっきりしたような顔をする。それがたまらなく可愛いくて、愛おしくなる。
だが再び食事に困るようになった。最近野良猫の数が減ったと町内の愛護団体がパトロールを始めたせいで捕まえられなくなったのだ。
 なんとかしないと。考えながら歩いている時、通り沿いの公園から子供たちの声が聞こえた。木陰のベンチでは母親らしき女性が数人座っているが、ママ友同士でお喋りに夢中になっているか、スマホを見てるかのどっちか。子供がなにかをせがみに来ても、面倒くさそうにあしらっていた。こうしてみると自分の子供にきちんと目を配ってる親って少ない。視界内に納めてるつもりでも、つもりになってるから気が緩んでる。おあつらえ向きだった。
 いなくなった二歳児の捜索で、また至る所でパトカーと警察官がうろうろしていた。防犯カメラのない道を選んで連れてきたから足取りは追えない。ちゃんと見ていないのが悪い。あの子は何度も砂場のお山を見てって呼んでいたのに、母親はスマホばかりいじって来なかった。汚れた手で目を擦っていたから私が水道に連れていってあげたのにも気付いていなかった。
 悪いけどあの子は二度と見つからない。眠ってる時に与えたから怖くは
なかったはず。これでミワさんのご飯はしばらく心配ない。
 ああもっと早く大きくなって。そして私を飲み込んで。ぬめりとした食道を通って、そのお腹に収まりたいの。骨を押し潰され、皮膚や四肢がじわじわと溶け出した時、私たちはようやくひとつになれる。一滴残らずに吸収してくれれば、もう二度とミワさんと離れることはなくなるんだもの。


⑤【半里の恋】

 湿った寝屋で姫様はさめざめと泣き出した。
「ああ、もう夜明けが近い。私は帰らねばなりません」
 佐吉は姫様の背を抱き寄せた。
「まだ寅の刻。月は高きにあります」
 しかし姫様は悲しげに首を振りながら「もう戻らなければいけません」と
涙を溢した。髪と身なりを整え、まだ暗い山道を駆け降りていった。平たい布団に絹のような長い髪が一本残されていた。まるで、まだここにいたいと
嘆く姫様の心のようだった。佐吉はその髪の毛を握りしめて泣いた。
 姫様と佐吉の出会いは春。姫様の婚礼の儀式であった。
 せっかくの興し入れというのに、姫様は始終浮かない顔だった。それもそのはず。十七歳になったばかりの姫様の嫁ぐ相手は、親子ほどに年の離れた大殿。しかも酒癖が悪く残忍な男と評判だったからだ。だが小さい藩の姫様は、父の命により、故郷の安寧のためにその身を捧げたのだった。
 祝いの儀式は満開の桜の下で行われた。訪れる祝い客は後を絶たず、いずれも豪華な贈り物を手にしていた。けれど姫様はどれにも心を動かされなかった。金の盃にも、翡翠の玉にも、色鮮やかな織物にも。悲しげに俯いたまま、桜の木の根元ばかりを見ていた。どんなに綺麗で華やかでも、あなたもここから動けないのね。そう心で呟いていた。
 婚礼では様々な余興が披露された。歌。演舞。猿回し。大いに盛り上がった最後に城の庭にて流鏑馬が行われた。集められたのはいずれも弓矢の名手ばかり。その中にひとりの若者がいた。それが若干十九歳の佐吉だった。
 佐吉は城から遠く離れた山奥でダダという名の人の腰ほどある大きな犬とひっそりと暮らしていた。幼い頃に流行り病で父と母を亡くし、祖父に育てられた。祖父は老いた自分が去り後の佐吉がひとりでも立派に生きられるよう、弓矢を教え込んだ。祖父もまた弓矢の名手だったからだ。佐吉はめきめきと腕を上げ、矢を放てば百発百中の使い手と成長し、祖父の亡き今も、得意の狩りで食うに困らない暮らしを保っていた。
 だがふいに寂しさが押し寄せる。ダダは賢い犬で、佐吉の唯一の友人であり、たったひとりの話し相手だった。彼がいれば心強かったが、ひとりきりのゆうげには物音もない。聞こえるのは獣の遠吠えとモズの甲高い鳴き声だけ。雨音でもないよりはいいほど、佐吉もまた孤独であった。
 弓の名手の佐吉の名は村に知れ渡っており、この度の婚礼の流鏑馬の騎手として城に呼ばれた。若い彼は馬もすぐに乗りこなした。大殿の名前すら知らぬが、褒美をくれるというので受けただけであった。 
 ボロボロの着物から流鏑馬の衣装に着替えた佐吉は別人のようにりりしく美しく若者へと変貌を遂げた。立烏帽子に綾藺笠。藍色の着物と袴を纏った佐吉が現れた時、ずっと俯いていた姫様は初めて真っ直ぐに顔を上げた。
 疾走する馬に跨がる佐吉は、鏑矢を引いては三枚の的に見事命中させた。所作は荒々しくも無駄はなく、何よりその鮮やかな射ち方は神話に出てくる勇者そのものであった。
 姫様は目を、そして心を奪われた。佐吉の放った矢は姫様の胸も貫いた。同じく自分を見つめる潤んだ瞳に佐吉の孤独な魂も呼び寄せられた。
 姫様は大殿の留守を見ては佐吉に会いに行った。身分が分からぬよう町娘と交換した着物で粗末な身なりを装った。城から佐吉の住む家までは五里の道のり。だが恋の熱はその距離をものともしなかった。姫様は疲れも感じずに走った。山まで入ればダダが待ち受け、姫様を背中に乗せて佐吉の元まで連れていった。二人は限られた時間に身を焦がした。
 しかし噂はすぐに大殿の耳に届き、家臣や侍女に命じて姫様を城から出さぬよう見張りを付けた。会いたさに佐吉が城に近付こうものなら刀を構えた数十人の用心棒に追い払われてしまう。しかし若い二人の情熱は障害があるほどにますます燃え上がった。
 ある日姫様は家臣がうとうとしている深夜に、丸めた着物を身代わりに布団に寝かせて城を抜け出し、夜の道をひた走った。ふた月ぶりの再会。裸足で駆けてきた姫様の足は擦り傷と切り傷で赤く染まっていた。佐吉はその足に薬草を塗り、姫様をしかと抱きしめながら、ある決意をした。
 一方怒り余った大殿は佐吉を殺すよう家臣たちに命じた。だが何人送ろうと、弓矢の名手である佐吉にみんなやられてしまう。ならばと佐吉の住む山を燃やしてしまおうと松明の群集が押し掛けた日からなぜか大雨が降り続き、姫様は佐吉の身を案じながらこの雨が止まぬことを祈った。
 十日後のことだった。その日も雨が降っていた。句会の帰り、姫様は車の中から聞き覚えのある声を耳にした。ダダの鳴き声だった。従者に車を止めさせて簾から覗くと、そこにはやはりダダがいた。姫様を認めるなり鳴くのを控え、ゆっくりと近付いてきた。姫様はダダの首元に何か巻いてあるのに気付いた。両手で解くと、それは佐吉からの結び文だった。
 
  山は雨で足元が悪うなっております
  川の方へ進んでくだせえ
  半里遠くなりますが
  ダダを待たせます

 手紙を受け取った姫様は今夜佐吉に会いにゆくことを決めた。ちょうど雨が止んできた。しかも今日は花火見物がある。客人がたくさん来るから抜け出すには絶好であった。佐吉もその機を狙ったに違いなかった。
 ようやくの晴れ間。城では花火見物の準備で大わらわだった。宴会が好きな大殿も今夜は佐吉のことを忘れているのか、客人と酒を交わして機嫌よく
過ごしており、姫様もお相手しながら菊の花を咲かせる花火を楽しみつつ、どうやって抜け出そうかと、頃合いを見計らっていた。
 機は不意に訪れた。大殿が出掛けるという。大殿が行くなら家来たちも引き連れて行く。姫様は胸を踊らせた。大殿たちが門を出たのを見送ってから姫様は粗末な着物に着替え、裏庭からこっそりと出ていった。
 雨上がりの道はぬかるんでいた。びちゃびちゃと飛沫が跳び跳ねる度に脛や着物の裾に泥が付いた。だがどんなに汚れようと、佐吉に会える喜びに比べたらなんでもなかった。逸る気持ちが先に先にと突き動かした。
 しかしこれは罠であった。大殿たちは出掛けた振りをして佐吉の住む山の麓で待ち伏せしていた。車を引いていた従者から姫様が犬から何か受け取ったようだと聞いており、あれはきっと佐吉の使いの犬だ、今夜会う手筈だと教えられ、姫様が行くなら佐吉は家にいるに違いない。今日こそ捕まえて姫様の前で八つ裂きにしてやろうと待ち構えていたのだった。
 大殿の恐ろしい企みを知らぬ姫様は息を弾ませて田畑の囲む畦道をひた走り、佐吉に住む山へと入っていった。木々の茂みに隠れていた大殿たちは目の前を姫様が通り抜けて行くのをしかと見届け、月が真上になったら行くぞとその時を狙い定めていた。
 まだ東にある月明かりを頼りに山に入った姫様は、ふと水音に気付いた。川のせせらぎの音であった。そういえばと思い出した。佐吉の手紙に書いてあった。川の方に回ってほしいと。道の途中に細い川が流れている。渡らずに真っ直ぐ進めば佐吉の家まで近いが、川を超えると反対側からぐるりと周って登らなければならず、半里遠くなる。山道は足が悪いと書いてあったが、姫様は気持ちを抑えられなかった。一秒でも早く佐吉に会いたい。半里遠のく道を行くより、一刻も早く佐吉の元へ辿り着きたかった。
 姫様は手紙の約束を破り山の道を登っていった。ダダは後で迎えに行けばいい。佐吉の指笛で戻ってくると、川を渡らぬ道を選んでしまったのだった。そこに佐吉の計画があったのも知らずに。
 佐吉はわざと従者が見ている所でダダからの手紙を受け取らせた。そうすれば今夜やってくる姫様を追って大殿も必ず攻めこんでくる。そう踏んで道に罠を仕掛けておいたのだった。暗い夜道に固く編んだ草を張り、足がつかえると四方の木から矢が飛び出るよう仕組んであった。だから姫様への手紙に川を渡るようにと書いておいたのだ。そして大殿たちを塞き止めている間にダダを連れて二人で逃げよう。そう練っていたのだった。
 だが何も知らぬ姫様は山道を急ぐ。愛しい佐吉の元へ。息を弾ませて駆け登っていたその時に、ダダの遠吠えが聞こえた。姫様ははたと足を止めた。
 川道の途中にいた佐吉は、はっとした。それは姫様が来ないと知らせるダダの鳴き声だったからだ。姫様の匂いがするのにやって来ない。賢いダダはその身に危険が迫っていると佐吉に知らせたのだ。
「姫様!」
 佐吉は走った。そっちに行ってはいけない!川の道を駆け降りた。ダダは何度も何度も遠吠えを繰り返した。影絵のような木々の間に間にこだまするダダの声は、待ち伏せしていた大殿たちにも聞こえた。察知のいい大殿は、これは佐吉の罠であったと即座に気付いた。山に入ったら奴が待ち伏せしてるに違いない。遠吠えはなんらかの合図だ。あいつの持ち場では勝てん。今夜は止めておいた方がいい。そう思って踵を返した時、真上に登った月に雲がかかった。先程までの満願が少しずつ翳る。暗く細く。鋭利に冷たく。
 冴えざえとした鈍色。まるでよく研いだ刀のようだった。それは佐吉を思い出させた。的を射る瞳の閃光。静かの中に潜む熱情。あの若者は美しいままでいようとしない。愛する者のためならば、ひとたび姿を変え、尖った三日月の刃を迷うことなく差し向けてくる。相手が誰だろうと怯むことなく。
 もうよい。娘っ子ひとりぐらい山猿にくれてやる。大殿は姫様を諦めることにした。そして家来たちを引き連れて城に戻っていった。
 姫様は一度は歩みを止めたが、ダダの声に押されるようにまた走り出した。きっと自分を心配しているのだ。なら早く佐吉の所へ行って安心させてやろう。暗い道を上り掛けたその時だった。足首に何かが引っ掛かった。
 あっ!とつんのめりそうになった瞬刻「伏せて!」と佐吉の声がした。
姫様はその声に弾かれるようにさっと身を引くした。刹那に、シュッと風を切り裂く音が放たれた。時を待たず鋭い矢が髪の先を焼いて横切り、姫様の頭の一寸前でバラバラバラッ…!と木片がつぶての如く飛び散った。ダダに乗った佐吉の放った矢が、姫様に向かって飛び出した矢を打ち落としたのだった。カラン…と、甲高い音を響かせて、宙高く舞った矢の破片が地上に落ちてきた。佐吉はダダから飛び降りると、すぐに姫様に駆けよった。
「姫様!お怪我は?」
 姫様はしゃがんだまま震えていた。眼前に散らばる矢の先は、まさに一寸遅ければ姫様の胸を貫いていたことを物語っていた。
「ああ、佐吉。ごめんなさい。私はお前に会いたくて半里を越えられなかった。お前のいいつけを守らずに、恐ろしい道を選んでしまった。お前を悲しみの淵に落としてしまうところだった」
 姫様は佐吉の胸にしがみついた。二人は固く抱き合って互いの無事を喜んだ。ダダのおかげで佐吉と姫様は再会を果たし、共に暮らし始めた。
 その一年後、大殿は二人を許して城に迎えた。そして佐吉は大殿の刀持ちとなって身を尽くし、三人の子の母となった姫様は、佐吉を献身的に支えるよき妻として、ダダを側にいつまでも幸せに暮らしたのでありました。


⑥【さよなら透明】


むかし君は精霊だった
僕は君に憧れた

君はやがて詩人になった
僕は君に恋をした

いつしか君は
言葉を喋るようになった
僕は黙って聞いていた

そして君は称賛を求めるようになった
普通の人間になって
透明な羽はもう消えていた

僕がそう言うと
君はこう言った
「あなたが勝手に思っていただけでしょ」

ああ今
恋が終わったよ
ふて腐れた顔をした
ただの女によって


⑦【It's ok Rockn Roll 】


もういいんだ
誰もよまなくても書くぜ
書きたいからよ
もうそれだけでいいんだ

創作に恋しちゃってんのさ
報われなくてもさ

一文字書くごとに
恍惚状態

一秒ごとに
愛だって生まれる

さあ好きにやろう
ここだけは自由だ
 
叫んじゃっていいんだ
本性見せてやれ
無印粗悪品絶好調

 It's ok Rockn Roll !


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