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(脱)非モテコミット

 海沿いを走るJRの駅を降りて、海を渡った所に特殊な専門学科があるが故に他県からも寮住まいを承知で受験生が殺到する、無駄に倍率の高い国立の学校があった。
 今になって考えれば、若い頃からそんなニッチな分野に長けてどうするんだと浅はかな感は否めないし取るに足らない。就職先が良いと専ら評判も高かったが、実際のところ1部を除いては大した職にもついていない。田舎の小さな街の評判の程度なんてたかだか知れている。

 高校の退学処分を受けてから2年目に入ろうとしている。
 この春、同級生達は有名大学へ進学したり地元の優良企業へと就職していったが、僕はもうここ1年程はバイトがない日はこうやって夕方までパジャマ姿で家をゴロゴロしているという日々が続いている。
 家計のために汗水垂らしながら外での仕事を終えて帰宅する母親に、パジャマ姿のまま投げかけるのは「おかえり」だとか「お疲れ様」といった労いの言葉ではなく「今日の夕飯何?」、「またかよ」といったお決まりの舐めたセリフ吐きながら、僕自身も流石にこのままだと社会から見放されそうで気が気ではない。
 だがここ数年は何をやってもやることなすことどれも上手くいかないし、手を出すもの全てにおいて何も手応えが得られない、そんな負のスパイラルに陥っている。
18歳そこらでこんな状態ではこの先大丈夫だろうかと不安にならないハズがない。

 退学処分を食らって今のような孤立した生活環境に身を置いてからは元々同じクラスだった、校内で上級生と並んでも才色兼備で周囲からも一目置かれた文香と密会を重ねていた。
 文香達は僕の退学処分の下されるその更に前の年に留年を食らった当初も、1つ下の学年ともう1度同じ授業を受ける羽目になった僕に変わらず接してくれていた。
 キャピキャピと甲高い声で騒ぎ、短いスカートの中をチラつかせながら夏場は汗で張り付くブラウスに透けブラ。こちらにも可愛い彼女がいようがやはり同じ生活圏の異性は毎日会うためか興味の対象としては大きな存在だった。

 ニートのような暮らしがスタートした昨年。
 18歳の誕生日を迎えると早々に車の免許を取得した。
 地元のツレを高校に迎えに行っては、そのクラスの女子達を連ねてはよくカラオケで遊んだし個別にドライブも出来た。連絡先を交換する機会もうんと増えた。
 そうしながら平日の2日程は夕方から夜間、土日は朝から晩まで丸々1日うどん屋でひたすら天麩羅を上げ続けるという間の抜けた毎日を送っている。

 そんな退屈な日常にも飽きて来た頃のとあるバイト後の土曜の夜、寝支度を終えて部屋のコタツに潜りながら友人達数名と個別にメッセージで連絡を取り合っていたのだがこの日は珍しくその中に文香もいた。

 次第に誰からともなく返信の間隔も広がっていき、各々のタイミングで寝入っていくのが手に取るようにうかがえる。
 1人、2人と返信を寄こす者が減っていく中で、依然文香からの返信は続いていた。
「文香さんいつもコレくらいまで起きてるの?」
「今日バイトが夕方に終わって少し寝ちゃってたから眠れないの(笑)」
「そうなんだ(笑) どうせなら電話イケる?」
「良いよ、まだ眠れそうにないし(笑)」
 その返事に条件反射的に応じるように文香へコールする。
「もしもーし。ウケるんだけど(笑)」
「久々だね、文香さんと直接話すの。秋の学祭以来だっけ?」
「忘れた(笑) ってか城西くん生きてるの?皆いつも噂してるよ」
「皆に未だに話題にされてるのは嬉しいな。オレも皆とずっと同じクラスでいたかったな(笑)」
「ダブるからでしょ(笑)」
「翌年更にダブったけどね。似合うでしょ(笑)」
「結局何で辞めたんだっけ?消化器撒いたりしてたよね、あれ?誰かぶん殴っちゃったんだっけ?(笑)」
「何かの非常勤講師をテスト期間中に殴ってしまって、そのまま無期停食らったから1回分のテストを丸々受けられなかったの」
「思い出した!その日の午後私達もそのセンセの授業入ってて、胸のポケットがペロって捲れてヒラヒラしてたの(笑) 皆で『城西くんナイス』って言ってたよ。超嫌われてたじゃんあのヒト」
「世間に見放されてどれだけ心細い思いをしたか皆絶対知らないよね」
「殴るからでしょ。無期停って何日なの?(笑)」
「確か3週間とか1ヶ月位だったかな?」
「なっげー(笑)」
「けど、あれオレが悪いのかな?怒らせたのオレだけど大人気も無くガチギレして襲いかかって来たのを応戦しただけなんだけどな」
「程度にもよるでしょ(笑) ってかさ、城西くん今年の学祭来てた時超ハードなツイストかけてたじゃん?」
「髪?良く覚えてくれているね。高校生らしいアタマ!スタイリングしてないとガチなアフロだから直ぐに戻しちゃった」
「私も今ロングで結構強目にツイストかけてるんだけど、部屋に落ちてる毛拾うとチン毛みたいなの(笑)」
「何の話だよ。女子のクセに」
「ごめーん(笑)」
「寝ないの?」
「話してたら目が冴えて来ちゃった(笑)」
「じゃぁオレが責任を持ってどっかドライブでも連れて行く(笑)」
「ホント?来てくれるの?」
「え?今?(笑)」
「え?いつ?今じゃないの?」
「いや、後日のつもりだったけど。行って良いなら全然行く(笑)」
「良いよ、スッピンで良ければ(笑)」
「ってか入学した頃ってそんな化粧とかしてなかったでしょ?水泳の授業とか一緒に受けてたじゃん」
「確かに(笑) 」
「ってか文香さんオレのチンコのもっこり具合いをチェックするってオレの股間目掛けて潜ったりしてたよね(笑)」
「改めて言われると恥ずかしいからヤメて(笑)」
「チンコ出しとけば良かった(笑)」
「マジやめろ(笑) で、大体ウチの場所分かるよね?」
「大体ね。バイト先が橋渡った所の交差点のコンビニだって誰かが言ってた!」
「ダレだ言ったの(笑) じゃぁその辺りまで来たら電話して」
「取り敢えず支度して出る!」
「うん、待ってるー」

 僕達が1年程共に勉学に励んだそのクラスは校内でも最難関に位置付けられる学科であったが、文香は常にお洒落をするためにバイトに励んでいる印象で、勉強熱心なイメージは皆無ながらも成績は入学してからずっと断トツのトップだった。
 一方の僕は入学後は燃え尽き症候群さながらにまともに勉強などせず毎回ビリから2番目。もっともそのビリも授業に出ずにずっと寮で寝ているクラスメイトがいたからであった。それにしても寮生活上等で県の真逆の市から入学して来ておいて、通学もせずにずっと寮で寝ているとは余程実家の居心地が悪かったのだろうか。なのでその彼のお陰でビリから2番目であっただけで、それを抜きに考えたら事実上のビリは僕だった。

 退学する際の面談で「入学した時の成績は上から10番目以内にはいたのに本当に勿体無い」と言われ、そんなならもう少し早く言ってくれよと思ったがあとの祭りだった。
 実際に全員が自分よりも賢く見えてそもそも勝負しようという気にすらなっていなかったし、そうでないと知れば自分の自己表現に繋がる何かを案外見いだせつつあったかも知れない。

 深夜の真冬の冷え込みを跳ね返す位にテンションが上がった僕は、ジャージにダウンを羽織り親の車のエンジンを掛けた。
 信号や交通量を考慮すると昼間だったら道中30分を要すのだが、交通量も少なく信号に1度も引っ掛からずに済んだためか20分もかからず文香のバイト先のコンビニ付近に辿り着いた。

(続く)

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