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変わるもの、変わらないもの。


不変と変化について考え始めた、きっかけは一枚の写真から

よく行く古本屋さんで見かけた一枚の写真。「兵士の自撮り(1940)」 撮影者は不明らしい。

兵士の自撮り

 

 鏡に向けた二眼レフ。二人は、上からレンズを覗く。携帯のカメラに目を向けて、笑顔で写真を撮る私たち、80年前とはいえやっていることは、今と大きく変わることはない。長い時を経て、変わったのはカメラという道具だけなんだ。

 この写真はどんな場面で撮られたのだろうかと物語を想像してみる。これから男は戦場に送られるのか、それとも戦場から無事に帰ってきたのか。女性がドレスを着ていることからすれば時は12月24日のクリスマス・イブなのかもしれない。寂しげな女性の表情からすれば、戦場に向かわされる前に撮影した写真である気もするが、だとしたっら果たして二人は再会することができたのだろうか。事実は誰にもわからない。たった一枚の写真でこれだけ様々な物語が繰り広げられる。

 一枚の写真は変わらない。でも一枚の写真をめぐるすべてのヒト、モノ、コトが写真が撮られたその瞬間から、変わり始める。写真は静止画だ。意識の領域をはるかに超え、細かく刻まされて流れてゆく時間の中、写真はその一瞬の刻みを捉える。だから写真は記録性を持っていると昔から言われたりもしたらしい。

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 写真の記録性とは、私たちの知覚できない瞬間をそのまま見せてくれるので、ありがたいと思う一方で、恐ろしいと感じる時もある。記録された瞬間に意味づけをすることはできるが、そこにある事実を否定することはできない。簡単に写真を撮れる時代になったが、写真の持つ記録性という名の呪縛が恐ろしく、私は自ら人とのセルフィーをあまり撮れない。昔の恋人と撮った写真に縛られて前に進めない自分の過去を思い出す。

記録という名の釘をさす。

 写真の話から少しそれるが、私はタトゥーが好きだ。別にタトゥーイストになりたいとか、全身にタトゥーを掘りたいとは思わないけど、タトゥーを掘っている人に惹かれる。人からは見た目が優しそうな印象をしているから、タトゥーは似合わないと言わる。しかし、めったにないがお調子のよい日にタトゥースタジオを予約してしまうのだ。

 ファースト・タトゥーを掘ってからしばらく経て気づいたことだが、恋人の名前を掘ることは決してしない。と心から思うようになった。初恋をした相手には、冗談半分で「〇〇〇ちゃんのことが、好きすぎて、結婚したら名前のタトゥーをいれちゃおっかな」なんて若気の至りというか、バカなことを言ったことがある。今思えば、その場の衝動でスタジオに掘りに行くような無謀さがない臆病な自分でよかったと今は思う。何かに本気になるってとても大事だけど、恐ろしいことだ。

 記録するということは、流れる時に釘をさすことである。タトゥーは消えないし、一生付き合っていかなければならない。写真は涙をこらえて、燃やせば済む話だけど、タトゥーはそうもできない。

 写真とタトゥーに関する考察を通して、私は残したい対象に込めた当初の気持ちと、これから変化する気持ち、その変わる距離感も興味深く味わっていきたいと思えた時に、それがはじめて何かと一生付き合える覚悟であると思えるようになった。
 

 アイルランド出身の作家であるスウィフトは「この世で変わらないのは、変わるということだけだ」と語った。この言葉を全肯定する訳ではないが、考えてみると負に落ちる言葉だ。

 少なくとも関係性というものは変化し続けるとても流動的なものだ。ヒトとの関係性、モノとの関係性、コトとの関係性。モノやコトの捉え方は自由だが、ヒトに限っては自分の思うままにならないものだ。だから恋人の名前をタトゥーにしてはいけない。それは不自由になるどころか、自分を苦しめる釘をさす行為にすぎないのだ。


動かない釘をさして、その他に変わりゆくすべてをゆっくり嗜んでいくこと。


 写真、タトゥー、他にもレコード、本などと媒体そのものは変わらない記録物がある。私はそれらをあえて「釘」と表現してみようと思う。

 釘をさすことは不自由になることを意味する。釘をさした瞬間から、逃れられない宿命に耐えなければならない。しかし、生きる上である程度、固定した価値基準ができることは悪いことではない。基準がなければ、あまりにも自由すぎる世界だ。人生を生きる上で必要な柔軟な思考とは、新しい価値観に触れた時に、それを否定せず、一定部分を吸収できるような志を持つということであって、何もかも失って、吞み込まれてしまえということではない。

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 だから、変わるものすべてを受け入れても変わらず夢中になれる何かがあれば、釘をさしてみるのも良いと思う。媒体はどれでも良い。日常に溢れている記録物、その中で、自分の芯が表れているものは何か。10年前から変わらず好きだった小説、何度も聴いてしまう音楽、胸が苦しくとも消すことのできない一枚の写真。誰でも、これらのうちの一つくらい、大事にしている気がするんだ。


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