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書籍紹介 坪田清『世界の不動産経済の潮流』プラチナ出版(2024)

 坪田清氏による『世界の不動産経済の潮流』は、2015年から2023年にかけてのグローバル不動産市場の変動を多角的に分析した一冊です。以下、簡単にまとめます。

1.はじめに
 筆者は、序章でグローバル不動産経済の複雑性を挙げています。

 世界の不動産ビジネスはあるときは穏やかに、あるときはきつく連繋している。私はこれを「グローバル不動産経済」と呼んでいるのだが、この全体像を説明することは容易ではない。生き物の仕組みの説明と似た多数の錯綜した出来事の総合体、それが「グローバル不動産経済」なのである。

出所:本書(Pⅱ)

2.気候変動・パリ協定採択 2015年6月→12月 
 
CHAPTER1では、2015年に採択されたパリ協定とそれに伴う気候変動が不動産市場に与える影響、ニューヨークの超高額マンション取引、ヨーロッパの主要都市への海外投資の動向等が取り上げられています。以下に引用例を挙げます。

ニューヨークでは今、日本では考えられないような超高額のマンションの売買が盛んです。 ざっくり言って坪単価で2,000万円から 3,500万円 一住戸30億円から100億円です。

出所:本書(P5)三井不動産リアルティ (株)発行REALTY real-news Vol.1  6月号 2015年 掲載

 また、ヨーロッパではイギリスが海外投資の受け入れ先として突出しており、ロンドンに世界中から投資資金が集まっています。

3.ブレグジットの国民投票 2016年1月→12月 
 
CHPTER2では、ブレグジットがもたらした影響を中心に、中国の資本流出とヨーロッパの不動産市場への影響を考察しています。特に、中国のデベロッパーが直面する課題や投資手法について深く掘り下げています。

 中国では外貨への交換は「一人当たり一年に5万ドル (605万円)以下」にされているはずなのですが、 中国人の爆買いぶりを見ると実際はどのような方法で外貨を得ているのか、興味のあるところです。 ある英字紙には次のような六つの方法が紹介されていました。
 まず 「香港と本土の両側に店を持つ『為替両替所』 の利用」があります。 最初の一回だけは本人が香港へ行きアカウントを開いた上で、本土の親戚に携帯で電話してアカウント番号を伝えます。本土側で人民元を振り込んでもらって香港側で外貨で引き出します。
 次が「地下銀行の利用」 で、本土側の支店で発行された小切手を香港側の支店に持参し、 現金化します。 「地下銀行」 が機能していることが前提ですが、 小切手なら運ぶのに安全で税関でも見つかりにくいわけです。ちなみに昨年(2015年)11月に当局が地下組織の一斉摘発に入りました。この時に摘発された170の地下組織の中で最も多額に送金していたところは410億元 (7,670億円)を海外に送金していました。 これらは 「地下銀行」とも「為替両替所」とも呼べるケースでしょう。
 次は「一人5万ドル (605万円)」の枠を利用して家族、親戚、知人に依頼し、外貨を入手する方法です。 6,000万円のマンションの場合は最低10人が必要ということになります。
 「現金や小切手をスーツケースに入れてそのまま持ち出す」 中国人も多くいます。 一例として、 バンクーバーとトロントの税関では2年半の間に、 869人の中国人が引っかかったそうです。
 中国本土と海外の両方に店を持つ大手銀行を利用して、その銀行の本土側の支店に預金した人民元を担保とし、 海外の支店側で外貨(資金)を借りる方法もあります。 日本では中国銀行がこの方法でローンを出しているそうです。
 最後の方法は、 海外でカードにより時計や宝飾品を購入し、それをそのまま現地で売却して現金を得るという方法です。 実際にはあらかじめそのような仕組みがあって、 「時計等を『買った事にして』」取り引きします。 この際の手数料は5~10%だそうです。

出所:本書(P32-33)三井不動産リアルティ (株)発行REALTY real-news Vol.8 1月号 2016年 掲載

 中国の富裕層がさまざまな手法を駆使して外貨を取得し、海外不動産に投資する様子が詳細に述べられています。これには「為替両替所」の利用や「地下銀行」の活用など、非公式な手段が含まれているようです。これらからイギリスやスペインなどの不動産市場への中国からの投資が急増しているようです。

4.トランプ大統領が誕生 2017年1月→12月
 
CHAPTER3.では、トランプ大統領の政策がアメリカの不動産市場に与えた影響を分析しています。ニューヨークやサンフランシスコでのオフィスビル市場の変遷や、プール付きマンションの人気についても触れています。
 アメリカのオフィスビル市場では、主要テナントを確保してから着工するのが一般的であり、未確定のうちに着工することは「スペキュラティブ・インベストメント」としてリスクが高いとされています。特に、ニューヨークのワンワールドトレードセンターのように竣工後も空室が多い事例が紹介されています。

5.習近平国家主席、終身化へ道 2018年1月→12月
 
CHAPTER5では、習近平国家主席の終身化とそれが中国の不動産市場に及ぼした影響を考察しています。中国のデベロッパーの動向や地方政府の土地売却に関する課題について述べています。
 中国のマンション市場では、販売価格の急落により既購入者からの反発が生じており、地方政府の財政も土地売却収入の減少で逼迫しています。これにより、中国の不動産市場の不安定さが浮き彫りにされてきています。

6.平成から令和へ 2019年1月→12月
 CHAPTER5では、平成から令和への移行期における日本の不動産市場の特異性について議論しています。オリンピック開催を契機とした都市インフラの更新や、不動産市場への中長期的な影響について詳述しています。

 ロンドンではオリンピック終了後に市域全体で住宅価格の大きな上昇が起きました。 しかしこれはそれほど長続きせず、市場は2014年をピークとしてまず最も価格が高いクラスの住宅の売れ行きが停止し、その後、本格的な価格下落が始まり、これが一般の住宅の不振にも徐々に波及していきました。2019年現在、ロンドンの住宅市場は不振の真っただ中です。

出所:本書(P121)三井不動産リアルティ (株)発行REALTY-news Vol.47 4月 2019年 掲載

 興味深いことに、オリンピックを機とした都市インフラの更新に重きを置いたケースよりも、オリンピックをきっかけとして国の知名度を上げて観光客や海外からの投資の獲得を図ったケースのほうが、不動産市場に対して中長期的にポジティブに働いているとしています。

出所:本書(P121)三井不動産リアルティ (株)発行 REALTY-news Vol.49 6月 2019年 掲載

7.新型コロナウイルスが世界中で蔓延 2020年1月→12月
 CHAPTER6では、新型コロナウイルスのパンデミックが世界中の不動産市場に与えた影響を述べています。マンハッタンからの「エクソダス」や、サンフランシスコのリモートワークによる空室率の増加などの事例が紹介されています。
 パンデミックによるリモートワークの普及で、都市部から郊外への移住が増加し、不動産市場に大きな影響を与えています。特に、ニューヨークのハンプトンズやウエストチェスターの住宅市場が活況を呈していることが取り上げられています。

8.東京でオリンピック・パラリンピック開催 2021年1月→12月
 CHAPTER7では、2021年の東京オリンピック・パラリンピックが日本の不動産市場に与えた影響を評価し、リモートワークの普及が不動産市場に与える長期的な影響についても考察しています。

9.ウクライナ戦争勃発 2022年1月→12月
 CHAPTER8では、2022年のウクライナ戦争勃発後の市場の変化を追っています。特に、エネルギー市場への影響とそれが不動産市場に与える波及効果について掘り下げています。ウクライナ戦争の影響でエネルギー価格が高騰し、それが不動産市場に与える影響について記されているのですが、特に中国の地方政府が土地売却収入に依存していることが課題として浮き彫りになっています。

 中国では、デベロッパーはマンション用地を市が行う公売で入手します。マンションの人気は根強く、価格はどんどん引き上げられていきました。その結果、安いうちに契約したいという購入者と早く資金を手にしたいデベロッパーの思惑が一致、「図面売りでの契約締結時に代金全額を払う」という独特な販売慣行が定着しました。 デベロッパーは得た売買代金を早々といろいろな物に使い、 建築工事のための資金は必要になったときに別途、さまざまな手段で調達することになります。(略)現在、この問題は次のステージに進んでいます。デベロッパーは市の土地公売への参加を見送っています。 ところが市の財政は土地売却収入がないと成り立ちません。 主要各市の歳入の土地売却収入への依存度は平均40%もあるのです。

出所:本書(P194-195)三井不動産リアルティ(株)発行REALTY-news Vol.83 3月 2022年 掲載

10.イスラエル・ガザ紛争再発 2023年1月→7月
 最終CHAPTERでは、2023年のイスラエル・ガザ紛争再発に伴う不動産市場の動向を分析しています。また、シンガポール等の最新の市場動向を述べています。シンガポールの地理的優位性が東南アジアのハブとしての役割、地位が高まっています。

 シンガポールは地理的な位置も有利に働いています。 マレーシア、インドネシア、 ベトナム等の東南アジア諸国のハブとしては絶好の場所にあります。 さらに現在、猛烈な勢いで伸びているインドとは近年、ますます結びつきを強めています。
 シンガポールの弱点は、あまりに「たいら」で水が出ないことでしょう。 マレーシアの南端との間のジョホール海峡に架けられた橋の下のパイプラインを通じて、 水の大半を輸入しています。最近では2018年に両国の間で水供給料金の値上げが外交問題となりました。

出所:本書(P219-220)三井不動産リアルティ(株)発行REALTY-news Vol.93 1月 2023年 掲載

11.おわりに
 筆者は、本書の締めくくりとして、不動産という概念自体が西洋にはないことを述べ、日本の不動産市場を理解するためには世界の視点から俯瞰することも重要であると改めて説いています。
 以上、本書は、筆者の分析や豊富な事例の提示により、グローバルな不動産市場が近年どのように流れてきたのかを理解する上で大変参考になる一冊です。


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