jirofficial

食品と同じように賞味期限切れの言葉がたくさんあります。それでもいいんです。

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最近の記事

"書き手"と"読み手"

このnoteには"ダッシュボード"という機能がある。そこでは一つの記事に対しての閲覧数やスキの数、コメントの数を確認でき、それを「週」・「月」・「年」の期間を選んで見る事が出来る。 つまりどの記事がどれだけ読まれているのか、 どのようなタイトルや内容が読まれているのか等の簡単な分析ができる。ヒラのサラリーマンが書く中身のない、言いたいことがよくわからないエッセイを綴る僕でも、やはり読み手の方の動きや反応が知れるのは面白いし、また書こうとも思えるモチベーションを得れる。しかしそ

    • 青春は残酷だ

      青春と呼べるものはだいたいが良い思い出。 よく通った居酒屋やいつも食べていたメニュー、仲良くなった店員やたまたま隣に座った人とお酒呑んだこと。2人でよく歩いた駅までの道のりや駅横の駐車場の景色 あの頃の何気ない時間は今、青春として形を変えて自分の心の中に残る。それがたまに今の自分を苦しめる。 あの頃の友人と遊んだ時間や恋人と一緒に過ごした時間が今になって、自分を苦しめるだなんて夢にも思わなかった。あの時はただ今のことだけを考え、友人や恋人との時間に夢中にだった。未来や過去のこ

      • 感情の原点とは

        先月から甥っ子が幼稚園に通い始めたわけだが、通い始めた最初の1週間はなかなか大変だったようだ。甥っ子の親である姉から毎日のように、幼稚園に行きたくない甥っ子の態度や対応がいかに大変だったかのLINEが届いていたため、姉の苦労と甥っ子の苦悩が伝わってきた。 朝起きて幼稚園へ行くまでに姉と甥っ子のバトルがいくつかあり、幼稚園帰ってきてからは”もう幼稚園行きたくない”と涙ながら訴える子にどう接するか悩む姉。 そんなやりとりを見て思ったことがある。 それは僕らはいつから「感情」という

        • 好きじゃないけど嫌いじゃない

          実家から見る雨はどこか神秘的なものに見える。 今住んでいる大阪の家よりも田舎の実家で見る雨はなんだか見惚れてしまうときがある。その雨は妙に粒が小さく見えて長細いものに見える。木の葉に当たる音と土に吸い込まれていく音しかない世界に僕はどこか吸い込まれていくような感覚に陥る。 それに雨はその土地独自の匂いを生み出す。 以前、山口県に出張に行った際、会社の同僚が 「雨降った後の土の匂いがなんとも癒されるな~」と感慨深いそうに言っている姿を見てこれが本物の都会人(羽田出身・在住)だと

        "書き手"と"読み手"

          結婚について独身が語る(偏見強め)

          今年28歳の年齢になる私筆者。 ついに結婚ラッシュが来た。既に今年の結婚式が3件(参加予定)。 大変うれしいことに3件とも、式に参加してくださいのメッセージをいただいた。そして思った。 結婚式って結婚式を行う側のエゴだなって。 こんなことを言うのは正直メンタルと頭おかしい奴だと思われるかもしれないが、素直に思ってしまった。 だがこれを機に皆さんも考えてほしい。 そもそも結婚式に参加してよかったなと思うのは、 ①仲の良い友人が幸せにしている姿を見たい ②今後も幸せになってほしい

          結婚について独身が語る(偏見強め)

          社会貢献活動

          企業理念や経営理念。 大きな会社になればなるほどそれらを謳い文句のように大きな声で高々と言う。 中期計画や今後の話を聞いたあと流れる言葉は企業理念や経験理念。 会社のために、我々が儲かるために、活躍するために我々は効率よく仕事を進めていくのです 思うように業績が伸びなくて従業員が会社に対して「あれ?うちの会社やばくね?」 と思われないように目先を変えて 日本を良くすることが世界をよくする! これが我々の哲学であります! そして我々は儲かったら世のため人のために還元もしていきま

          社会貢献活動

          友達100人なんて要らない

          甥っ子がこの春から幼稚園に通う。 小さかった子がもう大人への階段を上ろうとしている。日々の流れの速さに驚く今日この頃。幼稚園という小さな世界で生きていくことは今の彼には厳しくて難しい挑戦になるのは間違いない。今までは親族や友人にだけ会う生活から、ある一つの集団の中で生活をしていくのは容易なことじゃない。 大人の僕であれ、転職した会社に馴染むまでに時間はかかる。 「郷に入ったら郷に従え」 学生が社会人になって一番最初に感じる苦悩。会社の人は教えてくれないこの考え。日々の業務の中

          友達100人なんて要らない

          以前、「社会人2年目」というタイトルで記事を書いた。そこに出てくる彼がこの春異動になったようである。彼とは親しくなったわけではないが1度だけ飲みに行ったことがある。 それは大晦日前のことだった。僕と彼を含め5人で飲みに行き、最終的に僕は彼と二人で5件目まで飲みに行っていた。コロナ禍の中のためひっそり行われた飲み会。場所は天王寺駅周辺だった。天王寺駅から5分も歩けば着く男にとって魅惑な場所、飛田新地へは行かず僕らはひっそりと飲んでいた。 4か月前のことなので正直どんな会話をして

          時に片目が小さく睨む

          当たり前だけど過去には戻れない。 親しい友人との関係も過去の関係に戻ることもできない。住む場所、働く環境や職種が変われば同じ時間を共有することは難しい。尚更恋人が出来たり婚約などすればお互い違う距離感での友人になる。 こう思うのは僕が過去にしがみついて離したくないと思うからかもしれない。 そしてそれは友達だけじゃない。 これまでお付き合いした人に新しい恋人が出来たり、婚約した話を聞くと、全力でその人の幸福を願えない。決して彼女らの不幸を願っているわけではない。幸せになってほし

          時に片目が小さく睨む

          誰にも分からない

          今の仕事や過去に働いた会社で仕事に没頭した経験がない。「没頭」というのか「のめり込む」というのかどう表現したらいいのかわからないが自分の身を捧げるほどの経験をしたことがない。仕事に集中することはあっても没頭したことがない。友人が自身の仕事に対して熱く話をしている姿を見てどこか焦る自分がいる。そこには仕事に没頭できていない自分がいて 「このままでいいのだろうか」 「もしかしたら仕事に没頭できていないのは僕だけなのだろうか」 と思ってしまう。本を読んだり、運動している時など時間を

          誰にも分からない

          サウナルシスト

          改めて思うことがあります。 それはサウナ大好きな人はナルシスト率高いと思うということです。 はい、完全に偏見です。 なんの根拠ありませんがサウナ好き(大好きではない)と公言している人はナルシスト率高いと個人的に思っています。 ちゃんと理由もあります。 サウナって当たり前ですが暑いです。どちらかと言うとこちらの熱いが正しいかもしれません。それぐらい熱いです。熱いのでたくさん汗をかきます。その汗を出している自分の身体に惚れ惚れしてしまうとことかがナルシストだと思いませんか? 汗で

          サウナルシスト

          今の心情斜め45°

          人それぞれ経験してきた物事は違う。 Aという物に対して高評価する人もいれば低評価する人がいる。そんなのは当たり前で在りむしろ正常な判断、意見。 それでも自分の判断が間違っていなかったといわんばかりに大して好きでもないAを推してくる人はめんどくさい。Aのごり押し。 押し付けんなよって、思う。 それが親であっても恋人であっても親友であっても面倒くさいものは面倒くさい。その面倒くさいが言えるかどうか。 面倒くさいという心情、もしくは「Aって微妙じゃない?」って言える心が必要だと思っ

          今の心情斜め45°

          出張が多い仕事をしているからか、車で県境を越える瞬間に出会うことが多い。大きな川に沿って県境があるところやトンネルの中で県境を越えるところ等いろんなところに県境がある。淡路島から徳島県へ入るときの県境は大鳴門橋のど真ん中ではなく、淡路島の陸を超えればすぐ徳島県扱いになる(車のナビ情報。鳴門海峡で有名な渦潮は「徳島県の名物」という認識でいたが大鳴門橋は全長1.629mでそこまで大きい橋ではない。そしてそこに渦潮がある。つまり淡路島からでも渦潮を見ることは容易であるが、淡路島から

          またね

          自己肯定感とか幸福度、 食生活改善や運動不足、 効率化や生産性 サラリーマンやフリーランス ミレニアル世代やZ世代 接続詞や副詞 SDGsや高度経済成長 子育てや終活 そんなことが言えるのは 平和という土台があるから。 未来は明るいわけじゃない。 未来は明るいってみんな思っているから未来は明るいんだ。 また明日って言える世界に僕は感謝する また明日! See you tomorrow! Au revoir! ¡Hasta mañana!

          いくら寝ても忘れない

          寝てしまえば今日の記憶さえも忘れてしまう都合の良い頭を持っている僕なのにその彼女との出会い方を未だに覚えている。 それはもう10年以上前の冬。 高校受験を目前に控えた僕は進学塾へ渋々通っていた。中学生最後の夏の大会で思うような結果を残せなかったのに、僕はひとりその競技への情熱を失った。文字通り真っ白に燃えた僕はその燃え尽きた灰の中にある微かな残り火のような気持ちでその後の日々をなんとなくで過ごしてしまい、気が付けば高校受験が仁王立ちで僕を見ていた。 志望校はあったもの、その高

          いくら寝ても忘れない

          この長期間(約1年)エッセイを書くことをやめた。 理由は2つ 1、仕事が忙しくなった エッセイを投稿していた頃はそんなに仕事が忙しくなく定時で帰れることが出来たためエッセイを書く時間を設けれることが出来ていた。 しかし、昨年の4月頃から徐々に忙しくなり、6月以降は残業時間が60時間に届くほど時間に追われていた。休日出勤しても代休が取れるスケジュールは存在せず、大阪にいる時間より出張であちこち行く時間が多くなりエッセイを書ける時間などなかった。 いや、違う。 エッセイを書く情報