マガジンのカバー画像

ジミーの今日の言葉

26
●今日の思いを不定期にお届けします
運営しているクリエイター

記事一覧

クラウドファンディングについて

クラウドファンディングについて

クラウドファンディングってのは、夢を追いかけている人や芸術家などでお金がたくさん掛かってしまう場合にとても有効で魅惑的なシステムだと思う。

だけどね、それって都合のいい使い方ばかりしていると夢を応援してくれなくなってしまう可能性もある。

ストレートに僕がいつも首をかしげている事案で言うならば

数十万のお金でレコーディングがしたいから・・・と言う理由でファンディングを呼び掛けている人にどうして

もっとみる

カバー曲について

色んな人がいろんな曲をカバーしている。最初に言っておくと「カバーなんかするな」ということでこれを書いているのではないということはわかっていただきたい。

ただ、「カバー曲を歌いたいからという安易な気持ちでカバーするな」とは言いたい。

例えば、ロッド・ステュワートなどは無節操に自分が歌いたい曲をカバーしているように思うかもしれない。

でも、なぜ彼がカバー曲を歌うかと言うと

自分が憧れた人々や尊

もっとみる

そもそも、アマチュアミュージシャンのほとんどが、リスクを背負わずに「やりたいから」ライブをやることが多い。それでは誰も聞きたくないよね?「楽しんでもらいたい」「聴いていただきたい」「共有したい」「伝えたい」そういう思いがあるならば、自分の背負うべきリスクがあるはず。

「アマチュア」ミュージシャンで「お客さんが呼べないのでノルマのある所には出ません」という人がいるのだけど、ハナから集客努力はしません。ノルマは払いたくありません。だけどライブはやりたいんですということだよね?では、出演するお店にどうやって落とし前つけるの?お店の方の生活費は?

音楽を始めようという人が、楽器を習ったり、歌を習ったりするのはわかる。だけど作曲方法や作詞の仕方なんぞを教室に通って習うことに意味なんてない。ケーキ屋になるなら同じケーキを焼くことも意味があることだけど、歌いたい曲、聴いてほしい曲、届けたいメッセージなどは学校で習うものではない。

どうせ芝居をするならば、ハッピーなふりをしたほうがいいし、そんな曲を書く方がいい。本当はハッピーなくせに不幸を演じているのがわかった時、なんとなく醒めてしまう。なぜ、わざわざマイナスを演じる必要があるのか・・・と、人は反感を持つだろう。

ミュージシャンの中にはブランド志向の人間がたくさんいる。ギブソンのギターというだけでいい音がすると思い込んでたり、マーシャルを手に入れることをステイタスにしていたり。あそこの服を着ないと流行に遅れる・・・ってのと大差はない。悲しい話だ。

ライブというのは、空気の振動を通して音を感じて、空間の光の屈折を通して目で見るということで、それはモニターをみつめていても感じることはできない。オンタイムでしか手に入らないものがライブなんだよね。

日本のテレビ番組の中にRockなんてものは存在しない。 そこにはスポンサーがらみの仕掛けがあるだけだ。

「何で関西人なのに関西弁を話さないんですか?」とよく聞かれる。でも「関西弁で歌わないんですね」と聞かれることはない。なんで?僕からすると標準語で歌ってた人がMCで急に関西弁になるほうが不自然だ。標準語で歌えるんだから、その世界観を壊さないようにそのまま喋るというのが僕の流儀。

共同で使う楽屋ってさ、「共同」なんだよね。なのに、まるで自分たちの個室のように使う人がいる。鏡のある机の上にお菓子を広げて片づけないとか。そこで出演準備をする人がいたりメイクをする人がいるだろうから邪魔になるということがどうしてわからないのだろう?そんなのだからお客が来ないんだ。

暫く禁酒をして、久々にお酒を飲んだらさ、バランタイン程度のお酒(失礼!)でもものすごくおいしく感じる・・・・。ああ、もうこれでいいかなって。やはり舌というのは贅沢になっていくのだな。 たまにはそれをリセットする作業も悪くない。

ピコ太郎さんってどこが面白いの?・・・と、僕も思う。けど、面白い必要があるのかな?耳に残り、知らない間に歌ってるということは何かの影響力があるということだ。子供たちにとってパピプペポの音は面白いものなんだ。大人がズべこべいうことじゃないかもな。子供のセンスがある大人はすごいよ。

新曲ができましたのよ、皆さま。タイトルは「君の元へ」今のポール・マッカートニー的な明るいラブバラード。最近はいろんなことを垣間見て、「痛みのない音楽」を志すようになった。やはり、ハッピーが大事なんだなと。現実世界で傷みを抱えた人が多すぎる。そういう人たちが解放される音楽を目指す。