見出し画像

美鈴を取り囲む人々 愛国者学園物語 第198話 

 桃子との養子縁組はあっけないほど簡単に終わり、美鈴たちは親子になった。今までは「おばさん」と呼んでいた人を、「お母さん」と呼ぶことに緊張していた美鈴であったが、桃子がニヤニヤしながら言った言葉

「おいクソ娘、あたしのことをお母様と呼べ!」
を聞くと、気持ちが瞬時に切り替わった。ちなみに美鈴の返事は

「黙れ、クソババア!」


であった。


 それから半月もしないうちに、美鈴は趣味であるサイクリングで遠出をした。その目的地の手前で一休みしていると、自分と同じようにサイクリングをしている男性と目が合った。その彼は、名古屋市内に2軒のスポーツショップを経営していると話す、美鈴と同年代の男性だった。二人はその後もメールなどでサイクリングについて語り合い、それが恋愛に発展したのだ。

 同じ趣味を持ち、同じ名古屋人である2人は急接近した

。東京のオフィスと名古屋の自宅を行き来するか、リモートワークで仕事を済ます美鈴は、遠距離恋愛を心配せずにすんだ。そして、半年ほど経ったある日。熱い夜を過ごしたあと迎えた明け方に、美鈴が

ハイ・ファイ・セットの「朝陽の中で微笑んで」

を聞いていたら、彼がその曲が素敵だと言った。この言葉で美鈴の心が動いたことを察した彼は、美鈴にプロポーズした。やがて、美鈴の目は涙であふれ、朝陽がぼやけて見えた。


 おめでたいことは他にもあった。美鈴は昇進して、エディターからシニア・エディターになったのだ。それは下から3番目だが、まるっきり下っ端でもないので、美鈴はそれがいいと思っていた。トルコ人の上司は美鈴に、いずれはそのさらに上を目指すことを勧めたが、美鈴はまだそれに挑戦する気持ちはなかった。


 

 しかし、その一方で、美鈴の喜びに水を差す動きがあった。

ネット社会には、どこから嗅ぎつけたのか、美鈴の結婚を祝う人々と、そうではない人々が出現したのだ。自分は有名人ではないから、結婚のことは公表していない。それなのに、自分の結婚を祝ってくれる人々がいて、そうでない人々までいて、双方とも迷惑な存在であった。特に後者が。彼らはジャーナリストとしてはまだ日の浅い美鈴が、日本の伝統文化を壊す存在だ、愛国者学園の子供たちを弾圧する存在だとして、非難していたのだから。

 美鈴は自分がこの業界では小さな存在だと思っていた。でも、自分は親日家のファニーと組んで、あのルイーズ事件の本を各国で出版し、それが日本人至上主義者たちの怒りを買ったのだから、ちっぽけな業界人ではないもかもしれない。

 美鈴にとって、

ああいう人間たちの存在

は心の重荷になりつつあった。深刻に考えないようにしても、存在を消せなくなっていた。忘れようと、酒に頼りすぎるのも危険だ。だが、そういう影を払いのけてくれる人々がいたのだ。それは美鈴の友人や親戚だけでなない。ホライズンの関係者たちもそうだ。それに、あの2人もそうだった。

 

 美鈴の結婚を聞きつけたマイケルとジェフからメッセージが届いた

。彼らは美鈴をホライズンに導いた人々であったが、とても偉い人でもあるので、美鈴は彼らと自由に語ることを避けていた。会社のトップであるジェフとは、稀に業務連絡をすることがあったが、マイケルとはそうではなかった。

 でも、彼は、バルベルデで美鈴と出会って、ホライズンに美鈴を紹介したのは自分だからね、と言って、時々メールや絵葉書を送ってくれたので、美鈴もきちんと返信を出していた。マイケルはメールに美鈴の結婚話をジェフから聞いた、うれしく思うなどと書き、彼のルーツであるバルベルデかメキシコの料理でお祝いしたいよ、私の好きなアナゴの寿司も加えてね、とジョークも欠かさなかった。ジェフはジェフで、自分は会社の最高幹部であるから一社員である美鈴の結婚を大っぴらに祝うことは出来ない。だけど、私もとてもうれしいよ、マイケルと共に祝っている。あいつが、自分が先に美鈴に声をかけたんだと言うけど、採用したのは俺だ! 

二人で君のことを綱引きしている、

と書いてよこしたのであった。

 美鈴は偉い二人が自分のような駆け出しの人間のことを忘れないでいてくれること、それに、こうしてお祝いをしてくれることを心から感謝した。彼らは美鈴のそばにはいない。だが彼らの存在が美鈴の心に力を与え、それが日本人至上主義者たちの巨大な影に立ち向かう原動力になったのであった。


続く
これは小説です。

次回 第199話 「出会いと別れ」
美鈴の元にやって来たある人物とは。そして、その人がもたらしたあるニュースとは? 出会いと別れが美鈴の心を揺さぶります。
次回もお楽しみに!


この記事が参加している募集

私の作品紹介

大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。