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膨張する強矢(すねや) 愛国者学園物語 第217話

 

それからの数年の間、強矢悠里(すねや・ゆうり)の人生は絶好調だった。

それは小学校高学年から中学2年生の頃であり、彼女は背が伸び外見も少し大人びた。

 ファンクラブの会員が増え、彼女が中学に入学した時には会員が約50万人いた。そのような強矢にアイドルとしての価値があることを以前から知っていた、学園のプロデューサーたちは強矢に派手なイベントをやらせて、カネを稼いだ。

 小学校6年生の夏には、靖国神社に近い日本武道館を借り切って、強矢だけのイベントを開催したので、学園生の中には、強矢を妬む(ねたむ)者たちも現れた。だが、学園の大人たちのお気に入りである強矢に対抗出来る者はいなかった。

 

では、そのイベントで強矢は何をしたのか。それは、あの挨拶と、師匠である吉沢友康ゆずりの演説である。


 

強矢の挨拶は多くの人に広まっていた。右手を前方に高く伸ばし、右手の人差し指と親指を曲げて「まる」を作る。それは、強矢のラッキーナンバーである6を形どったサインだったから、「6の挨拶」と呼ぶ人もいた。


 それを、武道館を満杯にしたファンたちが行うのだ。彼らが伸ばした右手は森のように並び、見方によれば見事なものだった。だが、それはナチスドイツの敬礼のようだったから、

日本だけでなく世界各国から批判された

。だから、各国のマスコミはこぞってそれを報道し、かつ、日本を非難した。ある新聞は、21世紀の日本でナチズムが復活した、強矢はリトルヒトラーガールだと大々的に報じ、あるニュースサイトは、日本人の多くが愛国者学園に抗議しないから、強矢のような人間が登場したのだと解説してみせた。


 もちろん、その「挨拶」について、

ホライズンは

強矢たちを批判した。それを行う愛国者学園の子供たちは、まるでナチスの少年団みたいだ、という意見を載せたのだ。強矢式のその挨拶が、ナチス式の敬礼を真似たものではなく、日本の学校で行われている選手宣誓の、腕を上げる仕草をアレンジしたものだという学園側の主張も同時に載せた。ホライズンは学園に取材を申し込んだものの瞬時に断られた。ホライズンは、自称愛国者の子供たちが、祖国日本の自衛するためと称して、日本の軍備拡大を叫ぶだけでなく、核武装を推進せよと運動していることも伝えた。そして、日本は先進国なのに、国民の多くは自分たちの暮らしに不安を抱えており、愛国者学園のような政治的問題に関心を持たない、持てない、持つ余裕がないことを報じた。

 

そしてそのような無気力と無関心が、愛国者学園とその背後にある日本人至上主義を育てたのだ、

と日本人と日本社会を批判したので、ホライズンに非難が集中した。日本を批判するなんてけしからん、という声が多かったからだ。

 当の強矢は、ホライズンなんて気にもしなかった。それどころか、50万人ものファンがいて、彼らが自分の言うことに熱狂している現実を見て、その心は完全に舞い上がってしまい、主張にも大言壮語というか残酷さが混ざり、何も知らない人が聞いたら、強矢の心を疑う内容になっていた。特に有名なのは、

「公開処刑なんて言葉はアイドルだって使っている言葉です。残酷でもなんでもありません。私は日本に潜む(ひそむ)スパイを公開処刑したいです」

だ。彼女が真顔で処刑したいと言うと、ファンたちは大声で褒め讃えたので、強矢はますます調子に乗った。

 それで、彼女の背後にいる大人たちは「日本はこの世の天国論」をまとめ、強矢に繰り返し繰り返し語らせ、日本人至上主義者たちを大いに喜ばせた。それを語る彼女の顔は明るくにこやかだったが、口から出るのは暴力の匂いだった。同時に「反日勢力と戦え」も主張したからだ。

 

強矢いわく、日本はこの世の天国のような国であるが、近隣諸国から軍事的圧力やヘイト活動を受け続けている。

だから、もし私たちがそれに反抗しなければ、祖国日本は外国に破壊されてしまうだろう。今こそ日本国民は21世紀新明治計画を推進し、愛国心を育て、不らちな外国に鉄槌(てっつい)を下さねばならない。それは日本を軍事大国化して核兵器を持ち、政府は国民を徴兵し、愛国心教育を徹底して戦争に勝てる若者を育てる、というものだ。その大半は、愛国者学園の教育と思想をそのまま語っただけであったが、それが聴衆に受けたのだ。

 彼らの反応を見て、強矢の心は膨れ上がった。そして、その態度は横柄になり、まるで女王様のようだと陰口を叩かれた。だが、当の本人はそんなことは知らないし、知ったとしても謙虚にはならないだろう。何しろ彼女はアイドル的存在であり、大手の芸能プロダクションがマネージメントをして、マネージャーとボディガードまで付いている有名人なのだから。

そう、強矢悠里はスターなのだ。


 彼女は師匠たる吉沢や他の議員たちと演説行脚(あんぎゃ)にも出かけた。それは政権与党が公職選挙法を改正し、中学生が選挙運動に参加出来るようになったからだ。強矢は目立ったので、人寄せパンダとしては理想的だった。吉沢たちはそんな強矢を甘やかしつつ、自分の選挙が有利になるように彼女を使った。そう、吉沢たちにとって強矢はただの道具であったのだが、当の強矢は大人たちの心中など想像出来なかった。そんなことは、まだ子供の彼女には荷が重かっただろう。

 そんな強矢は、大人たちの命令で本を書いた。その「私は愛国少女」は彼女が愛国者学園小学校で模範的な学園生として過ごしたこと。それに「愛国者学園精神」を世の中に広めたことをまとめたもので読みやすく、かつ、強矢の素敵な笑顔の写真が表紙に使われていて、話題になった。そしてその本はベストセラーになり、世の中の文化人たちから賞賛を集めた。

中学2年生の強矢悠里は若き文化人として人気が沸騰、その将来を嘱望(しょくぼう)される存在になったのだった。


続く
これは小説です。

次回 第218話、タイトルは秘密です。衝撃的な出来事は美鈴たちの運命を変えるのか? どうぞお楽しみに!!

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