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スタートアップM&Aの規模化と質の向上(その2)

前回の記事(その1)では、「スタートアップM&Aの規模化と質の向上」という課題に取り組むきっかけとなった複数の原体験のうちの一つについて触れた上で、課題の概観について書きました。
https://note.com/jaws/n/n0333035e0d26

今回は、「スタートアップM&Aの規模化」について少し深堀りしてみます。

スタートアップM&Aの規模化

スタートアップM&Aにおける企業価値のFair Value (公正な時価)は、日本では、PayPalが買収したPaidyや、KDDIが買収したソラコムの事例のような一部の例外を除き、起業家やVCにとって低く抑えられるケースが多いです。

この背景には、日本のスタートアップM&Aの2000年頃からの歴史を振り返ると、スタートアップはIPOこそ成功、というIPO偏重なEXITの価値観がベースにあった中で、「少ない買い手候補(先輩起業家など)」が「他の選択肢が無いか殆ど無い状況で」(=経営に失敗した時の救済や、IPOが当面は見込めない時にVCがファンド期限を理由に売却せざるを得ない、などのタイミング)実行されるケースが多い状況が続いてきたからと考えています。

この点は筆者が過去在籍した大手VCファンドの複数ファンド約1500億円の2000年から2012年くらいまでの投資先のうち、EXITした約3百社超のEXIT手法、投資期間、投資倍率やIRRを全件分析してVCファンドのLP募集の提案資料を作成する準備や、LP投資家候補(国内外の機関投資家や事業会社)とのDD質疑応答の過程で痛感したことです。

また、投資家であるシニフィアンの朝倉氏がM&Aを「身売り」と表現する日本特有の表現への違和感をメディアなどにおいて語られていますが、これは筆者も共感するところであり、起業家が躊躇うに十分な誤解を与えかねない表現と考えております。

本質的には、競争環境や経営陣・経営方針等次第で本来はIPOが適した会社もスタートアップM&Aが適した会社もタイミング含めて存在するはずであり、前者がIPO後に成長しやすいはずです。しかし、後者含めて可能なら全てIPOすべき、という風潮が今なお存在しており、10年前よりは弱まってきておりますが、結果的に上場ゴールと揶揄されてしまうようなIPO後の成長に苦戦する小規模な上場企業が多いことと無縁ではないはずです。

いずれにしましても、国内外でのスタートアップと大企業等によるM&Aや資本提携を10年以上にわたってニッチな分野の専門家として助言する中で、私はスタートアップM&Aにおける企業価値の評価における交渉力を左右する一つの大きな要因として、スタートアップBATNA(スタートアップ・バトナ)が準備できていたか否か、が重要と考えています。

ここでいうスタートアップBATNAとは、一般的な交渉におけるBATNA「いざとなったら別の選択肢がある("交渉の結果として合意できそうな選択肢の他にも最善に近い選択肢がある状態で意思決定をすること")」、をスタートアップ・起業家が直面するM&AやIPOなどの意思決定の場面に当てはめて考えたものです。

この意味について事例で考察します。

2021年7月にGoogleがPringという決済分野のスタートアップを100億円超の企業価値評価(推定)で買収したニュースが話題になりましたが、他方で、20年2月にメルカリの傘下メルペイが、一時期は企業価値が400億円を超えていたOrigamiという決済分野のスタートアップを買収した金額が0円だった、というニュース(参照:日経XTech記事)も話題になりました。

起業家としては、両社ともスタートアップ史に残る挑戦をしてその名を刻み、後続する起業家に様々な実践的な学びの機会を与えると言う観点では、賞賛に値すべきなのは言うまでもありませんが、企業価値の評価において、ここまで大きく両社の命運を分けた要因は何だったのでしょうか。

また、2021年にペイパル(PayPal)へ3,000億円で売却した株式会社Paidyの事例では、日本のスタートアップの事業創造の可能性を最大化する手段の一つとして注目が高まっているデュアルトラック(IPOの準備プロセスとM&Aの検討プロセスを並行で走らせること)により、グローバル企業とのM&Aを実現した、という点が話題になりました。大型IPOと、グローバル企業とのスタートアップM&A、という2つの選択肢がある状態を創出することで、IPOの条件を主幹事証券などと交渉する場合も、グローバル企業とM&Aの条件を交渉する場合も、いずれにしても有利な状況だったはずです。

(ご参考記事:ファイナンス・プロデュース、顧問に藪内悠貴氏(株式会社Paidy CFO)が就任)
https://note.com/ncorn/n/nd76ace5af472

上記の事例のように、スタートアップM&Aにおいては、個々の事例において様々な個別要因があることは想像に難くないのですが、少なくともこれらの案件においても、スタートアップM&Aの意思決定をした時点において、スタートアップBATNAの有無や強弱が与えた影響は大きいと考えています。

実際、筆者が共同創業者として起業した株式会社ファイナンス・プロデュースにおいて、シリーズB以降の起業家のスタートアップM&Aや資本政策・資金調達について助言をしておりますが、打ち手がスタートアップM&Aのみ、つまり、スタートアップBATNAが無い、状態でのM&Aは基本的にオススメしておりません。

現預金残高が、バーンレート6~9ヶ月分を切ってくると、スタートアップ起業家・経営陣は精神的にも余裕が無くなりがちですので、資金調達の計画をスタートアップM&Aに切り替えるべきか、というご相談を頂くことも多々あります。

状況を打開するためのあらゆる選択肢を一緒に検討すること自体は否定しませんが、多くの場合、コスト削減、売上入金早期化・支払いサイクルの長期化、資金調達(エクイティ、ベンチャーデット、転換社債等)でその場を凌ぎ、9~12ヶ月分以上の現預金残高を確保した状態、つまり、追加の資金調達という選択肢(その後のIPO可能性も含む)も、スタートアップM&Aという選択肢も、いずれも選択肢がある状態にまずは何とか持っていきましょう、とお話します。

スタートアップM&Aを検討する際も、業績がしっかり伸びている状況、現預金残高も12ヶ月以上ある状況、IPOも狙える状況、つまり、スタートアップBATNAがある状況の方が、買い手の候補も企業価値などの交渉条件も、自社の意向を反映しやすいことは確かです。

事例については、こちらの記事がご参考です。

PaidyのスタートアップM&A事例:


次回は、スタートアップM&Aの規模化について、異なる切り口から考えてみます。

https://note.com/jaws/n/nb7600951642e


その他ご参考記事

上場企業CFO•CSOやスタートアップCFOと、スタートアップBATNAなどについて議論した記事(NEXTユニコーン経営サロン)

実際の直近の現場での記事化しにくいお話含めてご関心ある場合はこちらまで↓


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