見出し画像

高齢者自らが健康寿命を延ばせる社会を目指して -自立支援事業の挑戦-

オムロンから生まれた、社会的課題の解決に挑む事業創造プラットフォーム「IXI (イクシィ)」の組織や活動内容に迫るインタビュー企画。今回はデータヘルスケアの旗のもと、高齢者の自立支援・介護予防(重度化防止)につながるソリューションの事業化検討を進めるメンバーを取材。自立支援を15年以上に渡って体現している介護事業所の実際の現場を訪問し、事業の展望ややりがいについて語っていただきました。

この記事の登場人物
加藤さん:自立支援事業推進部のプロジェクトリーダー。社内で自ら事業提案を行い、プロジェクトを率いる。
宮川さん:オムロンヘルスケアからIXIへ参画。事業の技術・学術領域を担当。
片山さん:実証事業におけるカスタマーサクセス担当。オムロンヘルスケアからIXIに参画。
佐藤さん:大分県における自立支援の立役者で、株式会社ライフリーの代表取締役。パートナー、アドバイザーとして二人三脚でプロジェクトを推進。
濵田さん:管理栄養士として栄養領域から現場の自立支援を推進。ケアマネージャーとしての経歴を活かし、事業のアドバイザー、パートナーとしてチームを支援。

組織名、役職などは取材当時のものです。


地域の高齢者をもっと元気に


このプロジェクトはどのようにして始まったのでしょうか?

加藤:
学生時代、臨床工学技士という国家資格取得の過程において、大学病院に数か月間の臨床実習に行った時に、手術室やICUなどで多くの患者さんに接し、”予防”の重要性を認識しました。その後、臨床ではなくプロダクトやサービスを通して”予防”を実現したいという想いが強くなり、大学院へ進んで生体医工学分野で研究に没頭し、オムロンヘルスケアにエンジニアとして入社しました。2018年に、オムロンとして次なる社会的課題を解決する事業を構想する研修に参加し、改めて”予防”への取り組み事例などをリサーチする中で、大分県で行われている自立支援・介護予防(重度化防止)の取り組みを知りました。その素晴らしさに強く共感して、何かお手伝いできることがないかと検討を始める中で、先進的な自立支援・介護予防の取り組みを進めてきた立役者であるライフリーの佐藤孝臣さんを紹介してもらったんです。

佐藤:
自立支援・介護予防(重度化防止)の仕組みを広げたいという思いで、17年前に起業してライフリーを作りました。その頃は大分県の要介護認定率の伸び率がワースト2位で、このまま行くと将来とんでもない負担を子どもたちに課すことになるという懸念があったんです。そんな最中に加藤さんと出会い、大企業の力を借りることで、いろんな形で自立支援・介護予防を展開できるんじゃないかと思いました。

加藤:
会社の研修として検討を行っている間に、佐藤さんや大分県にはもう「自立支援・介護予防の社会実装のために、一緒に事業をやれませんか?」という話までしていて(笑)。研修の報告会で、当時のオムロンヘルスケアの社長やオムロンのCTO、IXI本部長が出席されていて、介護に纏わる社会的課題を自立支援・介護予防の社会実装を通して解決する、これを事業として解決する計画について話しました。その研修の報告会でいただいた指摘・コメントに対して翌日には回答案を作り、ぜひやらせてほしい、と話をし、承認をいただきました。そして、2019年からライフリーさんと一緒に、ICTを使いながら自立支援・介護予防を広めていくための議論を始めました。その頃は大分県内だけでなく、全国のあらゆる地域、介護事業所等の現場で様々な取り組みを見させていただきながら、エキスパートの皆さんがやっている内容を要件定義していた感じですね。

IXIで自立支援事業推進部のプロジェクトリーダーを務める加藤さん

この自立支援事業の背景を教えてください。

佐藤:
一般的にですが、高齢者は生活機能が低下してくると、介護保険制度を活用して、ヘルパーさんによる日常生活のサポートを利用される方が多いと思います。しかし、生活機能の低下の約半数は実は活動性の低下によるもので、状態に合わせて適切なサービスを受ければ、約8割*の方が改善することがわかっているんですよ。ただ、それがあまり知られておらず、予防・改善につながる適切なサービスを受けられていないという残念な現状があります。
*:大分県で短期集中予防サービスを利用した人の卒業率

濱田:
私は以前、居宅のケアマネージャーとして働いた経験があります。介護保険が始まった当初は、まずサービスを決め、そのサービスに準じたケアプランを作成することが多く、個々の人のアセスメントをしっかり行い課題抽出するという事ができていなかったと反省しております。事業所も介護保険が始まったばかりのころはサービスを提供すればよいと思う「してあげる介護」が多かったと思っています。そのような中で介護予防を行う事業所はなかなか増えず、利用者の「元気になりたい」を叶えてくれる場所を見つけることは難しかったです。

佐藤:
介護保険はそもそも自立支援・介護予防のためにあるものだということが、あまり知られていないのも根本的な課題ですね。介護保険を払っているからデイサービスなどを使わないと損だと思われている方もいらっしゃるんだと思います。このような取り組みを広げていくためには、行政や民間企業の方たちの協力が必要不可欠なところもあり、なかなか浸透しない原因だと思います。

株式会社ライフリー代表で、事業パートナーの佐藤孝臣さん


ICTの力で現場のアセスメントを支援


具体的にどういったICTソリューションを提供されているんでしょうか?

佐藤:
高齢者の自立は、生活の中でできなかったことをできるようにするというシンプルなことなんです。でも進行性の疾患など、活動性の低下を要因としない生活機能の低下の場合、生活環境上どうしても支援が必要になる方はいらっしゃいますし、その方々には、ヘルパーさんや他の最適なサービスを提供することが必要です。このように高齢者のできないことの原因を把握し、自立支援・介護予防に向けた必要なプランを作成するには、アセスメントをしっかりと行える専門家の経験が必要です。そこで、専門家のノウハウを形式知化して、自立支援・介護予防に取り組む人をサポートするシステムができれば、少しでも普及につながっていくのではと考えました。

片山:
例えば介護予防ケアマネジメントには、利用者さんの既往症・現病歴、現在の生活環境でできている、あるいは難しくなっている生活機能、利用者さんやご家族の意向などについて、アセスメントを行って、その方にとって最適なプランをつくる、その上でサービスを決定して、評価して、モニタリングするという、一連のフローがあるんですが、利用者の状態を見極めて、自立に向かう道標を作っていく工程が特に難しいんです。そこで現在は、ICTを活用して地域包括支援センターの職員さんやケアマネージャーさんの思考、あるいはアセスメント時の確認項目を客観的に実行・整理して、利用者の生活課題や阻害要因を抽出できるような機能を持ったサービスを開発し、実証事業を進めています。

パートナーの方々との役割分担について教えてください。

加藤:
オムロンは、スペシャリストである佐藤さんと濱田さんの仕事の中で、スペシャリストの行動や暗黙知を形式知化し、ICTが代われるところはないか検討しながら、実際にソリューションを開発・提供しています。その上で、地域によって状況は全く異なるので、地域ごとにプロジェクト化し、情報収集や取り組んでいくにあたっての交通整理をしている感じです。

片山:
「はいどうぞ、使ってください」だけでは結局うまく回らないんですよね。これがなぜ必要なのか、どう役に立つのか、ポイントを伝える役割を佐藤さんや濱田さんのような方に補っていただいたり、関係者間の対話を促して目的や地域としての戦略の方向性などの共通認識化を図ったりしています。

濱田:
栄養って、運動などの数値化と比べると本当に難しいので、それがある程度ICTを利用して可視化できるようになればすごいことだなと思います。ICTを使って可視化ができると、整理整頓しやすくなるんですよね。私自身ケアマネージャーだったこともあり、ケアマネさんの現場の作業が変わることの面倒臭さも理解できるので、その部分の伝え方を考えるサポートもできるかなと思っています。

栄養士でありケアマネージャーでもある濱田さん


アセスメント以外のことも進めているのですか?

片山:
まず前提として、自立支援・介護予防(重度化防止)の地域づくりは様々な関係者と一緒に進めていかなければいけないんです。施策全体を実行形成していく自治体と、利用者のサービスを決定する地域包括支援センターの方がいて、さらに介護の現場がある。各ステークホルダー向けにそれぞれソリューションを提供しなければならず、そのひとつにICTがあるという位置づけです。

宮川:
地域包括支援センターのアセスメントも支援しながら、自立支援を推進する地域づくりの全体的なサイクルやつながりを大切に伴走していきたいですね。

進めていく中で、特に苦労した点は何でしょうか?

加藤:
とにかく覚悟が必要だと周りから言われていたんですが、やはり新しいことをやるというのは自治体や関係者の方の目線では負担になる部分も多く、良いことをやっている自信があるのに簡単にはいかなくて、もどかしいことも多いですね。

片山:
市町村や様々な関係者が関わる事業なので、そこにどのように働きかければよいのかを考えながら対話の機会を作っていきました。市町村それぞれで状況や考えが違うので、アプローチをどう変えていくかを今も毎日悩んでいます。

宮川:
大変な場面ばかりですが、大変でわからないことってワクワクするし、やってやろうという気になるんですよね。答えが出ないときはもちろん辛いですが、仕事は楽しいですね。新しいことをしているチームだからこそ、前を向いていたいし、チームにもなるべくポジティブな言葉をかけるように気をつけています。熱い想いを持った加藤さんのおかげで、メンバー全員同じところを目指そうという意識を持てていますね。

IXIで技術・学術領域を担当している宮川さん


70億人が自ら健康増進に取り組める未来へ


今の時点では具体的にどのようなことに取り組まれているんでしょうか?

片山:
大分県、大阪府、石川県の3つのフィールドで、ICTを使ってもらいながら介護予防ケアマネジメントを実現していくためのモデル事業に取り組んでいます。最終的に目指しているのは、ICTの導入や利用してもらうことではなく、自立支援・介護予防における地域づくりのパートナーになることなんです。ICTは自立支援・介護予防を進めるためのひとつの手段という意識ですね。

これまでの実績やユーザーからの声を伺えますか?

片山:
現場で使ってくださっている方からは、客観的なアセスメントができるようになって自分の視野が広がったという声をいただいています。現場では、客観的なアセスメントが取れていても、情報を整理整頓してプランに落とし込む難しさや、その負担が大きいという課題があったんです。ICTを使うと、情報とプランが連動されるので、プランの質も向上しますし、情報の自動反映などで業務効率が上がったという話も聞いています。

濱田:
この前、数枚あるのが当たり前だった帳票が、ICF*生活機能モデル(WHOが提唱している、生きることの全体像を示した生活機能モデル)に則って、たった1枚のシートに集約されたのを見て、これだけでアセスメントがわかるんだ、と大きな可能性を感じました。

*:ICF(国際生活機能分類:International Classification of Functioning, Disability and Health)は、人間の生活機能と障害の分類法として、2001年5月、世界保健機関(WHO)総会において採択された。ICFは、人間の生活機能と障害に関して、アルファベットと数字を組み合わせた方式で分類するものであり、人間の生活機能と障害について「心身機能・身体構造」「活動」「参加」の3つの次元及び「環境因子」等の影響を及ぼす因子で構成されており、約1500項目に分類されているものである。

「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」(日本語版)/厚生労働省HPから https://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/08/h0805-1.html

この事業が最終的に目指すのはどんなことでしょうか?

佐藤:
究極的には、高齢者の方たちがセルフプランを作成できるようになることだと思っています。少子高齢化に伴い専門職の方はどんどん減っていきますし、介護保険の財源も無くなっていく中で、高齢者が自分の健康状態を理解して、自分で計画が立てられるようになるのが理想ですね。世界全体に目を向ければ、対象者は70億人以上もいるわけなので、この取り組みは本当に大きなものになっていくんじゃないかと期待しています。

IXIでカスタマーサクセスを担当する片山さん


社会実装に向けた一歩を踏み出し続ける


このプロジェクトにおけるやりがいは何でしょうか?

片山:
やっぱり、利用者の方が元気になったり、1歩でも2歩でも、自立支援の地域づくりに近づいたなと思えたりする瞬間がやりがいですね。小さなことでもよくて、ICTを使ってくれる方が増えたとか、良かったと言ってくださる声もそうですし。あとは、日々課題だったり、その伝え方を悩んでいる中で、各ステークホルダーの方々がそれに気づいて、一緒の方向に向かって動けたときが一番嬉しいですね。

宮川:
片山さんが言うように、我々の提案と現場の皆さんの意見が一致したときは嬉しいですね。現場の方に「こんなの思いつかなかった」と言ってもらえるのも嬉しいです。客観的に見ているからこそ見える景色もあるだろうし、現場で頑張っている職員さんたちと一緒に、新しい価値が生まれていくのが嬉しいですね。

加藤:
同じ目標を持っている者同士で、一緒になって走っていくのがシンプルに楽しいです。お互いガス抜きしながらも着実に前に進んできて、みんなで道のりを振り返る瞬間がめちゃくちゃ楽しいんです。もちろんストレスはありますが(笑)、人生の中でこんな新しいことにチャレンジできる機会って、そんなに多くないと思うので。


社会的課題に対して熱い想いを持つ方が集まるからこそ生まれる相乗効果ですね。次はどんなフェーズになっていくんでしょうか?

加藤:
今はICTの効果が出始めて、溜まってきたデータから価値が顕在化してきている状態です。野球で言うとバッターボックスに立ってバットを振れる状態になったという感じです。イノベーションって社会実装できて初めて完結する話だと思うので、ここからライフリーさんとIXIでタッグを組んで、全国の人たちを巻き込みながら、社会実装に向けてギアを上げていきたいなと思っています。

宮川:
この取り組みがイノベーションかどうかは、お客さんが決めることだと思うんです。商品になって初めて実感してもらえると思うので、早く形にしていきたいですね。

片山:
私がやらなければいけないのは、フロントに立ってお客さんにしっかり価値を伝達することだと思っています。その役割をまっとうしながら元気な高齢者がいっぱいいる地域づくりを目指していきたいですね。

佐藤:
まずはしっかり仲間を増やしていきたいですね。近い将来、当事者である高齢者の方にもチームに入ってもらって、ユーザー視点での使い勝手などを検証していければと思っています。


目標に向かって走り続けられる組織


パートナーの二人から見たIXIについて教えてください。

佐藤:
IXIの方たちは本当に前向きで明るいんです。持ち前の雰囲気で、少しネガティブになりがちなこの業界を支えてもらえていることが心強いなと。以前、IXIのトップの石原さんと話したときに、若い人にどんどんチャンスを与えたいと言っていたのが印象的でした。加藤さんのような若い方がプロジェクトリーダを務め、事業を推進できるような、年功序列ではない環境ってすごいですよね。

濱田:
本当に、他の県のことなのにこんなに頑張れる方々って、すごいなと思っています。

佐藤:
そうそう。みんな自分のことではなく、市町村のことを本気で考えて社会貢献しようとしているんです。こんな若くて優秀な人たちが日本にいるのかと最初はびっくりしました。これだけ意志を持ってやっていることが素晴らしいですよね。

IXIで働く中で感じる、IXIの特徴や魅力は何でしょうか?

加藤:
佐藤さんが言っていただいたように、IXIのすごいのは私のような人に事業を任せてくれるところだと思います。生粋のエンジニアで、研究職側だった私に事業を任せるって、普通はなかなかできないと思うんです。ビジョンドリブンで人を引っ張る役割の人をリーダーにするという仕組みの中で、大きな責任を与えてくれているのはIXIのすごさですね。大企業とスタートアップの両面を持っているからこそできることだと思っています。

片山:
IXIの組織風土として「バリューアップ」という言葉をよく使うんですが、これは「レビュー」という言葉を使う他社との大きな違いだなと思っています。議論のときも、みんなで意見やアイデアを出し合って、価値をどんどん高めていくような文化が根付いているので、働きやすさを感じますね。

宮川:
IXIという組織自体にエネルギーがあるなと感じます。新規事業なので先が見通せないこともありますが、その危うさも楽しめるというか。そこに対してチャレンジできるような雰囲気がありますね。

どんな方に仲間になってほしいですか?

片山:
もっと事業をおもしろくしていきたいという、ポジティブな視点を持った方に来ていただきたいですね。

宮川:
真っ直ぐに自分を持っている方がいいですね。率直な意見交換でも、その正直な言葉を受け入れる素養がこの組織にはあると思います。

加藤:
自立支援事業の話で言うと、メンバーみんなが達成すべき姿というのをちゃんと描けているんです。個性も強くて衝突も多いですが、それでも前に進んでいけるのはやっぱりその目的を持って動いているからだと思っています。本当の目的を見失わずに走れる人が増えてくると、自立支援の次につながるような事業がどんどん生まれてくると思っているので、そうやって走っていける人がもっともっと増えるといいなと思いますね。


オムロン株式会社 イノベーション推進本部(IXI)が挑戦する事業領域や自立支援事業については、以下の公式ページをご覧ください。

今回のソリューション提供に挑むテックリードメンバーのインタビューはこちら。


みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!