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【序文公開】エドワード・R・ワトキンス|『うつ病の反すう焦点化認知行動療法』

 明日、6月6日、弊社から『うつ病の反すう焦点化認知行動療法』を刊行いたします。

 「うつ病」の発症・維持にかかわるものとして注目される「反すう思考(反復的な否定的思考)」。
 しかし、今までそのための治療法はこれまで確立されてきませんでした。
 本書では、認知行動療法の枠組みに基づきつつ、「具体的思考」「没頭体験」「コンパッション」など、患者の情報処理スタイルに変容をもたらす方略をふんだんに盛り込んだ、反すう思考軽減のための新しい治療マニュアルです。ぜひ、精神科臨床に従事する方すべての人に必読の1冊です。

 更新頻度の少ない弊社のTwitterでも、情報解禁とともに多くの関心をお寄せいただいておりました。
 待望の大型本ですが、ぜひ本書をよろしくお願いいたします。

 本記事では、本書の著者である、エドワード・R・ワトキンスさんによる「序文」を公開いたします。

序 文

 本書は、反すうや心配を繰り返す難治性の症例に対し、治療効果を高めたいと考える治療者・援助者のために書かれたものである。本書の内容は、研修生から認知療法のスーパーヴァイザーまで、あらゆるレベルの治療者・援助者にとって役立つものになるよう心がけた。

 過去20 年に及ぶ研究・臨床実践から、反すうと反復的な否定的思考が、うつ病・不安症の発症・維持につながる重要な認知的メカニズムであることが明らかになった。にも関わらず、治療において反すうを扱う方法を記した文献は、今日に至ってもなお限られており、書かれている内容も漠然としていることが多かった。筆者は、反すうを扱うための詳しく包括的な手引きを作成したいと考え、本書を執筆した。本書の目的は、患者の反すうを軽減する上で効果的であると筆者が考える、最新の理論と技法を示すことである。

 本書の内容は、反すう焦点化認知行動療法(Rumination-Focused Cognitive-Behavioral Therapy; RFCBT)の効果研究を行うために筆者が作成した治療マニュアルに基づいている。本書のもとになったのは、有効性が実証されている、エビデンスに基づく治療法についてのマニュアルである。本書は、そのマニュアルに基づきながらも、そこからさらに発展させたものである。過去15 年間にわたり、RFCBT の開発・実践を進める中で様々な体験を重ね、沢山の臨床の知見が得られてきた。本書はそれらを反映させた内容となっている。筆者がこれまでに進めてきた介入研究は、当初はうつ病の残遺症状の中に見られる反すうをターゲットにしたものであったが、本書で紹介する理論と技法のターゲットはうつ病の残遺症状に留まらない。2011 年に行った効果研究は、反すうを軽減することがうつ病の残遺症状の改善につながることを示すことが目的であり、治療のターゲットを反すうに設定した。しかし、その後明らかになった興味深い結果がある。筆者らが近年行った効果研究の結果から、うつ病に対するRFCBT には、従来の治療法にはない強みが示されたのである。精神科外来でリクルートされた成人のうつ病患者131 名を対象とした効果研究の結果、標準的な認知行動療法(CBT)を受けた群と比べ、RFCBT を受けた群のほうがうつ症状が有意に改善したのである(Hvenegaard, Watkins, Gondan, Grafton, & Moeller, 2015)。その他に行われた研究からは、RFCBT が若者のうつ病・不安症の発症を予防する効果があることや、うつ病の寛解状態にある思春期患者において反すうとうつを軽減する効果があることも示された。理論的に考えても。また筆者らのこれまでの臨床経験からも、RFCBT にはさまざまな対象をターゲットにできるポテンシャルがあると考えられる。

 本書で紹介するアプローチと技法は、うつ病に対するRFCBT という一つの治療法として用いることができるが、それに加えて、うつ病や他の精神疾患をターゲットにしたCBT の中で反すう・心配を扱うモジュールとして、あるいはその他の治療・支援技法に付加する形で用いることも可能である。反すう・心配傾向が極めて高く、治療が思うように進展しない患者の治療に困っているのであれば、患者の診断名に関わらず、本書の内容が役立つであろう。反すうや心配が見られるすべての精神疾患に対して、本書の内容は役立つものであると信じている。

 本書の構想が生まれたのは、20 年前にさかのぼる。筆者は当時、ロンドンにある精神医学研究所・モーズレイ病院(Institute of Psychiatry and Maudsley Hospital)の気分障害ユニットでCBT セラピストとして勤務していた。そこで筆者は、うつ病に対するCBT を日常的に行っていたが、同院は3 次医療を提供する施設であり、重症度が高くなかなか改善しないうつ病患者が紹介されてくるところであった。筆者らは、Aaron Beck 氏によるうつ病への標準的なCBT を用いることでそれなりの治療効果を上げることができたが、それでもなおほとんど、あるいはまったく改善しない患者が多くいた。そういった患者の様子をつぶさに観察しながら治療を進めていると、ほぼ全員が反すうが自分たちにとって厄介な問題であると報告していること、それにも関わらず治療の中で取り上げられたことがなく、適切に対処されていないことに気が付いた。この気付きに基づいて、反すうという現象をよりよく理解し、上手く治療するための方法を明らかにする筆者の試みが始まった。

 筆者の研究と並行する形で、反すうについての知見は世界的に蓄積が進み、うつや不安につながる要因であることがよりいっそう明らかになった。反すうについての研究知見を特に多く生み出したのは、Susan Nolen-Hoeksema 博士の研究チームである。彼女の研究は、反すうの結果に焦点を当てたものであった。また、筆者自身も、博士論文研究を進める中で得た気付きに基づいて、反すうのメカニズムに焦点を当てた研究を進めた。これらの研究の成果については、本書の第2 章で説明した。第2 章を読めば、臨床研究と臨床実践がいかにつながっているかが分かるだろう。もっと研究したいと考える研究者や治療者にとって、役立つ内容となっているはずである。

 RFCBT は、このように長年の臨床実践から得られた洞察と、実験的研究から得られた知見を臨床実践へと適用する治療的試みとを統合する形で生まれた。本書は、これまでに積み重ねられてきた臨床と研究の結晶である。RFCBT の考え方が、治療者の間に広く浸透することを願っている。
 
 本書で紹介するRFCBT は、うつ病に対する標準的なCBT をさらに発展させる形で生まれた。これは、筆者がCBT セラピストとして訓練を受けたことによるところが大きい。加えて、RFCBT が誕生した背景には、過去10 年間のうつ病治療における行動的技法への回帰も強く影響している。特に行動活性化療法のエビデンスの蓄積は、RFCBT にも大きな影響を与えた。Christopher Martell 博士、Sonja Dimidjian 博士らによって開発された行動活性化療法は、文脈的アプローチをとり、機能分析を重視する点でRFCBT と共通している。Martell 博士らの研究チームからは、行動活性化療法において反すうを扱う方法が提示されている。彼らが提示する方法と、本書で紹介するアプローチとに類似する点があることには心強さを感じている。
 また、筆者が行ってきた実験的研究から、病理的な反すうから抜け出す上で、情報処理モードを変容させることが重要であると明らかになってきた。RFCBT はそういった研究知見にも基づいており、RFCBT の中には情報処理モードの変容を意図した体験的技法が数多く含まれている。その点で、RFCBT にはマインドフルネスやコンパッション・フォーカスト・セラピーなど、近年開発された他の治療方法とも類似する部分がある(これらは「第三世代」と呼ばれる)。RFCBT には、今この瞬間に対する意識を高めたり、セルフ・コンパッションを高めたりするアプローチがあることから、とりわけそのように思えるだろう。そういった共通点を持ちながらも、他の治療方法とRFCBT が大きく異なっているのは、RFCBT で用いる技法がいずれも実証的・実験的な研究結果に基づいたものであり、確かなエビデンスが存在する点、そしていずれの技法も、機能分析の枠組みの中で用いられる点である。コンパッションの技法を例に挙げると、RFCBT はPaul Gilbert 博士の著作からも影響を受けてはいる。しかし、氏のアプローチと大きく異なるのは、患者のこれまでの経験の中でコンパッションを体験できた記憶を明らかにし、イメージを用いてそれを再体験してもらう形で進める点である。

 本書の最大の目的は、臨床現場でよく見られる精神疾患について、より良い治療の選択肢を提供することである。標準的なCBT をはじめとして、すでに有効な治療方法は存在するが、それでもなお改良の余地がある。うつ・不安に対し、有効性がより高く、効果を長続きさせる治療方法が現場で求められている。そういった現場のニーズに応えるために、反すうのように鍵となるメカニズムを特定し、治療のターゲットとしていくことが重要である。加えて、反すうが診断を越えた脆弱性因子であることを示すエビデンスが蓄積されていることから、様々な精神疾患に共通する反すうメカニズムを扱う方法の開発が最重要課題となっている。それらの課題への取り組みは長い道のりになるが、本書はその道のりの一歩を示すものである。本書を読むことで、読者の臨床力が高まり、担当する患者に対してより良い治療が提供できるようになること、そして本書をきっかけとして治療・研究がさらに発展していくことを願っている。

エドワード・R・ワトキンス (Edward R. Watkins, PhD, 英国 Chartered Psychologist)
英国エクセター大学実験・応用臨床心理学教授、同大学気分障害センター長 SMART ラボ (Study of Maladaptive to Adaptive Repetitive Thought) 所長。
うつ病治療を専門とし、 20年に及ぶ認知行動療法セラピストとしての経験を有する。研究テーマは、うつ病の精神病理。特に反復的な否定的思考と反すうの実験的理解、およびうつ病における反すうをターゲットとしたランダム化比較試験を通じた。気分障害に対する新しい心理学的治療法の開発と有効性の検討。英国心理学会において、キャリアの最初の10年間で臨床心理学の発展に優れた貢献をした者に与えられる May Davidson Awardを受賞。

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目次

第1部 反すう――精神病理とその治療 
 第1章 なぜ反すうを治療のターゲットにするのか
 第2章 反すうを理解する
 第3章 反すう焦点化認知行動療法の構成要素と基本的な考え方

第2部 反すう焦点化認知行動療法
 第4章 治療初期のアセスメント
 第5章 治療原理と目標設定
 第6章 反すうの機能分析
 第7章 介入技法の選択
 第8章 介入を行う:困難な事象とその対応
 第9章 情報処理スタイルの変容:具体的思考
 第10章 情報処理スタイルの変容:没頭体験
 第11章 情報処理スタイルの変容:コンパッション

第3部 反すう焦点化認知行動療法の適用と拡大
 第12章 反すう焦点化認知行動療法の事例:開始から終結まで
 第13章 反すう焦点化認知行動療法の応用

付録 ハンドアウト

「うつ病の反すう焦点化認知行動療法」表紙


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