『TOKYOチョコっとジャーニー』中目黒:green bean to bar CHOCOLAT編
ゴールまでの道のりは、無駄がなく、近ければ近いほどいい。最短距離を計算通りに進むのが気持ちいい。
行くお店も駅から近い方がいい。一軒目から二軒目までの移動もできるだけ短く。それは、たくさん歩かせて疲れさせないように、もし雨が降っても濡れないように、という僕の相手に対する優しさでもある。
そんな僕が今日一軒目に選んだお店は中目黒駅から354mの『BLOCKS』。
鉄板フレンチのお店で普段はディナーがメインなのだが、この世界情勢のおかげで今はランチも楽しめる。
東京はまだ梅雨の真っただ中で昨日は雨で明日も雨らしいのだが、今日だけは見事なまでの青空だ。
最高気温が33度にもなる暑い夏の日にはビールが最高だ。大きな鉄板が目の前に見えるカウンターに座り、これからやってくる晴女に感謝しながら、僕は冷えたビールを呑み始めた。
「久しぶり」
「そう?まだ二ヶ月もたってないわよね?」
「前回が5月末だったから、一ヶ月半か」
人と会う時は二人で、という彼女はなかなか忙しい。知人と会うのは月に一回くらいのペースがちょうどいいのだという。
ランチのコースは『とうもろこしのムース 生うに添え』からスタートし『季節の冷製盛り合わせ』には鱧が出された。
「うん。うまい。これくらいがちょうどいいよね」
「そうね。上品で」
前回行ったお店は、美味しかったのだが出てくるモノ全部がデカく、店員が不愛想で、とてもアメリカンなお店だった。
あそこに比べると、このお店は料理も店員さんも ”気が利いている” 。
計算通りだ。
「そういえば江國香織さんの本読んだよ」
「どうだった?」
「んー、不思議な感じ。なんていうか、大きな事件があるわけじゃなく、なにかの結論にたどり着くわけでもなく」
「そうね。あなたみたいな人が読むと、江國香織さんの書く小説には無駄な部分がたくさんあるように感じると思う。この描写必要?みたいな」
「そうそう」
「結果主義でいつもゴールを求めてる。なにもかもを計算通りに進めたい。起承転結がハッキリしているストーリーが好き。そういう人にはちょっと理解が難しいかもね」
「たしかに。超現実派である自覚はあるよ」
「最近見た映画は?」
「ワイルド・スピード … 」
「わかりやすい 笑」
「バーッと走って、ワーっと悪者やっつけて、やった!よかった!スッキリ!ってやつね 笑」
「それはそれで私も好きよ。アクションやミステリーには映像と音の効果ってすごいと思う。実際に面白い映画もドラマもたくさんある」
「そうだね」
「でも本には言葉だけだから感じさせてくれるモノがある。そこに価値を感じるから本はそれ以外のメディアとは違うと思ってるし、私は本が好きなの」
「言葉だけだから、か」
「読み手に想像力を使わせるというか。目で見るんじゃなくて、頭の中にストーリーを展開させてくれる。そのためのパーツとして、パッと見では無駄に思えるような描写が散りばめられていたりする」
「なるほどね」
「ストーリーとは別で、その言葉の持つ美しさや輝きを感じたり。ゴールのための道のりじゃなくて、道のりそのもののを楽しんだり。
そこから感じるものを自分で見つけていくのが、私は好きかな」
小さい頃からプレゼントと言えば本をねだってきたという彼女はきっと、大量に取り入れられる情報の中で取捨選択を繰り返しながら、自分なりの感性の磨き方をしてきたのだろう。
スズキの鉄板焼き、トリュフのふわふわオムレツ、フォアグラのミニバーガー、口休めのグラニテ、本日の特選鉄板焼き、デザートまで。出されるものすべてが美味しかった。
ちなみにここではビール×2杯、ハイボール×5杯。「昼から吞み過ぎじゃない?笑」と言いながらもノンアルコールで付き合ってくれる彼女の胆力はたいしたものだと思う。
店を出たのは14時を過ぎていた。
時間も場所も計算通り。二軒目までの道のりは目黒川沿いを歩いてすぐだった。
「 ”bean to bar"ってね、カカオ豆からチョコレートができるまでの全工程を自社工房で行うチョコレートの製造スタイルのことを言うのよ」
「そうなの?それは知らなかった」
僕には何が何なのかさっぱりわからないのだがショーケースの中にはたくさんの種類のチョコレートが並んでいる。
エクレアが僕の知ってるエクレアの形じゃない。
笠地蔵を思い浮かべてしまったが口に出すのをやめた。
彼女はエクレアを選び、僕はその隣にあったチュアオを選びイートインスペースに。
ガラス越しにはチョコレートを作っている人が見える。
「おいしいね」
「うん。こっちはちょっとビターかな」
味に対する語彙力がまったくない僕はそう表現するしかなかったのだが、このチュアオとうのは、ベネズエラのチュアオ村でとれる『伝説のカカオ』で作られているらしい。そう聞いてもピンと来ないのだが、なにしろすごいということだろう。
「もう~お腹いっぱい。食べ過ぎちゃった」
「そうだね。BLOCKSがけっこうボリュームあったからね」
「私、来週にお着物着るのよ。大丈夫かしら」
「全然問題ないよ。きっとキレイだと思う。俺も見に行きたいな」
「ヤダ。見せません 笑」
お店を出た僕たちは、桜の木が生い茂る目黒川沿いを並んで歩く。
「いい天気。私ね、若い頃このあたりによく来てたんだ。学校が近くて」
「そうなの? 花見の時期はきれいなんだろうね」
「うん。とっても。ここから代官山とか渋谷とか、よく歩いたな」
「歩いて? かなり時間かかるよね?」
「1時間くらいよ。いつもゴールだけを見ているあなたなら絶対電車で行くんでしょうね」
「あるいはタクシーだね 笑」
「歩くから感じることもあるのよ」
「そうだね。ゴールじゃなくて、そこまでの道のりに感じられるものがある」
「そういうこと。たまには結果も考えずに、回り道するのもいいかもよ」
「そうかもね」
「そこの道、左に曲がると代官山に行けるのよ」
「へぇー」
「歩いて行ってみる?」
そう言って振り返った彼女の笑顔は、
この夏の日差しのせいだろうか、
計算違い。 とてもまぶしかった。
-- RIP SLYME『楽園ベイベー』--
常夏の楽園ベイベー
ココナッツとサンシャイン・クレイジー
持ってく 明日の朝まで summer day
罠はまるワンタイム たまんねぇな
Oh Yeah! Oh Yeah!
ワンタイム
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