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「学び、遊びではなく幼い市民のための公的インフラを考えなければならない時」ーソウル鉛筆

低い韓屋が軒を並べている、ソウル鍾路区西村(チョンノ区·ソチョン)。 どんな空間なのか分かりにくいが、好奇心が煽られる場所が現れる。 一方の壁には絵本が散りばめられており、もう一方には何でも投げつけられる大きな作業台がある。 至るところの収納空間には針金、布、木片など用途が分かる資材がたくさん入っている。 このすべてを使って、何でもやってみる経験を提供するのが、子ども人文芸術学校「ペーパープールズ(Paper Pools)」だ。 この場を運営する、「ソウル鉛筆」のイ・スヨン代表にお会いした。

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(「ペーパープールズ」を運営する、ソウル鉛筆チームの写真。 後ろには必ず一緒に撮りたがる子どもがサプライズ登場。)

ー こんにちは。とてもゆったりとした空間ですね。「ペーパープールズ」の簡単な紹介をお願いします。

こんにちは。 ここは「ペーパープールズ」という名前の空間で、ソウル鉛筆が運営しています。 この建物は弊社の本部なのですが、この空間は、5歳から13歳までの子どもたちのための空間です。毎日顔を合わせ、読書をしたり文章を書いたり、そこで出た話の流れで各々が作品を制作をしたり。型にはまらない、そして子どもたちが放つ質問で時間が満たされる空間です。

ペーパープールズの外では、ソウル市立青少年未来進路センター「ハジャセンター」という場で「アマガエル実験室」を運営しています。また、インパクト投資パートナーとともに、図書館に青少年専用の空間を作る事業をしています。

「公教育機関、私教育機関のどれでもない、その中間の空間。子どものためではあるが、どんな目的も追求しない空間を作ることは可能だろうか?」

ー 童話やさまざまな工作用の素材、そして広い作業台と床が備えてある空間を見るに、どういったベクトルで運営されている空間なのか想像がつきます。この空間を運営されるに至った経緯をお聞きしたいです。 元々は子どもの教育やアートなどに関連した事業が基盤だったのですか?

私は子どもの教育とは全く関係のない、ブランドコンサルティングをしていました。 私が会社で最後に行ったプロジェクトが、居住空間を社会的に思考するプロジェクトでした。 その過程で、いわゆる社会的弱者と呼ばれがちな、子どもや高齢者だとか、彼らを対象にした空間やインフラが非常に不足しているなと、問題意識を抱きました。

当時繋がっていたコミュニティの仲間たちと、基本的には子どものためではあるが、目的が存在するわけではない、そんな空間を作ってみようかと考えるようになりました。 実際、韓国には公教育と私教育ではない中間概念の空間がほとんどないのです。 そんな思いで会社を辞め、延禧(ヨンヒ)洞の山頂にある場所で開業しました。 今考えてみれば、一体どんな自信があってスタートさせたのか(笑)

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(ペーパープールズの扉を開けたとたんに、絵本が歓迎してくれる。 著者撮影)

ー 「目的を持たない空間」がオープンした時の様子はいかがでしたか。 子どものための空間だという雰囲気を、どう伝えましたか。

最初は本当に、町内の客間のような感じで、徒歩5分の距離の、目と鼻の先に住む子どもたちが来ました。 子どもたちが来ても、何をするかも決まっていませんでした。 私が純文学を専攻していたこともあり、また個人的にも絵本が大好きで、たくさんの本を持ってきていました。

 現在、ペーパープールズを「子ども人文芸術学校」というネーミングで紹介していますが、人文と芸術がどこから来たのかたどってみると、実は先ほど話したような私の原体験に基づくのです。 客間に出入りするかのようだった子どもたちが、一緒に横になって本を本を読んだりしていたのが、今ペーパープールズの核となっているんですよ。 より社会的インフラ、子どもインフラに観点が寄りました。 子どもたちは、数ヶ月単位のメンバーシップの形でこの空間を利用していましたね。

ー ここまで社会インフラとしての子ども空間について語っていただきました。 この事業を構想する前に、幼少期に社会インフラからポジティブな影響を受けた経験はありますか?

そもそも、私自身が図書館っ子だったんです。 私教育よりもずっと多くの影響を、公共図書館から受けました。 ペーパープールズを始める前後、世界各地にある乳幼児保育機関、クリエイティビティ教育機関などを頻繁に巡りました。 一度、ニューヨークの公共図書館を見て回った時、満4歳くらいの子どもと一人の男性が会話をしている場面を偶然目にしました。 最初は当然、親子関係だと思いました。 その男性が、その子が制作した何かについて、ずっと質問しているんです。 一体どういう状況? 閲覧室で子どもが絵を描いたの?と、気になっていたら、実はその男性は、著名な哲学者だったのです。 その図書館では、子どもが自分の考えを書いたり絵を描いた本を製本をして、その自分の本を一部の書架に並べることができたのですが、それを見て話をしていたのです。

 その日の出来事は、心の中にすごく大きく響きました。 見知らぬ者同士の一人の大人と一人の子どもが考えを交わす姿が、現実にあっただなんて。 そんな風景を見たいという漠然とした夢が、私にはあったみたいです。 公共の図書館に、必要な情報を探し求めるためだけに行くのではなく、私自身も図書館のプロデューサーになり、私も主体となって私の作品を作り、それを共有して私が生み出したものが循環する空間。

ー 今はどちらかといえばスタート段階ですが、夢にとても近づかれた印象を受けます。 今取り組んでいらっしゃる、公共図書館に青少年専用スペースを作るプロジェクトは、ニューヨークでの出来事をたくさん反映されているようですね。

まさにその通りです。だから、私にとって格別でありながら、次のステップを考えさせる地点でもあります。 このペーパープールズという空間は、ある意味とても特別な教育のように思われるかもしれません。 実際にペーパープールズで出会う青少年の中にも、図書館の利用経験が全くない子達も多いです。それでも図書館といえば、不特定多数の全ての人々に可能性が開かれた空間です。ですので、図書館に慣れている利用者には新奇性のある探索経験を提供し、またそうでない利用者には、やったことのない経験、プロデュースの主体となる経験ができるというテーマを扱っていますね。

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(ソウル鉛筆は、C programが運営する青少年専用スペース「ストーリースタジオ」のコンテンツを企画した。 写真:C program ホームページ)

ー 代表の個人的な経験や意義もありますが、それが「公共図書館」の持つ可能性/特性とかみ合って、戦略的かつ社会的に機能させられる空間と巡り逢い、子どもたちの人生の一場面を作っていらっしゃるのですね。 このプロジェクトでは、出会う青少年の年齢幅を12歳から19歳までと少し拡張されましたが、 始められた時、心配したり予想していた困難はありましたか?

もちろんです。いわゆる小学校高学年の時期になっても、コミュニティーセンターというものもなく、課外活動など、学校の成績として表すことのできないすべてのものや体験が断絶してしまうんです。 私教育も断絶し…。

 「自由に思考すること、自己に没頭すること、こんな経験と感覚から離れた子どもたちと出会って、話して、その前提の中で年齢幅を拡張して、作業させること自体が非常に大きな挑戦でした。 社会が依然として、私の成長期と変わらない内容、方法を今の子どもたちに要求しているのに対し、彼らがが生きる現在の社会構造、地球的状況はますます深刻になっています。にもかかわらず、態度や構造の変化は何もありません。 正直なところ、このような状況では大人の市民としてその子どもたちと顔を合わせること自体が心苦しいです。 すごく緊張しますし。

「子どもたちの作り出す情熱の瞬間に立ち会うと、この事業を、ずっと、本当にもっと頑張らなければという気にさせられます。」

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(ペーパープールズのアトリエ。 ペーパープールズでの子どもたちの活動について、「遊び」や「学習」という言葉ではなく、「対話」や「討論」、「作業」という用語が用いられる。 著者撮影)

ー 民間団体だけれども、社会的インフラとしての役割について悩んでいらっしゃることがとても感じられます。 パブリックスペースではありませんが、社会的な役割を持つということは、ベースにその価値に対する共感が同時に作られなければなりませんよね。

はい、そういう問題意識は当初から常に持っていますね。 ペーパープールズは、私たちが子どもたちに何かを教える所ではありませんが、唯一時々言い聞かせたり、教える態度をとって見せる時がまさにその観点についてです。 自分に熱中するのと同じくらい、他人に対しても肯定すること。 共同体の基本となる感受性、連帯する心を作る基礎的な態度のようなものとか。

 今、地球規模で様々な状況が危機に追い込まれ、でも子どもたちはそれをどう受け止めて考えていくべきか、誰もわかりません。 しかし、子どもたちこそ最も危機に瀕しており、このような混乱の中で真っ先に崩れるのも、ケア共同体、そして最も疎かにされるのもケア共同体です。

 私たちが事業の初期段階で遊びというものは何かについて深く考え、クリエイティブ思考を誘導する環境のような研究にキーワードを多く合わせていたとすれば、今はこの物理的空間自体が、子どもたちの心に安全な共同体空間として形成されることを最重要視しています。 ですので、私達は実際のところ、ビジネスで駆け抜けているというよりは、肉体労働的なのでスポーツをしている感覚が近いですね。

「自分に熱中するのと同じくらい、他人に対しても肯定すること。共同体の基本となる感受性、連帯する心を作る基礎的な態度などでは唯一、教える態度をとって見せています。」

ー それでは、先ほど次のステップにお悩みだとおっしゃったことも、ビジネス的な拡張というよりはスポーツ的な拡張、この動きとメッセージの拡散にもっと焦点を当てていらっしゃるのでしょうか?

このペーパープールズの空間は、私たちがいかなる支援も受けずに自力で運営してきました。 しかし、最近思うのが、実際もっと多くの子どもたちがペーパープールズのような空間に出会わなければならないのに、そうするためにはこのような空間が増えなければいけませんよね。 ペーパープールズがとても特殊な拠点になってしまうので、誰でも歩いてくることができ、なおかつ誰にでも可能性のある空間として広がらなければならないですし。(住民センター程度の分布を?)はい、そうです。 小さな図書館とか。 ある特定の区域ごとに一つずつ、そんなシェルターを作ることは私たち一人の力ではできませんから。 このように、今後の方向性について悩んでいます。

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(ペーパープールズのプログラムは、多くの大人が子どものプログラムに持つ固定観念に対し、新たな視点から質問を投げかける。 写真:ソウル鉛筆ブログより転載)

「何が子どもたちに必要な内容で、必要でない内容なのかも子どもたちが自ら判断して決められるのです。 また、そのような討論を避けることもできません。 子どもたちはみんな知っているからです。 」

ー 保護者の方たちからの信頼はかなり厚いようですが、もちろん難しい方もいらっしゃいますよね?デリケートな内容もあるかもしれませんし。

大変な瞬間がたくさんありますね。 最もよくあるのは、ある社会的問題について子どもたちと討論をする時、 例えば同性愛、難民、女性の人権、こういった問題の時ですね。 意図してというよりは、本を読んで討論するうちに自然に扱うようになります。 それを止めることはできません。 ただとても居心地が悪そうでもいらっしゃいますし。

ー この大変さは、解決することではなく、共に歩む大変さですね。

そうですね。そういう事柄については、子どもが自ら考えて判断できるのですが… 社会では何が暴力的で何が非暴力的だとか話す時、その基準についての質問をたくさん投げかけないといけないのですが、子どもたちは知らなくてもよいという考えを多くの保護者が持っています。 子どもたちがそういった話をする時に、私がその話を遮ったとしても、その場で話が終わらないんです。 私が気をつけて話を止めたとしたら、子どもたちが気づくんですよ。主観と考え方が形成される時期なので、非常に重要です。 今は、我々も自信がついてきたので、保護者の方たちに私たちのこの様な考えをはっきりと伝えます。

「誰にでも開かれていて、気軽にアクセスできる空間へとさらに拡大することについて悩んでいる時期です。 ここにだけあると、来られない子どもたちも多いから。 私たち一人ではできないですが、ともあれ安全なネットワークを作っていくための思考錯誤が必要です。」

ー 事業開始から5年が経ちましたよね。 5年間この事業を続けてきた今、スタートを前にして戸惑う人々や、ペーパープールズを始めた自分に対して伝えたい言葉はありますか? 

うーん、かっこいいことは言えませんが… チームメンバーたちが聞いているところでこんなことを言ってはいけませんが、明日も見えないし(笑)大変な瞬間が毎日あるので。 

でも、これは私が選んだ道ですから。 自分が選んでいなくても、明日が見えない子どもたちが、もっと多く存在しているんですよ。 そう考えると、まだ彼らのためになるような事業をできていないので、もっと頑張らなければならず、我々の力がもっと大きくならなければならず、もっともっと、たくさん動かなければならないのです。 もちろん、今すぐ明日のことを考えると目の前が真っ暗になることもありますが、すべきことを考えると「どうしよう?」なんて言っている時間はありません。 まだ手付かずの、子どもたちに関する問題が山積みなんです。

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(ソウル鉛筆が企画した、ソウル市立青少年未来進路センターのモアモア作業所。 廃材を活用して作業できる環境を提供する。 写真:ソウル文化財団ブログより転載)

ー 最後の質問です。 アジアで活躍するソーシャル・イノベーターとの機会があれば、チャレンジしてみたり、連携してみたいアイデアはありますか?

実は、私たちが持っている問題意識、そして子どもたちが直面する地球環境問題は、韓国だろうがアジアだろうが、とにかく地球規模の話じゃないですか。 すべてのセクターで、自分たちの活動に次の世代が直面する人生を中心に据えて、そこに注目しなければならないのではないかという考えについて共有したいです。 様々な分野のイノベーターがいらっしゃるはずですが…。

 私たちは廃材を子どもの遊びの素材にリサイクルする研究を続けているのですが、これも私たちみんなの問題ですよね。 そして、ミネルバスクールのように、全世界のネットワークを通して共同体的な学びのネットワークを作るプロジェクトや、高等教育機関にはたくさんあります。 特定の国や都市に拠点が作られるのではなく、移動する。そんな、国際的な子どもの市民教育プラットフォームなど。 こういうものを想像して、 作っていくとよいと思います。

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(ペーパープールズを運営するソウル鉛筆のメンバーたち。写真:著者撮影)

<写真提供> ペーパープールズ(Paper Pools)/  ソウル鉛筆

<関連サイト> ペーパープールズ(Paper Pools)/  ソウル鉛筆

著者:Jeong So Min(チョン・ソミン)。公共文化企画者、市民一人一人が追求し創っていく公共性を信じています。過去には、個人プロジェクト型市民参加活動に関する研究を進めました。
翻訳:福田梨華
発行:IRO(代表・上前万由子)
後援:ソウル特別市青年庁・2021年青年プロジェクト(후원 : 서울특별시 청년청 '2021년 청년프로젝트)

このインタビューシリーズでは、アジア各地で社会課題解決に取り組む人々の声や生き方をお届けします。以下の記事も合わせてどうぞ!

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