随筆(2020/9/23):自分に才能が「ない」、あるいは「損なわれた」ことを前提に、工夫するマインド
1.朝もはよからやっている
私は数学の出来ない文系の学生だったのですが、今は数学の独学を浴びるようにやっています。
人生の成り行き、面白いものだ。
朝早くから数学の本を読んでいて、また1節終わった。素晴らしい。大戦果だ!
2.自分に才能が「ない」、あるいは「損なわれた」ことを前提に、工夫するマインド
自分に才能が「ない」ことを前提に、あるいは持てる能力が老化や事故で「損なわれた」ことを前提に、工夫する。
というマインドが必要になってくることがあります。
3.諦めるのは「ある話」だが、その結果、不平不満を抱えて一生を棒に振るのは、本当に、キツイ
やりたいことがあるのに、出来ない場合、「出来ないからやれない、諦める」というのは、確かにもっともです。
ただ、「意図的に工夫して出来るようにする」ことには、しばしば効き目がある。
それが、どんなに手間がかかってでも、どうしてもやりたいことであるのなら、やらないと不平不満を抱えて一生を棒に振ることになる。
それが嫌なら(経験上言いますが、メチャクチャ嫌ですよ)どうしても「意図的に工夫して出来るようにする」ことは避けられなくなるだろう。
4.金でのショートカットも否定はしない。一度体験して、本当にやってよかったか、またやりたいかを、見極めるの、大事な前借ですよ
ちなみに、
「どんなに金がかかってでも、金を積んでやるべきだ」
という話も、もちろんそれはそれで正しい。
やって初めて
「ああ、やっぱりこれは、やってよかったなあ」
とか、
「体験してみて分かったが、やはりこれをもう一度やりたい。何度でもやりたい。
幻滅するほどツマンネーのなら、あるいはドブに捨てた金や労力に「見合わない」のなら、二度とやらないことも大いに在り得た。
が、分かった。これは、やはり、「見合う」。もう一度、または、何度でも、やる価値がある。酸っぱいブドウのように諦めて良いものではない。
しかしなあ。再現するには、やはりものすごい金かものすごい手間が要るんだよね。
じゃあ、稼ぐか鍛えるか、いずれかやっていきましょう」
という話と、きちんとまともに向き合えるようになる。
5.何の成果も得られなかった時の、ただの金ドブや努力ドブや健康ドブ、腸が煮えくり返るほど不愉快ですね
言いたくないが、私も以前投入した投資や努力が、本当にドブに捨てただけのものになり、健康もぶっ壊したことがあるからな。あれは本当に、腸が煮えくり返るほど不愉快なものだ。
(前職のITでは大成しなかったのよ。研修も、石の上の三年間も、ITでバリバリ稼ぐという観点では、全部ゴミになった。
健康もぶっ壊して、本質的には未だに治ってねえ。おそらく一生、この二次障害と、付き合っていくことになるだろう。
許せるものか。誰が許すか)
そういう金や努力を、その人の適性のなさゆえに成功率の低い、博打みたいな投資に、何も考えずに全部貼れ。やらないのは勇気がないからだ。
というの、一見麗しいが、恐るべき綺麗事ですね。
これを言う人、愚図愚図とだろうがとにかく生きている他人を、「他人の愚図愚図を見ると不愉快だ、それをなくすためなら、他人を死地に放り込んでよい」ムーブをして(これが容認される余地は基本的にゼロだ。なぜ許されると思った?)しかも善行を為したがごときいい気分になっている、ただの汚らしい邪悪生物ですよ。
邪悪生物ほど綺麗事を弄するものだ。
くたばれ。
6.もちろん普通に「出来る」才能に頼っても良い。だが、それは、長続きしない。「出来るようにした」技能が、長期的には効いて来る
ちなみに、もちろん、「出来る」才能に気力体力を掛け算して押し切れば、確かにやれてしまうんですよ。
でも、若い頃は出来たが、今は出来なくなったこと。というのは、あります。残酷な話ですが。
メチャクチャバカみたいなことを言いますが、今の俺に、もう一度志望校を受験しろ、と言われたら、多分出来ないもん。
あれは、今持っている知識とは別の、専用の工夫がいる。そして志望校にはもう合格したし、入学も卒業も終えた。今更やり直す? 終わったのに? 酔狂としか言えない。
***
でも、こういう「今持てる、出来る才能で、やるだけ」の姿勢に慣れていると、上のマインドによって「出来るようにした」技能を持ってる人に、ガリガリ押し切られてしまうことがあるんですね。
これ、よくあることだが、すさまじく無力感に苛まされる。
こういう姿勢は、終わった成果に関しては、まあもっともなんだが、またやる実践の再現に関しては、隙だらけもいいところですよ。
「出来ないからこそ工夫する」マインド、大事ですよ。
***
ちなみに、「出来ないからこそ工夫をする」マインドを、出来ていてもなおやると、ものすごく執拗に粘り強くなり、揺るぎなくやれるようになります。
そういうことを、やれる人は、なおさらやっていきましょう。
***
(気力体力がない場合はまた別の工夫が要るのですが、ということでこれはまた別の話とします)
応援下さいまして、誠に有難うございます! 皆様のご厚志・ご祝儀は、新しい記事や自作wikiや自作小説用のための、科学啓蒙書などの資料を購入する際に、大事に使わせて頂きます。