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【小説】ケイジとあんパンと牛乳(580字ショートショート)

 夜9時の車内。
 遠くでサイレンが鳴っているのが聞こえる。

 定番のあんパンと牛乳を手に、ケイジたちはある女の登場を1時間以上も待っていた。
「おい、起きろ」
 あくびをした助手席の後輩に声をかける。
「すみません。──てか、本当に来ますかね」
「心配するな、ちゃんと調べてある。間違いなく来るはずだ」
 車内に徐々に緊張感が漂い始める。
 ケイジはこれまでの苦労を思い返していた。
 ──ようやくここまで辿り着いたんだ、この瞬間を見逃すわけにはいかない。
「そろそろかな」
 ケイジが息を吐いた次の瞬間だった。
「ほら、来ましたよ、ホシだ!」
 前を見て、後輩が大きな声を出した。

 …………

「……」
 ふたりは声も出さず、スマホの画面を食い入るように見つめていた。
 映っているのは、あるアイドルグループの生配信。メンバーの人気ランキング総選挙の結果発表が行われていた。
 ふたりの推しである「星田あやか」は、ケイジが事前にネットで調べた順位予想通り、全50人のうちギリギリ10位に入ったので、次のシングル曲で初のメンバー入りを果たすことができる。
 念願が叶った瞬間だった。

 …………

 そう、定番のあんパンと牛乳と言っても、ふたりは張り込みをしていたわけでも、ましてや刑事でもない。

 ずっと応援してきたアイドルの努力が報われる瞬間を、コンビニに止めた車の中で見ていただけである。

《終》


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