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スズキナオ著『「それから」の大阪』片手に「まん防」解除後の大阪を歩く

スズキナオ著『「それから」の大阪』(集英社新書、2022年。以下、本書)は、東京から移住した著者がコロナ禍の大阪のあちこちを実際に訪れ、見た状況や感じた想いなどを綴ったものだ。

本書を読了して暫く経った2022年3月22日、ようやく全国的に「まん延防止等重点措置」(以下、「まん防」)が解除された。
以前から大阪に行く計画を立てていた私としては、正直ホッとした。


1日目 2022年3月25日

10:30 東京駅

金曜日午前中の山手線。
想像以上に混んでいる。若者が多いので、春休みなのかもしれない。
新幹線のぞみ号の3両しかない自由席も、3列シートの真ん中が空いているだけという混み具合。
小さな子どもを連れた母親が多い印象。
全国的に「まん防」が解除された週末のタイミングで里帰りをしているのかもしれない。

12:45 京都駅

京都で途中下車する。
駅構内は混んでいて、大きなキャリーケースを引いている人も多い。
烏丸通を歩いて東本願寺に立ち寄る。ここは人がまばら。

13:15 カプリ食堂

さらに歩いて、今年のお正月以来の「カプリ食堂」で昼飲み。

この旅の1杯目
おつまみ(昼飲みメニューではない)

ワンオペしている若い男性店員の手際に感心したので、会計時に「”出来る子”だね」と褒め、それをきっかけに少し話す。

15:00 ひっとぽいんと

歩いて京都市役所近くの「ひっとぽいんと」を目指す。
途中、錦市場を通る。
ところどころのお店で観光客が立ち止まってはいるが、歩けないほどの混雑ではない。
2021年末に独立して「ひっとぽいんと」をオープンした安原さんによると、時短営業に伴う協力金はまだ支払われていないという。
「今のところ何とか持ちこたえてるけど、そろそろ入ってくれないとヤバイ」
ちなみに協力金が入って、(経営のために)切り崩している貯金が元に戻れば、今付き合っている彼女と同棲を予定しているらしい。

18:00 鮨とSAKE 茶屋町Marry

阪急京都線を始発から終点まで乗る。
乗り過ごす心配が(ほぼ)ないので安心して寝て、大阪梅田駅で降りる。

大阪梅田駅高架下の「鮨とSAKE 茶屋町Marry」
カツオのたたきをつまみに日本酒を数杯

3日後に開店3周年を迎えるこのお店。
明日から3日間、周年イベントとして「四国フェア」を開催とのこと。
何故、大阪のお店が四国フェアなのか?
「店主の出身地です」
店主のマリーさんは徳島県出身で、その縁もあり四国四県の酒蔵から選りすぐりの11銘柄を提供するという企画らしい。
もちろん四国にちなんだ特別なおつまみメニューもあるとのこと。

先出ししてもらったお酒『旭若松』(徳島・那賀酒蔵)

「明日から3日間やってるんで、よかったらまた来てください」
マリーさんの言葉に送られてお店を出る。

20:30 おでんと地酒 てんまみち中川

地下鉄御堂筋線で本町駅まで行き、近くの「ホテルリブマックス大阪本町」にチェックイン。荷物だけ置いて外出。
心斎橋筋商店街を数十分歩く。

東心斎橋の「おでんと地酒 てんまみち中川」へ(2018年撮影)

10年以上通っているお店だが、なんと今年の4月末での閉店を決められたそう。
「コロナというより、膝ですわ」
店主の中川さんと奥様、ともに長年の立ち仕事で膝を悪くされているそうで、「これ以上やってたら確実に2人とも車椅子になるで」とドクターストップがかかったという。
長年通っているが、名乗ったことも名刺を渡したこともないので、私の連絡先どころか素姓がわからず案内が出せないことを気に病んでいたと言われ、そこまで思っていただいてありがたいと感謝するばかり(最後に名刺交換させていただいた)。
他にお客さんがいなかったこともあり、お酒を飲みながらあれこれ話し、かなり酔っ払ってお店を出る。
よくホテルまで帰れたものだ……


2日目 2022年3月26日

雨が降っている。
10時過ぎの心斎橋筋商店街は、開店作業をしているお店も多く、人出も少ない。
それは、宿泊しているホテルがなんば・心斎橋といった繁華街より北側の「船場せんば」と呼ばれるオフィス街にあることと関係があるだろうと思う。

船場とは大阪市中央区にある地域の呼び名で(略)南北に約2キロ、東西に約1キロがその範囲で、現在ではオフィスビルばかりのエリアというイメージが浮かぶ一帯だ。
(略)船場は豊臣秀吉が大坂城を築いた際に整備した城下町がもとになって発展した土地で、秀吉が大阪の堺や京都の伏見ふしみから大勢の商人を移住させたことから大阪の商業の中心地となった(略)

P112

まだ動き出す前の商店街に何故だか「2025年、55年ぶりに大阪で万博が開かれます」というアナウンスが日本語と英語で繰り返されている。
大阪万博といえば、つい先日公式キャラクターが発表され、賛否(賛<否?)を巻き起こしたことが記憶に新しい。

大阪・関西万博は、大阪市此花このはな区にある「夢洲」という埋め立て地を会場として開催される予定だ。「夢洲」と書いて「ゆめしま」と読む。(略)名は1991年に一般公募でつけられたもの。(略)大阪市の西部の湾岸にあり、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」や水族館「海遊館」のある天保山てんぽうざんのさらに西に位置している。

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1970年生まれの私も、万博開催時には(生きていたら)55歳になっているのかと思うと不思議な感じがする。

少し迷いながら20分ほど歩き、本旅の目的地「オリックス劇場」に辿り着く。

前の公園にある桜が綺麗に咲いている

咲いたばかりの桜に雨はかわいそうだが、見ている我々にとってはそれも春を感じさせる風流な情景である。

劇場に入る前に、近くにある喫茶店で朝食

お店は結構混んでいる。
カウンター席の隣の男性がチケットに裏書している(陽性者が出た場合の緊急連絡先の記入が要請されていた)。
お客さんの中に(私を含めて)観劇に来た人がいるのではないかと思う。

12:00 劇団☆新感線 舞台『神州無頼街』 @オリックス劇場

福士蒼汰・宮野真守をW主演に迎えた、幕末が舞台の博徒活劇。

2人の演技も素晴らしいが、脇を固める髙嶋政弘と松雪泰子の両ベテランが秀逸である(もちろん、「いのうえ歌舞伎」に相応しいストーリーと演出が素晴らしいのは言うまでもない)。
『見てみたかったんだよ。1人殺しただけで、どれだけの人間が殺せるのか』
偶然とはいえ、今現在の世界情勢と重なって見える。

幕間を含め3時間15分のお芝居を退屈することなく大いに堪能し、大満足で劇場を後にする。
良いお芝居を観た後のお酒は美味い。
ホテルにパンフレットなどを置き、早々に出発。
小雨なので傘は置いてゆく。
心斎橋筋商店街を南下。なんばに近づくにつれ混雑が激しくなる。
目指すは大阪ミナミの観光地「道頓堀」。

大阪随一の記念撮影スポットとして有名なグリコ看板からもほど近い道頓堀通りは、以前であれば真っ直ぐに歩くのが困難なほどに賑わっている通りだった。人気のたこ焼き店が立ち並び、「かに道楽」の本店があり、ド派手な龍の立体看板が目印の「金龍ラーメン」があり、国内外からの観光客が多く訪れ、いつも活気にあふれていた。

P69

どこも繁盛して並ばずには買えなかったたこ焼き店の前に、しかし今、行列はない。イートインスペースのある店舗にも客の姿はほとんどない様子だった。
シャッターをおろしている店舗も多く、とりわけ目立ったのは大型ドラッグストアチェーンの閉店だ。(略)「爆買い」と称されるほどだった通り沿いのドラッグストアが撤退を余儀なくされているところに、新型コロナウイルスの影響が生々しく現れている。取材に同行してくれた大阪生まれ大阪育ちの知人いわく、道頓堀周辺は昔から観光客向けの町という印象で(略)とにかくいつも賑わっていたエリアゆえに「こんなに地面が広く見えたのは初めてだ」と驚いたようだった。

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「まん防」が解除された直後の雨の週末、たこ焼き店の前には数人程度の行列ができている。

帰り道、同行の知人が「(略)道頓堀みたいにわかりやすい場所があるから観光客が集まる。今はミナミが大阪全体の痛手を引き受けているように思える」と言っていたのが印象に残った。

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その道頓堀もそこそこの人出で、今後『大阪全体の痛手』から少しずつ回復に向かっていくことだろう。

ここでも2025年の大阪万博推し

道頓堀から南側、アーケードのある商店街に入ったとたん、ものすごい音。
強くなった雨がアーケードの屋根を叩く音が轟音の主のようだ。
傘を持たない私は、小降りになるまでアーケード街を歩くことにする。
なんば駅に近いこのアーケード街は「心斎橋筋商店街」を含め、いくつかの商店街が集まっている。
「難波センター街商店街」で見つけた「シバチョウ酒店」。

創業150年以上になるという老舗の酒屋で、角打ちスタイルで店内でお酒を飲むことができる。

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入りきれなかったのか、お店の前には、看板にお酒を置いてぼんやり人の往来を見ている人やお酒片手に佇んでいる人が数人。
入店を諦め、その近くの「正宗屋」に入る。

16:45 正宗屋

カウンターに座り、キリンビール(小瓶)とまぐろの角煮を注文。
小さなボリュームで流れる有線放送から、和田アキ子の名曲『古い日記』。
雨を避けてアーケード街にいる私は、もう「あの頃」から随分と遠くまで来てしまったようだ。

あの頃は ふたり共
雨の日は 雨にぬれ
今よりも さりげなく
恋と自由に 生きていた

和田アキ子『古い日記』(1974年。作詞・安井かずみ)

狭い店内のあちこちから、前日に開幕したプロ野球の話題が聞こえてくる。前夜、阪神タイガースはヤクルトスワローズ相手に最大7点差をひっくり返され、まさかの逆転負けを喫していた(私が昨夜チェックインしたホテルのロビーの野球中継では、阪神が大量得点差で勝っていたはずなのに……)。
「今日こそは勝つ!」と意気込むお客さんたちの喧騒をBGMに、美味いビールとつまみを楽しみ、30分ほどで退店(結局、阪神は開幕3連敗……)。
目指すは難波駅の「GODIVA」の前。
誰かと待ち合わせしている人たちの中に、私も加わる。

17:30 鉄板神社

ほどなくYちゃんと合流し、いつもの流れで「鉄板神社 難波南海通り店」に入る。
「鉄板神社」はこの辺りで有名な鉄板焼きのチェーン店で、味はもちろんだが接客に定評がある。
しかし、今日は何かがおかしい。
学生バイトばかりの一般のチェーン居酒屋並みの接客。
いつもの素晴らしさを知っているだけに我々の失望は大きく、隣のYちゃんの機嫌がどんどん悪くなっていく。
どちらからともなく「もう出よう」となる。
退店しても我々の不満はすぐには消えず、次のお店に着くまで延々と愚痴が続く。

19:30 てんまみち中川

2021年末にYちゃんと来た時に満席で入れなかったので、リベンジ。
「昨日、帰れました? 相当酔ってはったみたいやけど」
中川さんに聞かれる。
「いつも酔ってはるけど、あんなに酔ってるのは初めて見ましたわ」
ご心配をお掛けして申し訳ないとは思いつつ、懲りずにお酒を注文。
いくつかお勧めのお酒をいただく。

『初亀・辛辛ぺっぴん』(静岡・初亀醸造)

お酒のラベルから、つい先日飲んだ『初桜・初恋』(滋賀・安井酒造場)を思い出し、暫しお互いの初恋話になる。

「村下孝蔵の『初恋』って曲知ってる?」
ギリギリアラサ-のYちゃんは知らないと言う。
「Nさんのところで聞けるかも」
そんなわけで、お店を出る。
少し躊躇したが思い直し、特別な挨拶もせず、普段通りにお店を出る。
閉店までにもう一度来よう。

21:00 なんばのバー

観覧車が目を引くドン・キホーテ近くの雑居ビル2階にある、Nさんが経営するバーに入る。
Yちゃんの行きつけで、私も何度か来たことがある。
このお店はネット配信のチャンネルと契約しているらしく、配信画像が見られる。
早速、村下孝蔵の『初恋』を検索する。
当時の音楽に最近の映像が乗っているバージョンで、女の子が好きなイケメンをスマホ片手に追い掛け回しているようなストーリー。
「『初恋』じゃなくて『ストーカー』やん」とYちゃん。
その後、こんな映像が見られることに機嫌を良くした私が、1970~80年代の動画を次々流して歌う……という流れに(『We are the World~USA for Africa』の当時のMVを久しぶりに見て感激し、登場するアーチストの名前を逐一言いながら、一人で歌い切った)。
何とか一生懸命付いてきてくれようと努力するNさん(アラフォー)にも、感激してしまう。
途中でアルバイトの女性がやってきて盛り上がるも、結局客は私たちだけで、日付が変わったのを機にお店を出、Yちゃんとも別れ一人ホテルに戻る。


3日目 2022年3月27日

10:00 チェックアウト→船場センタービル

宿泊したホテルは偶然にも本書に登場する「船場センタービル」の近所。

「船場センタービル」は船場中央を東西に貫く商業施設で、その全長は約1キロもある。(略)
完成したのは1970年だ。万博開催に向けて大規模な都市開発が計画される過程で、大阪市の中心部を東西に走り抜ける幹線道路である中央大通が新設されることになった。(略)道路を高い位置に通してその下に長大な商業施設を作り、繊維問屋をその施設内に移すという大胆なアイデアが構想され(略)

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『大胆なアイデア』が実現した船場センタービルは私と同い年

心斎橋筋商店街を出たところの「8号館」から東に向かい「2号館」まで行きUターン。
まだ10時だからか、日曜だからかわからないが、閉まっているお店が多い。

2020年に開業50年を迎えた船場センタービルは、これまでとは違う客層も幅広く取り入れるためにさまざまな努力をしているところだという。従来、日曜日は全館一斉の休館日となっていたのが、外部からの買い物客を呼び込むべく、2021年4月からは日曜日にも開館することになった。

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確かに、各館の南側と北側をつなぐ通路ではパンや地方の名産品の出張屋台などが出店し、スタンプラリー的なこともやっているみたい。
いくつかの館の地下2階は飲食店街になっているが、数件の喫茶店が開店しているほかは、開店準備をしているお店が数件あるのみで、とても閑散としている。
本書に登場する「大名酒蔵」なども閉まっている。

戻ってきた8号館を越え、ビル直結の本町駅から地下鉄で梅田駅に向かう。
駅を降りて阪急線までの地下通路。
もうほとんど平時と変わらないのではと思うほどの往来の激しさ。

少し遠回りして地下街「Whityうめだ」の飲み屋が集まる一角に向かう。
あわよくば一杯引っかける目論みが、よく行く「大ざわ」を始め、どのお店も午前11時を前にほぼ満席で呑兵衛たちが機嫌よく飲んでいる。
立ち飲みの「赤垣屋」も外で待っている人がいる。
入れなくてガッカリはしたが、お酒を楽しんでいるたくさんの人たちがいる光景を、素直に嬉しいとも思う。

阪急大阪梅田駅の下にある紀伊國屋書店梅田本店で、新井高子著『唐十郎のせりふ』(幻戯書房、2021年)を購入。

11:15 茶屋町Marry

書店から徒歩数分。
当初の目的地、3周年を迎える「茶屋町Marry」に入店。
「まだいはったんですね」と言うマリーさんに、「3周年おめでとうございます」と返す。

本日の1杯目、イベントサービスの生ビール 300円を注文
太刀魚の塩焼き(料理長が思わず「うまそ!」と呟いた一品)

日本酒に切り替え、香川の『川鶴』(川鶴酒造)や愛媛の『京ひな』(酒六酒造)を呑む。

『鳴門鯛』(徳島・本家松浦酒造場)。周年にぴったり!

昨日と違って晴れている日曜日のお昼。
お店の前の通りを歩く人も多い。
このお店にも老若男女問わず、お得な鮨ランチ目当てのお客さんがひっきりなしに訪れる。
一人、カップル、夫婦、同性グループ、Wデートっぽい若者……
みんなお鮨を楽しんで暫し一服し、午後からの予定のためにお店を後にする。
そんな人たちや街行く人々をぼんやりと眺めながら、一人飲みを楽しむ私……なんと贅沢な時間なのだろう。

「3年やれました」と言うマリーさんに、「これからまだまだ続けてください」と声を掛け、お店を後にする。

14:00 京都・カプリ食堂

一昨日と逆方向で京都まで戻り、「カプリ食堂」に。
繁華街の四条通から南下した五条通はオフィス街で、最近まで土日は人通りが少なかったが、ホテルがたくさん建ち、それにつれて賑やかになった。
この小さなお店のテーブル席も、常にお客さんがいる状態。
いつも通りカウンターに座って昼呑みメニューを注文しながら、一昨日会えなかった店員さんと話していると、いつの間にかランチ営業の時間を過ぎている(表の札はしっかり「Close」)。
今日はお休みのはずの別の店員さんが現れる。
わざわざご挨拶に来てくれたのかと図々しくも思ったら、4月から提供する新メニューの講習会を開くのだという。
さすがにお邪魔だろうと思い、お店を出る。

16:00 ひっとぽいんと

またもや一昨日同様「ひっとぽいんと」に向かう。

「ホントに来た」
安原さんが呆れる。
夜、知り合いの紹介で木屋町のクラブ(踊る方)のイベントで宣伝を兼ねて出張営業するのだという。
一昨日来た時に「お店はやらへんけど、仕込みやってるから、気が向いたら来ればええやん」と言われていた(それが上記の発言につながる)。
ビール(もちろん有料)を飲みながら、仕込み中の安原さんとバカ話に花が咲く(おつまみは失敗作。もちろん無料)。
「クラブで朝まで踊って始発で帰ればええやん」と誘われるが、昔ならいざ知らず50歳を超えた今では、絶対に無理な行為である。

京都駅から19時前の新幹線に飛び乗る。結構混んでいる。何とか席を確保し、そのまま2時間ちょっと爆睡する。

この「おわりに」を執筆している2022年1月現在も、新型コロナウイルス感染症による不安が消えたわけではなく、感染者数が減ったと思えば新たな「変異株」に怯え、と落ち着かない日々が続いている。そんな中(略)「大阪・関西万博」に向け、着々と準備が進められている。開催にともなって大規模な開発も進められ、大阪の町の様子も今後数年で変わっていくのだろう。

本書「おわりに」

2022年3月27日日曜日、21時頃の東京。
コロナだけでなく、近隣の国で大きな争いや不穏な動きが起こっている。

山手線は若者たちで混んでいる。今までの鬱憤を晴らしているのだろうか。
今後、大阪だけでなく日本、いや世界中において、街も人も変わってゆくだろう。
だが、どんなに変わっても、いつかは「平穏」が訪れると信じて日々を暮らしていきたいなと、楽しそうな若者を見ながら、心から思った。



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