見出し画像

うつな母

私には今、3歳になる娘が居る。結婚はしておらず実家で養育している。

パパは現在アメリカで仕事をしていて日本に帰ってくることは難しい。時々帰ってきても東京で仕事が待っている。医師として研究者としての使命を果たしている。

それはさておき、娘の話に戻る。私の母、娘にとっては、ばあばは中々の過保護で私が小学校六年生の頃に「しにたい」「将来がまっくらだ」「幻聴が聞こえる」と訴えたところ精神科へと連れて行った。

中学生の頃も何が何だか分からない、というより自分でもよく分からない眠れない精神の不調のせいで様々な精神科や心療内科へと通った。

今思うと私の不安は思春期特有のものだった。夏休みの宿題が終わらない、高校生になってからは勉強について行けない、人の目が気になるなど大人へと向かう段階で生きづらさを感じていた。今も精神科通いは続いている。

私は社会に適合しにくい。でも社会へ適合したい。ふつうになりたい。特に普通になりたいという欲求が出てきた時に不調を感じる。

不安の正体は考えすぎから来ている。ただでさえそんなに働いていないから考え過ぎてしまう。杞憂により苦しめられている。

めんどくさい性格なのだ。

母が娘を心配する気持ちは最近になってようやく理解出来てきた。親と子の関係性は深過ぎてもどちらかにとって又は両方にとってしんどいものになる。

木の上に立って見るで「親」とはよく言ったものだ。ただただ見て、危ないことをしようとしたら叱る。

親と子だって他人だ。なのに十数年はそばを離れられない。離れるまで見ないといけない

ただ見るだけで良いなら苦労はしない。公園へ連れて行き保育園へ連れて行き、手を洗うことを教え、トイレの仕方を覚えさせお風呂も一緒に入り体を洗う。

もっといえば家事や仕事もしなくては生活が立ち行かない。

もちろん子どもは可愛い、自分の子どもは面倒な時もあるけれど可愛い

スマホの中は娘の写真だらけ

最近はひいばあばと娘で遊ぶようにもなってきた。ひいばあちゃんのボケ防止にも繋がるだろうしひ孫を見れて嬉しそうだから良いだろう

子育ては分散して行うものだ。これからも分散してたくさんの親たちで見ていきたい

私は今は娘のことを可愛いと思えている。調子が悪い時は可愛いと思う余裕が無くなるけれど、これはこれからも付き合い続けなければならない感情だ。


今日も娘が眠っている

この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?