Shunsuke Imai

1984年1月29日生まれ。普通に働いて、普通に暮らしてます。noteでは自分にとって…

Shunsuke Imai

1984年1月29日生まれ。普通に働いて、普通に暮らしてます。noteでは自分にとって身近な問題について書こうと思います。

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孤独に生きて、地獄に落ちる

相手が何を考えているかがわからない。何を望んでいるのかがわからない。ずっとわからないままで不惑になった。惑わないようにはなったが、わかることはできないままだ。他者のことが理解できないようにできているのか、理解しようとする意図がないのか。 僕は後者だろう。「あなたは本質的には他人に興味がない。自分への興味が強すぎる。」と言われたことがある。「確かにそうだな」と思った。「そうかもしれない」と思いたかった。 望むものをあげられたなら他者を真に知ろうとしないから、望んでいるものを

    • 「やりたいことをやる」のは教育か。

      こどもの意志を尊重する、という言葉について日々考える。 こどもがやりたいと思うことをやるのが一番大事、というのはよく言われている気がするが、その言葉の裏には「ただし、親がやっていいと思えるものに限る」というシールがうっすらと貼られている気がして、なんとも気持ち悪い。 うちの子どもたち二人に「やりたいことをやっていいよ」と言ったら、「イエーイ!」と言って、毎日家で好きなだけゲームをやって、YouTubeを見て、おやつを好きなだけ食べて、外には出ずにこたつでゴロゴロすると思う

      • 2024年の抱負は

        ない。抱負を覚えていたことがないので、いつしかやめてしまった。「掲げた目標に向かって突き進む」という根本の思想が肌に合わないのだ。 目指すべきところを明確にすると迷わなくなる。迷わないと力を発揮しやすい。ビジネスの現場では基本、というよりも根幹にある考え方で、どんな目標を設定するか、目標をどうデザインするかはマネジメント層の腕の見せ所だ。組織を動かすために理解はしているし、一定以上のことができるスキルもある(と自分では思っている)。 でも、肌には合わない。 目標は立てた

        • 2023年に読んでよかった本

          プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン 実績・省察・評価・総括「エヴァを完結させる」という巨大なプロジェクトをどうやって動かしていたかが詳細に記録されている。 プロジェクトの記録としてクオリティが異常に高い(執筆者が元NASA職員というのも異色)。ここまで精度高いものは世界中どこを探しても出回っていないのでは? この本を読むと、庵野さんはクリエイターとしての能力だけでなく、リーダー、経営者としても能力が高いこと(不動産の資産運用をして運転資金を稼いでいたらしい)、彼についていく

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        • 自問自答
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        • つれづれ
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          魂を洗練する

          純度と洗練バーテンダーがカクテルを作るのをぼんやり見ている。 グラスを手に取る、酒をメジャーカップに注ぐ、氷を選ぶ、シェーカーを振る、グラスに注ぐ。 誰かに見せるパフォーマンスではない。何かメッセージを発信しているわけでもない。カクテルを作るための無駄のない動作の連続。 洗練されている、と思う。 洗練とは何だろう。僕は何をもって洗練されていると感じているのだろう。クラフトジンのソーダ割を飲む。複雑で心地よい香りが鼻に抜けていく。おいしいというよりも心地よい。このジンも

          魂を洗練する

          フローレンスを退職して兼業主夫になることになりました。

          22年9月から5ヶ月ほど休職をして、自身の健康の回復と生活の立て直しを進めていたのですが、諸般の理由により、7年間在籍した認定NPO法人フローレンスを退職することになりました。残念! これまでの経緯21年 9月 長男が学校にいかなくなる 家で仕事しながら勉強を見る生活が始まる 10月 部署異動になる 22年 4月 妻が不調で休職する 8月 妻が復職する 自分がうつ病になる 9月 以下の3つの条件をクリアするために休職する ①妻が週5で安定して働けること ②長男に合った安定

          フローレンスを退職して兼業主夫になることになりました。

          今井家の家庭学習の実践について(何を考えてどんな風にやっているか?)

          長男レイ(7)が学校に行くのをやめてから1年半弱になる。 この期間「どうやったらレイが家で十分な学びを得ることができるか?」という問いに向き合い、彼と僕とで家で学ぶための環境を作るために試行錯誤を重ねてきた(ちなみに、「どうやったらレイが学校に戻れるか?」という問いはかなり早い段階で捨てている)。 結果として、教える側と教わる側でこんな感じでやるのがいいんじゃない?という型というか、過ごし方のようなものを確立することができ、だいぶ安定した生活を送れるようになってきた。やれ

          今井家の家庭学習の実践について(何を考えてどんな風にやっているか?)

          善く生きるための稽古

          バイオリンのレッスンに通い始めて7年くらいたった。 バイオリンといえば、まあかっこいい楽器である。心に響くメロディー、きらびやかな音、繊細なビブラート、指や腕のなめらかな動き。癒やされちゃったり、惚れちゃったり、とにかくいろんな感情を巻き起こしちゃう楽器である。 なので、バイオリンのレッスンとなると、ぽわわーんと「偉大な作曲家の楽曲に対する理解を深めつつ、自身の音楽性を反映させた演奏をする」ということを目指して、習い手が練習してきた曲を弾き、その解釈や奏法について教え手か

          善く生きるための稽古

          マネジメントという仕事の楽しみ方、あるいは、パクチーと豚バラ肉の餃子のおいしさについて

           今、所属している組織でマネージャー/管理職を拝命して3年くらいたった気がするのですが(時間間隔が曖昧でうろ覚え)、その間に幾多の試行錯誤を重ねた結果(これもうろ覚え)、マネジメントという仕事をけっこう自分は楽しめているのかも、と感じる機会が増えました。 「一体これはどういう意義のある仕事なのだろうか?」「何が楽しくてこの仕事をやっているのだろうか?」と思っていた当初からするとずいぶん遠くにきたものだなあと思います。過去にあんまり興味がない僕ですら、ちょっとは感慨深い気がし

          マネジメントという仕事の楽しみ方、あるいは、パクチーと豚バラ肉の餃子のおいしさについて

          仕事始めで気が乗らないので、今年のテーマを書くことにした。

          会社よりも一足先に仕事始め。でも一向に気がのらないし、なんかキーボード打ちにくいし、ということで、僕の今年のテーマみたいなものについて書こうと思う。 今年は「言葉にならないもの」をテーマにすることにした。 吉本隆明氏は『言葉の幹と根は沈黙』といった。ウィトゲンシュタインは『語りえぬものについては、沈黙しなければならない』といった。この言葉が指し示すもの、正確にはこの言葉によって存在が示されている「言葉にならないもの」について、今年は考えていきたいと思う。 twitter

          仕事始めで気が乗らないので、今年のテーマを書くことにした。

          【自問自答②】炎上は人格によって引き起こされるわけじゃないのでは問題

          「火事と喧嘩は江戸の花」という言葉があるように、江戸は本当に火事が多かったらしい。  関ヶ原の戦い翌年の慶長6年(1601年)から、大政奉還の行なわれた慶応3年(1867年)に至る267年間に、江戸では49回もの大火が発生した。江戸以外の大都市では、同じ267年間で京都が9回、大阪が6回、金沢が3回などであり、比較して江戸の多さが突出しているといえる。  大火以外の火事も含めれば267年間で1798回を数え、慶長6年(1601年)からの100年間で269回、元禄14年(17

          【自問自答②】炎上は人格によって引き起こされるわけじゃないのでは問題

          【自問自答①】アウトプットがなぜ大事なのかをちゃんと考えてこなかった問題

          「インプットよりもアウトプットが大事!」というのは、巷でよく言われていることで僕も特に異論はない。全くその通りだと思う。 でも、最近まで「なぜアウトプットが大事なのか」ということに対して、自分なりの明確な答えを持っていなかったことにふと気づいた。それはちょっと問題だなと思い、改めて考えてみようと思ったというわけです。「えー、もう大事って結論出てるからよくない?」という気もするけど、でも、そういうことじゃないよなと。 言い訳させてもらいますけども、本当に何も考えなかったわけ

          【自問自答①】アウトプットがなぜ大事なのかをちゃんと考えてこなかった問題

          嶺育てに関する考察① 嶺への要求の伝え方と基本的態度

          うちの長男は嶺という。我ながらいい名前である。 この嶺と3年くらい親として関わってみて(一般的にはこれは「育てる」という表現が適切だと思うが、この方が自分にとってはフィットする)、いろいろ試行錯誤する中で、自分はこういう風に関わろう、というスタイルのようなものができてきた。これまでちゃんと言語化していなかったので、ここでちゃんと書いてみようと思う。 ちなみに、これを読む、僕を知らない誰か(そんな人がいることはあまり想定できないが)のために書く前に三つほど前提を置いておこう

          嶺育てに関する考察① 嶺への要求の伝え方と基本的態度

          家族における贈与関係について(つまりは、キャッチボールの続け方)

          いろいろな人からこの前書いた記事について、問い合わせをいただいた「贈与関係を目指す」とは何かについて書きます。なんか長くなりそうですが、もう仕方ないとあきらめましょう。お互い。 ちょっと前に、Timebankという有名人の時間を買い取るサービスがリリースされました。一秒○○円で有名人の時間を買ってその間は好きなことをお願いできる、というものです。また、「人の時間を奪うから電話はよくない。メール、チャットにすべき。」という議論もあったりします。 これらはいずれも、時間=価値

          家族における贈与関係について(つまりは、キャッチボールの続け方)

          自分の子どもだってよくわからない(けど、べつにそれでいい)

          最近、子育てしていてよく思うのは一緒に暮らしていても、子どもが何を感じて何を考えてるかなんてさっぱりわからん、ということです。 僕は、たぶん、世の男性でいったら偏差値70くらい、子育てに関わってる方だと思うけど、そういうのは全然関係なく、わからないもんだなあと。そして、わかりたいという気もあんまりないというか。それはさすがに言い過ぎか。でも、うーん、あんまり、そういう気にならないかも。 ただ、わからないまま一緒に暮らしていくことになるのは事実なので、気持ちよく過ごしていく

          自分の子どもだってよくわからない(けど、べつにそれでいい)

          イクメンは「育児好き」か問題

          イクメンという言葉は「子ども好き」「子どもと関わるの好き」に近しい意味で使われることも多いけど、それは「子ども好き」であって「イクメン」ではない。 「子どもがすき」と「育児がすき」はぜんぜん違う。「ケーキすき」と「ケーキ作るのすき」と同じくらいの隔たりがあるのに、なぜ同列に扱われるのかよくわからない。全然違うんじゃない??あ、いいのか。イクメンは「育児をやる男」だから好きじゃなくても。それはそれで、やることやってれば気持ちとか関係ないっていう成果主義思想に基づいた定義ってこ

          イクメンは「育児好き」か問題