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全てを白紙に 第二章 イホノ湖動乱 一、読めない相手

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 長く形を保って続いていた街道は、突如として白い空間へと切り替わった。地面を踏んでいるかも分からなくなる道を進むうちに、レンは目が痛くなってきた。ルネイも時々、苦しそうに瞬きをしている。レンは彼にそっと声を掛けたが、大丈夫だと返された。彼がいつもまとっている粒子のおかげで、五感の刺激は幾分耐えられるらしい。
 やがて白から抜け出し、足元に再び道が広がったのが見えてレンは安堵した。舗装されておらず草が所々生えているが、何もないよりはありがたい。もう町は過ぎたのか、道端に建物は見えず樹木が並んでいる。靴底に砂利の触感を感じ、レンは少し気力を取り戻して歩いていった。そこにアーウィンが問うてくる。
「ところでレン、君はインディに何か思い入れがあるのか? シランと会った時、そんな感じのことを言っていた気がするんだが」
 もう昔のように感じるが、昨日あった件だと思い出してレンは頷く。インディには以前から興味があった。両親の営む喫茶店で客による彼の悪口を聞いたのが、その人を知った最初だ。当時は大乱にまつわる人物とも知らず、ただひどく言われているのをかわいそうに思っていた。その後、授業でインディが国を変えようとしたと聞いて驚きと尊敬を覚えた。どこか自分には遠いものを感じつつ。
 このままインディの話を続けたかったが、ふとルネイが暗い顔をしているのが目に入った。世の中には国内を乱したインディを快く思わない人がいるとも、レンは聞いていた。嫌いな人に自分の好みを押し付けてもいけない。ただかっこ悪いだけだ。いったん話題を切り上げようとした時、ルネイが急に立ち止まった。軽く握った手から、彼を覆うものよりも眩しい粒子が零れている。少しばかり瞼を伏せ、大きかった目が細まった。
「……『白紙郷』の人がいます。きっと、あの町に爆弾を置いた人です」
 さては故郷の村も消したイムトか。ルネイの言葉を聞き、レンは腰のホルスターに触れて敵が現れるのを待った。しかし向こうに立つ木の陰から出てきてこちらへ向かってきたのは、朝に食堂で目にした女だった。レンは不意を突かれるも、その両手に抱えられていた白い箱に警戒を強める。
「ほぅ、そっちにはなかなか鋭い子がいたんだね。アーウィン、やっぱりお前さんの仲間かい?」
「彼はさっき加わったばかりだよ。今度は何の用だ、フュシャ?」
 フュシャと呼ばれた赤に近い桃色髪の女は、ルネイを見ながら口元を吊り上げている。やはりアーウィンと親しそうな彼女が、レンにはどうしても気になった。
「やっぱりアーウィンさん、この人と――」
「お嬢ちゃん、あいにくだがあたしは、男に興味がなくてねぇ!」
 その証拠とでも言うかのように、フュシャは素早く消却爆弾を置くや片手に拳銃を錬成し、アーウィンに発砲してきた。幸い当たらなかったが、アーウィンは前を見たまま大声で忠告する。
「気を付けろ、あいつの攻撃は予想できないぞ!」
 からかってもいられなくなったレンは、フュシャを「白紙郷」と認めて発砲した。だが相手は難なくかわし、片手を前に突き出す。彼女の両隣から、光の点が無数に浮かぶ。何が起きるのかレンが想像できない間に、ルネイが前方へ両手を伸ばした。彼の手から粒子が広がり、青く半透明な壁となって広がる。やがてフュシャの周りで広がっていた光の点が、色とりどりの弾幕となってレンたちに襲い掛かってきた。ルネイの作った壁が、何もなければ避けられそうにない猛攻から守る。
 すぐに弾幕攻撃は終わったが、今度は別の武器をフュシャが放ってきた。消えた壁を再び張ろうとするルネイに、投げられた短剣が迫ってくる。レンが彼の袖を掴んで引き寄せると、短剣はルネイの足があった所に突き刺さった。突然服に触れられたからか、ルネイはレンを見返って少し困惑した表情をした。だがすぐに真顔となり、彼は姿を消したフュシャを探るように視線を動かす。
 やがてルネイが、すっと右斜め前を手で示した。そこに立つ木の陰にフュシャがいると勘付き、レンは発砲する。その攻撃は外れたが、道へ飛び出してきたフュシャの行く手を、地面に刺さった矢が阻んだ。レンの後ろでリリが弓を構え、次の矢を錬成すべきか迷うように手を虚空で動かす。
 フュシャはまた何か武器を作ろうとしているのか、右手の内側から光を漏らしていた。だが笛の音が聞こえると、彼女は顔を強張らせたまま動かなくなった。アーウィンの奏でる旋律が続く間、フュシャの周りは短剣や銃などあらゆる武器に囲まれる。アーウィンが笛を下ろして武器が消えても、フュシャは攻撃しようとしなかった。
「悪いが、これ以上手出しはしないでくれ。俺たちは『虹筆』を探しているんだ。その重要さくらい、あんたにも分かるだろう?」
 フュシャが小さく首を縦に振ると、指を一つ鳴らした。途端に聞き覚えのある時報音がし、レンは道端の白い箱を一瞥する。戦闘に夢中で、存在を忘れていた。
「戦う気がないんじゃ、仕方ない。ここは綺麗さっぱり、消させてもらうよ」
 フュシャが背中を向ける。この隙に、宿の前で出来たように爆発を止められるかもしれない。レンはすかさず消却爆弾へ狙いを定めると、強く念じてから引き金を引いた。銃弾が箱を穿つと同時に、時報音が止まる。異変に気付いたフュシャが振り返り、まだ拳銃を持っていたレンを見据えた。
「……何だい? お前さん、爆弾を止めちまったのかい?」
「そうだよ! さっき町の宿に置いてあったやつも!」
 レンが胸を張って髪を掻き上げると、フュシャは呆れたように大股で爆弾へ歩み寄り、それを両手に抱えた。
「ああもう、これは自分じゃ錬成できないから、持ち運びが大変だってのに! もっと小型化してくれないかねぇ。んじゃ、戦いにも飽きたし、あたしはこれで失礼するよ」
 駆け足で去っていくフュシャを追うべきか悩んでレンが突っ立っていると、アーウィンが軽く肩を叩いてきた。彼は消却爆弾を止められるのが奇跡だと言う。レンたちに出会う前、アーウィンは人々が爆弾に攻撃しながら起爆を止められなかった光景を何度か見たらしい。
「君は今まで魔術が使えなかったみたいだから不思議なことだが……まぁ、ここは自分を誇るべきだよ」
 恐らく自分だけが、あの爆弾を止められるのだろう。そう思うと、レンは得意にならずにはいられなかった。
「よし、ならもっと褒めて良い! どこにあったって、消却爆弾を止めてやるから!」
 だが同時に疑問も芽生える。アーウィン曰く、消却爆弾は主に急速な回路の冷凍で起動停止させるそうだ。爆弾の外側は特殊な装甲によって、安易に武器を貫通しないようになっている。学校の部活ではまずまずだった銃の腕前で、よく貫けたものだとレンは我ながら感心した。
「それにしてもアーウィンさん、消却爆弾について詳しいんですね! どこから聞いたんですか?」
 レンが尋ねるも、アーウィンは答えなかった。さっと視線を動かし、ルネイを見下ろす。
「君の魔術は、十六にしてはかなり洗練されているね。魔法の中では強い部類だと思うよ」
 顔を俯かせるルネイより先に、レンが反応した。魔法に不慣れな自分がどうすれば強くなれるか、ぜひアーウィンのお墨付きを得たルネイに聞きたい。しかしルネイは赤面したまま、無言で固まってしまった。
「……レンちゃん、あんまりルネイくんを困らせちゃだめだよ」
 リリに諭され、レンは慌ててルネイに謝る。素早く彼は首を振ったが、まだ下を見たままだった。
「魔法が強いってのは、それを生み出す思いも強いってことなんじゃないかな」
 アーウィンはそう言いながら、ルネイの魔法が「守りたい」意思から生まれていると推測する。優しいのだとレンが零すと、ルネイは小さな声で話した。魔法が強いのは、他にも理由があるかもしれないと。レンが意味を問うより前に、ルネイがようやく顔を上げた。
「アーウィンさんの魔術も、珍しいんじゃないでしょうか? ぼくも初めて見たんですが、それは音楽魔法ですよね?」
 ヘイズが彼を「ミュス」と呼んでいたのが、レンに思い出された。同時に授業で習ったことと、これまで見てきたアーウィンの特徴が繋がる。彼のように肌が極度に白く、使う魔術が独特な少数民族の人々を、ライニアの人たちは「ミュス」と称してきたのだ。レンが確かめると、アーウィンはすかさず自身をミュスの一人だと認めた。
「ミュスの人って、本当に楽器が上手いんですね! わたし、授業でやっただけでちょっとしか知らないんですが、この際色々聞いちゃって良いですか?」
 やや眉をひそめつつも、アーウィンが口を開きかけた時だった。昨日も聞いた低い女の声が、レンの耳を打つ。
「知ったところで、どうにもならないわよ。彼らはいずれ滅亡する、哀れな民なのだから」
 気が付けば、砂を擦るような足音が後ろから聞こえていた。血の記憶を思い出すまいとしながら、レンは振り返る。刀を腰回りの布に差した長髪の女――シランが、間違いなくこちらへ来ていた。

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