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「地雷女の自来也さんと別れたい」第1部・第1話、愛夢ラノベP

「地雷女の自来也さんと別れたい」
愛夢ラノベP


第1部 地雷女の自来也さんと別れたい
第1話 プロポーズ

 クリスマスイルミネーションが光る街に、しんしんと雪が降り積もり、街を白一色に塗り潰す。雪雲が息を吐くたびに、空には雪が舞う。ふわふわの新雪に朝陽が照ると、さらに銀世界は光り輝く。


 ――聖夜の石川県金沢市。
 今や金沢はケーキ屋さんだ。
 金沢国際アートセンターがショートケーキなら、妙立寺はミルフィーユだし、金沢駅がレアチーズケーキなら、兼六園はカップケーキみたいだ。
 雪雲よ、お前はパティシエか?
 そう心の中でツッコんでいると、どこからともなくクリスマスソングが耳を楽しませる。曲名は忘れたが、よく耳にする歌声が聖夜を知らせる。
 クリスマスの夜、街にはカップルが溢れていた。たぶん俺たちも周りから見れば、リア充に見えるかも。
 だって、ここは恋人たちの聖地。
 駅前のモミの木の下で告白が成功したら、その恋人は永遠に結ばれる――縁結びの妖精によって。そんな都市伝説がある。

「わりぃな、急に呼び出して」

「友達が待っているから、はやくしてよ」と自来也さんが頬を膨らませる。

 自来也さん――156センチのCカップで、たしか体重は44キロ、中学3年、右利きのマドンナ。
 クリーミーピンクのショートボブで、前髪は流行りのシースルーバング。ピンクパールみたいな瞳は、桃みたいにクリクリしている。
 そんな彼女は、青いセーラー服とグリーンのインナーを着ている。黒いルージュとローファーがワンポイントコーデで、靴下にはヤマユリの刺繍があしらわれていた。
 そんな自来也さんに北風が吹き抜けると、ブワッとスカートがめくれて、真っ白なレースのパンツが見えた。それは風舞う雪片の1つにすら思えた。

「今、見たでしょ?」と自来也さんは紅潮した。

「パンツなんて見てねーよ」

「ふーん、パンツって分かったのね」

「あっ、いや、見ようとしたんじゃなくて」

「もう良いわ。蓮になら、パンツくらい見られても良いし」

 と強がる自来也さんの桃色の瞳には、くっきりと俺が映る。

 佐藤蓮――180センチ、59キロ、15歳の冴えない男子中学生。裏葉色の短髪と、イーグルストーンのような薄い紫色の瞳が自慢だ。よれた学ランは青黒色である。

「えっ、あっ、それは……どういう意味?」

「言葉のままよ、それより用件は何なの?」

 今、俺たちのいる金沢市には雪が舞い落ち、その白が、クリスマスケーキが、電飾の巻かれたモミの木が、12月の到来を告げる。
 降り積もったヴァージン・スノーには、俺たちの足跡だけが行く末を描いた。街に降り積もる雪が地面を覆い隠す。
 その雪景色は、心の奥底に埋められた俺の恋模様に似ていた。銀世界のように気持ちを真っ白にしちゃえば、辛い記憶も悲しい想いも無いに等しい。
 周囲からも、自来也さんとの交際を止められた。
 アイツはヤバい。
 お前は自来也さんの本性を知らない。
 美人は3日で飽きる。
 容姿より性格の方が大事じゃん。
 そんな友人の言葉は恋路を邪魔する口実にも思えたが、それでも俺のための忠告として誠実に受け止めていた。
 だが、障害があればあるほど、恋敵が多ければ多いほど、恋愛は燃え上がる。
 今の俺にとっちゃ、友人の妨害すらも原動力さ。
 もう自分の恋心に蓋はできない。沸騰した湯がケトルから溢れるように、すでに俺の気持ちは止められない。
 玉砕覚悟で思いを伝える。

「おっ……俺と付き合って下はい」と甘噛みしながら告白した。

「うーん、どうしようかな?」と自来也さんは焦らす。

「やっぱり無理だよな」

「参考までに訊くけど、なぜ私を好きになったの?」

「そっそれは」と理由が多くて悩む。

 自来也さんと出会ったのは、中学1年の時だ。
 転校初日の俺は、隣の席の自来也さんに一目惚れした。なにせ彼女は中学校でも1番の美人だったからだ。
 だが、俺は自来也さんと話せない日々を過ごしていた。
 モブ系男子が高嶺の花に手を出せないだろ。
 そんなある日、転校してから1か月が経った頃、自来也さんが忘れ物をして、俺が教科書を見せる事になった。それから地球に近づく彗星のように、2人の距離が急接近した。さらに、趣味や志望校まで同じという事もあり、楽しい2年半を終えた。
 そう、何も進展のないまま、中学時代を終えようとしている。でも、何もないまま終わらせるものか!

「もしかして体が目当て?」

「ちっ違う!」と両手をブンブン振る。

「じゃ、どうして私を将来の伴侶に選んだの?」

「この2年半、一緒にいて楽しかったから」

「ふふっ、はははっ、それだけ?」と自来也さんは太陽のように笑った。

「もちろん、美人とかスタイルが良いとか、そういう容姿も理由だけど、俺は自来也さんと人生を歩みたいんだ。こんな理由じゃダメかな?」

「悪くないんじゃない」

「……って事は、付き合ってくれるのか?」

「コホン、告白してくれて本当にありがとう。後日、合格であれば、メールを送るね」

「何、そのバイト面接みたいな対応は?」

「だって、すぐに結果を伝えたら、軽い女みたいでしょ」

「俺は自来也さんを尻軽なんて思わないぞ」

「たとえ蓮の言葉が真実でも、考える時間は必要なの」

「分かった。1週間だけ待つ」

「それまでに連絡が無かったら、不合格だから。それと……」と自来也さんが変な間を開ける。

「それと、何だよ?」

「もし浮気をしたら、絶対に許さないから」

「はははっ、自来也さんみたいに才色兼備な人と付き合えるのに、不倫なんてするワケないだろ」

「どうかしら?」

 なんて自来也さんが訝しがるので、たぶん落ちたと思ったが、6日後、合格のメールが届いた。
 こうして俺と自来也さんは付き合うことになった。そのため、俺は人生で最高の時を迎えた……そう思う時期もありました。
 だって、高校に入学する頃、俺は自来也さんと別れたくなった――とある事情があって。
 そう、それはまるで接近した彗星が再び地球と距離を置くように、俺の気持ちも自来也さんから離れちゃった。恋心が冷めてしまった。
 よくラブコメを読むのだが、あれは男女が付き合うまでを描いている場合が多い。それがゴールだから。
 もちろん、付き合った後のイチャイチャを語るラブコメもある。
 だが、どちらにせよ、俺はラブコメの主人公になれない。だって、俺は自来也さんと別れたいのだから。
 あんなに可愛い自来也さんに、まさか信じられない秘密があったなんて思わないじゃん。もっと友達の助言に耳を貸すべきだと後悔もした。でも、恋愛にクーリングオフ制度はない。
 だから、自来也さんの愛を返却できないんだあぁぁぁぁあ!





 ――そんな悩みを抱えていると、4月を迎えた。
 告白から4ヶ月後、俺が自来也と呼び捨てにするようになった頃、人生も季節も春を迎えた。
 あれだけ雪をまとっていた街も、いつの間にか衣替えをして、春の装いをしている。色がピンクしかないんじゃないか、そう思わせるほど、街中で桜が咲き誇る。
 桜の花がバサバサと。
 桜の雨がパラパラと。
 桜の雪がサラサラと。
 青空は桃色の桜吹雪に隠され、赤や青の屋根はピンクに塗られ、灰色の道路は桃みたいに鮮やかだ。
 今、金沢市は咲き乱れる桜が色濃く、そのピンクが、春一番が、商店街に置かれた桜餅が、4月の到来を告げる。
 そんな桜に見守られながら、俺と自来也は高校の入学式に参加する。校門を通ると、桃色の世界で黄色い歓声が響き渡った。

「「「「キャーー! 自来也さんよ」」」」

「皆さん、ごめん遊ばせ」

 皇族の挨拶みたいに微笑みながら手を振って、自来也は高校の先輩や先生に挨拶した。彼女の姿は桜すら凌駕するほど学内で目立ち、春の主役を食ってしまう勢いだ。
 そんな彼女の後ろを、俺は執事のようにトボトボ歩く。
 雲にブルーハワイのシロップを掛けたような蒼穹の下で、どこからか春の陽光が地面に射す。でも、春にしては肌寒い日。ナイフのように鋭い冷気がツンツンと肌を刺す。
 それと同じくらい鋭く、周囲の目が俺を貫く。何なら女子生徒の罵詈雑言が心まで抉る。春一番も吹いていないのに、風当たりが強いな。

「あの後ろの男性はストーカーかしら?」と女学生が問う。

「あれは自来也様の彼氏よ」

「「「「「あの冴えない男性が彼氏!」」」」」

 学内で女子高生が悲鳴を上げた時、コスプレをしたロリ少女とすれ違う。梔子色の外はねショートボブに、チェリーストーンみたいな桃色の瞳の少女だ。
 初対面なのに、どこかで逢ったような?
 そう思い、記憶を辿っていると、男子高校生の怒号が体を貫いた。ムキムキの体躯をした男たちは、三国志の一兵卒のように俺を睨む。

「「「「「あれが自来也さんの彼氏だと」」」」」

「あっ、どうも」と獣のような男に会釈をする。

「「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!」」」」」

 まるで敵国の大将軍と誤解されたように、数十人の男子高校生が俺に殺害予告をしてくる。掛け声と同時に、デッキブラシを槍みたいに天へ掲げる。たぶん先生がいなければ、俺は討たれていただろう。
 このように自来也と付き合ってから、女子からは侮蔑され、男子からは命を狙われている。

「ふふっ、相変わらず、蓮は凄い嫌われようね」

「自来也と交際してから、皆の嫉妬が凄いんだ」

「そりゃ、北陸地方で一番の美女と付き合っているからね。千年に一人の雪女なんて言われているのよ」

「本当に光栄だ」

「それなのに、蓮は罪深いわね」

 自来也は俺の頬を両手でパチンと挟む。ハムカツのハムの気持ちが分かった時、自来也が俺の瞳を覗き込む。ピンクパールみたいな瞳に映る俺の奥に、彼女の憤怒と嫉妬と殺意を見つける。
 ヤバい……いつもの状況だ。
 このままじゃ、殺される。
 なんとか自来也の怒りを鎮めなければならない。もし失敗すれば、俺に明日はない。まずは、怒った原因を突き止めよう。そして、彼女を宥めるんだ。

「俺が何かしたのか?」

「気が付いていないの? さっきロリ少女が通ったわよね」

「あー、水色のメイド服を着ていて、ハート型の瞳の少女……うっうぐ」と首を締められる。

「その口で、私以外の女に言及しないで」

「ごっ、ごめん……許して」

「分かれば宜しい。そのロリ少女とは、どんな関係なの?」

「しょっ……初対面だ」

「嘘よ」と自来也は強く首を締め上げる。

「ぐっ、ぐるじい……じらない奴だ」

「ふーん、どうやら本当みたいね」と自来也は両手を離す。

「はぁはぁ、急に暴力は止めてくれ。皆も見ている」

「だって、蓮が浮気をしたんだもの」

「俺は何もしていない。自来也が疑い深いだけ」

「黙れ! 付き合う時に言ったでしょ、浮気はダメだって。他の女を目に焼き付けるのも禁止よ」

「ごめん」

「ごめん、そんな謝罪くらいで許されると思うの?」 

「次から気を付けるよ」

「次があれば良いけど」

「俺は絶対に自来也を悲しませない。信じてくれ。俺は自来也しか愛していない」

「その言葉に免じて、今回は許してあげる。でも、また浮気をしたら、その宝石のように煌めく瞳をくり抜いて、私だけを見つめさせるわよ」

 俺が浮気をしていないのに、自来也は釘を刺した。いつも同じ事の繰り返しである。彼女は才色兼備で、料理もスポーツも万能なのだが、1つだけ欠点がある。
 お気づきだろうか?
 そう、実は、自来也は地雷女である。
 地雷女とは、パッと見は魅力的だが、いざ付き合って見ると、愛されたいという欲求が強すぎて交際相手を拘束しちゃう女子の事である。
 しかも、自来也はソクバッキーだけでなく、光のメンヘラでもある。
 あっ、ソクバッキーとは交際相手を束縛する人であり、光のメンヘラとは心が弱った時に相手に怒りをぶつける人間である。
 自来也は本当に酷くて、他の女を見る事すら禁止、ファッションや行動は全て監視、連絡は1分以内に返信せよ……みたいな取り決めが星の数ほどある。
 しかも、たちの悪い事に、自来也は周囲から称賛されているため、俺が被害を訴えても誰も信じてくれない。
 何を言っているか分からないかもしれない。
 あんな美女と付き合ったのに高望みだと思うだろう。
 だが、俺は被害者なんだあぁぁぁぁあ!
 俺だって自来也と付き合うまで、地雷女なんて存在すら知らなかった。だから、付き合ってから驚いた。その執着心や拘束のせいで、俺は自来也と別れようと思った。
 しかし、なぜか別れられない。
 理由は判然としないのだが、情とか縁とか心の問題ではなく、もっと超常的で神秘的な力によって俺は自来也と別れられない。
 まるで神や妖精の介入があるみたいに。

「蓮、さっきは叩いて、ごめんなさい」と自来也が猫なで声を出す。

「大丈夫だ。自来也を心配させた俺が悪い」

「本当に素敵な彼氏ね。ご褒美をあげるから、体育館裏に行こう」

 自来也と貝殻結びで手を繋ぎ、体育館裏へ向かう。お決まりのパターンだ。自来也は酷い事をすると、捨てられちゃうと考えて、ご褒美をくれる。
 アメとムチは悪くないが、鞭が強すぎて困る。
 静かな体育館裏に着くやいなや、自来也は俺に抱きつく。思わず、彼女の肩と腰に手を回して、ギュッとする。その体は抱き枕より柔らかくて熱く、優しいくらいの安心感が俺を包む。一瞬、怯む。口元が弛む。エッチな妄想で気が狂う。
 突然、自来也に唇を……いや、心までも奪われた。

「うっうぐ……おい、やめろ」

「良いじゃない。したいんだもの」

「チュッチュッ。でも、誰かいるかも」と軽くキスをする。

「人はいないわ。それとも私とキスしたくないの?」

「いや、したいけど……」と自来也に顔を近づける。

 最初は唇を重ね合わせる程度のフレンチキス。
 でも、どっちから仕掛ける訳でもなく、お互いが阿吽の呼吸で舌を絡め合う。誰にも見られていない事を確認しながら、こっそりと愛を確かめる。
 気持ちが高ぶると、ディープなキスへ。
 体育館では珍しくフェンシングをしている。
 エペという伝統的な武器の動きに連動するように、俺と自来也の舌も激しく攻め合う。自来也が攻めれば俺が引き、俺が攻めれば自来也が間合いを取る。ウミウシみたいな舌が互いの口をベチャベチャにした頃、誰かの足音がした。

「はぁはぁ……誰か来ちゃうわ」と自来也が俺を見つめる。

「もう終わりにしよう。息を整えなくちゃ」

 自来也から距離を取って、息を整えつつ身だしなみも直していると、さっきのロリ少女が現れた。

「自来也さん、先生が探していますよ。式辞を読んで欲しいらしくて」と謎の少女が話しかける。

「忘れていたわ。ごめん遊ばせ」と自来也が体育館に入る。

「やっと2人きりね」

 自来也が消えると、名前も知らない少女が俺にすり寄る。気持ち悪い。だが、可愛いから許しちゃう。

 謎の少女――139センチのFカップ、コスプレイヤーのロリ。
 梔子色の外はねショートボブの前髪に、サクラ色の髪留めを付ける。その瞳は、チェリーストーンみたいな桃色でハート形だ。
 なぜか水色を基調にしたメイド服を着こなす。

「おっおい、離れろ。自来也にバレたら、マズいだろ」

「当たり前ね。浮気を許す女はいないわ」

 ロリ少女に引っ張られる。抱きつかれる。
 少女の体重が、マシュマロみたいに柔らかな胸が、呼吸をするたびに見える谷間が、カイロみたいな体温が、顎に当たる息が性欲をかき立てた。でも、そんな誘惑に耐えた。
 それでも目を閉じると、五感が冴え渡る。
 少女の息は心地が良い。
 シルクみたいなショートボブは手触りが良い。
 湯たんぽみたいな人肌は温かい。
 時より当たる胸はクッションより柔らかい。
 鼻をくすぐるシャンプーの香りは芳しい。
 ……って、これは正真正銘の浮気だぞ。
 ダメだ、ダメだ……誰も見ていないと言っても、手を出すな。
 自来也にバレたら、命はない。未来がない。性欲という名の魔物を出さないために、心の檻を閉じた。

「きっ君は何者なんだ?」

「別に、名乗るほどの美少女ではないわ」とロリ少女が強く抱きしめる。

「離せ、目的は何だ?」

「実は、私は別れさせ屋よ」

「わかれ……させや」と聞き慣れない言葉に戸惑う。

「別れさせ屋とは、依頼人から報酬を貰って、カップルを破局させる事を生業とする職業よ」

「そんな仕事、聞いた事がない」

「ダークウェブに山のようにあるわ、あなたが知らないだけで」

「よく分かんないが、俺と自来也を別れさせたいんだな」

「そう言っているわ」とロリ少女がキスをしようとする。

「それは、ありがたいな」と顔を背ける。

「あら、自来也さんと別れたいの?」

「それは俺の問題だ。そもそも誰の依頼だ?」

「依頼人は秘密。それよりキスしよ!」とロリ少女は自分の唇を舐める。

「顔が近い。離れろ。恋人がいるから、他の女とキスはできない」

「意外と硬派なのね。別れさせ屋として腕が鳴るわ」

「変なプライドは捨てろ」

「言っとくけど、私は狙ったカップルを必ず破局させてきたの。だから、どんな手を使っても、あなたと自来也さんを別れさせるわ」

「お前は何も分かっていない」

「何を?」とロリ少女は両腕を俺の首に回す。

「自来也は地雷女なんだ」

「地雷女なんて怖くないわ」

「俺は怖いんだ。もし今の状況がバレたら……」

「バレたら、別れちゃうわね。それで私の勝ちよ」

「お前の負けなんだ。絶対に殺さ……」

 俺が結末を告げようとした時、別の足音がした。そちらを振り向くと、自来也が立っていた。彼女はAVのワンシーンみたいに俺とロリ少女がイチャつく姿を睨んだ。
 絶対絶命だあぁぁぁぁあ!

「蓮、その女は誰?」と自来也がボールペンを握る。

「たぶん信じられないと思うが、初対面の子だ」

「嘘は止めましょう。どうも蓮くんの浮気相手でーーす。チュッチュッブチューー!」

 謎のロリ少女が俺の唇を奪った。すると、伝説の暗殺者みたいに、自来也はロリ少女に近づく。そのままロリ少女の首を左手で掴むと、右手に持っていたペンで少女の腹を滅多刺しにした。

「ちょっ、えっ、何をするの?」とロリ少女が血を吐く。

「アンタ! 私の! 彼氏に! 何を! したの!」

「いや……私は……別れさせ……屋で」

 ロリ少女は言い訳をするが、もう自来也は止まらない。ブスブスとペンを何度も何度も何度も何度も突き刺す。その度に、トマトを潰した時と同じく、ロリ少女の腹から真っ赤な血液がドバドバと吹き出す。
 血溜まりは、ボリビアのラグナ・コロラダみたいになる。
 やがてロリ少女から血液が出なくなると、マネキンみたいに動かなくなった。すると、自来也は真っ赤に染まったペン先を俺に向けた。いや、ペン先だけではなく、殺意まで向けた。
 もはや修羅場だ。

「はぁはぁ、蓮も裏切ったのね」

「違う、そいつは別れさせ屋なんだ」

「別れさせ屋って何よ?」

「別れさせ屋とは、依頼人から報酬を貰って、カップルを破局させる事を生業とする職業らしい」

「そんな仕事、聞いた事がないわ」

「ダークウェブに山のようにあるみたいだ」

「やけに詳しいわね」と自来也がにじり寄る。

「さっきロリ少女から聞いたんだ」

「ははっ、もう別れさせ屋なんて、どうでもいいわ。大切な事は、蓮が浮気をしたって事実よ」

「自来也、聞いてくれ。俺は浮気をしていない。ハメられたんだ」

「他の女とキスをした口で、私の名前を呼ぶんじゃねーよ」と自来也が俺の首を掴む。

「本当なんだ。あいつは別れさせ屋で……」

「嘘をつくなら、もっとマシな設定を考えろ、このクズ野郎があぁぁぁぁあ!」

「マジで別れさせ屋って名乗ったんだ」

「もう良いわ。さっきも言ったけど、その両目をくり抜くわね」

 自来也が宣言した瞬間、世界から左半分が消えた。いや、違う。自来也が俺の左目にペンを突き刺して、目を取り出した。
 俺の右目が俺の左目とアイコンタクトをした。

「うわあぁぁあ! 目が、左目がーー!」

「とある映画の悪役みたいな悲鳴ね」

「だって、左目がない」

「当たり前でしょ。他の女を見たんだから。でも、これで私だけを見られるわね」

「かっ返してくれ」と両手を伸ばす。

「嫌よ。何なら右目も貰うわね」

「来るな! 近寄るな! 止めてくれ。誰か助けてえぇぇぇえ、ウギャーー!」

「動くな。手がブレるでしょ」と自来也が俺の右目にペンを突き刺した。

 常軌を逸している。
 自来也は精神異常者だ。
 こいつは浮気を許さない。その気持ちは分かる。だが、浮気の定義が広すぎる。ワンナイトラブやキスだけでなく、握手や会話もダメであり、通り過ぎる際のアイコンタクトすら許されない。
 しかも、浮気をしようものなら、拷問を行う。
 男の勲章を切り取る事もあれば、爪を剥いだり、歯を抜いたり、ありとあらゆる罰を与えてから、俺と浮気相手を殺害する。
 それほど自来也はキチガイで恐ろしい。
 だから、俺は地雷女の自来也と別れたい。
 でも、とある事情で別れられない。
 というか、なぜ俺は他の拷問を覚えているんだ?

「ふふっ、ビー玉みたいに綺麗な右目ね。これで蓮は私だけを見つめるわ」
「何も見えない」

「安心して。私が傍にいてあげるわ、永遠に」

「離せ。俺は自来也と別れたいんだ」

 真っ暗な世界を放浪する。壁らしき平面を頼りに、人の声がする方向へと彷徨う。しかし、後方から俺の左腕が掴まれた。
 見えないから、推察しかできないが、おそらく自来也に左腕を捕まえられた。

「今、なんて言ったの? なんで逃げるの?」

「いや、目をくり抜かれたから、気が動転したんだ」

「嘘つき! 絶対に浮気しないって約束したでしょ。裏切ったくせに、私を捨てるなんて最低」

「自来也、落ち着け。話し合おう」

「はぁはぁ……そうよ、そうだわ。別れたんなら、殺しても良いわよね」

「待て、待ってくれ。話を……グハッ」

 命乞いをするも、突然、左胸に熱した鉄を刺したような激痛が走った。何も見えないが、口から生温かい液体が零れた事は分かった。
 それで映画のワンシーンが頭によぎった。
 さっき見たロリ少女の姿が思い浮かんだ。
 たぶん自来也に心臓を突き刺され、吐血したんだろう。という事は、あと数分で失血死するんじゃないか?
 はやく救急車を呼ばなければ。
 そう思いながら逃げようとしたが、足に力が入らない。卒倒する。やけに土の匂いがする。口に砂利が入る。イモ虫みたいに、のたうち回るが、一向に前には進めない。
 呼吸ができない。
 息苦しい。
 胸が痛い。
 懸命に手を伸ばして土を掴む。
 死にたくない。
 じにだぐない。
 まだいぎだい。
 まだ生きたい!

「俺……死ぬの?」

「グスン、蓮が悪いのよ。浮気するから」と自来也が鼻をすする。

「助け……て」

「ふふっ、はははっ、いい気味ね」と自来也の笑い声が聞こえる。

 ここで俺の人生は幕を下ろした。汚い死に花を咲かせた。しかし、ラブコメは終わらない。
 なぜって?
 もうオチは語られたが、これはタイムリープ系ラブコメだからだ――まぁ、主人公の俺すら3話を読むまで知らなかったが。






 









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