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「夏が来た」と君は言うけれど

窓の外を眺めている。窓の外の青い空に浮かぶ、見方によってはアヒルの形に見える雲を眺めている。

見始めた時はハートの形をしていたが、徐々に変形してアヒルになった。

あと数分もすれば再び形を変え、今度はヘビになるのではないかと予想を立てる。

目が覚めてから3時間が経過した。僕は依然、ベッドから抜け出せずにいる。直近30分は雲を眺めていただけだ。

こんな事をしている場合ではない。小説を書かなければならない。

書かなければならないと思えば思うほど、現実から目を背けたくなるものである。

ベッドから抜け出し、床に落ちているTシャツとズボンを履いた。スマホと財布だけを持って家を出る。

僕は散歩する事にした。我ながら何とも可愛げのある現実逃避である。

見慣れた道を歩く。数分経過し、後悔の念がグジョグジョと胸に湧いてきた。

とにかく暑い。言葉を選ばなければ、死ぬ。暑さに殺される。滝のような汗が体中を流れる。

これでまだ5月だなんて信じられない。

きっと7月になったら地面が溶け出して、どんどん穴が深くなって、8月が終わる頃にはアルゼンチンまで直通の穴ができるに違いない。

我慢ならず自動販売機で水を購入し、文字通りゴキュゴキュ飲んだ。

そのまましばらく道なりに歩くと、ベンチしかない小さな公園があった。

ベンチは丁度木陰になっており、僕は腰掛けて一休みする事にした。

「『青春』って言うけど、ウキウキするのは夏だよな」

昔、夏が大好きなとあるお笑い芸人がこんなような事をツイートしていた。

確かに。青春真っ盛りだった高校時代を振り返る時、想起されるのはいつも夏の出来事だ。

部活の試合終わりにアイスを食べながら、みんなで反省点を話し合ったあの日も。

夕立に降られながら、みんなで自転車を漕いで帰ったあの日も。

苦手だったダンスのコツを、あの子に教えてもらったあの日も。

全部夏だった。

あの春、「夏が来たね」と君は言った。まだ5月の事だった。

僕は確か、「気が早いよ」と言った。

君はスマホを取り出して何かを検索し、僕に見せつけた。

画面には、「初夏とは5月の初旬から」という文言が記載されており、「ほらね」と君は得意げに笑った。

あれから10年経った。僕らはもうすぐ27歳になる。

君は元気だろうか。

制服姿の男女が目の前を通り過ぎた。

ノスタルジーに駆られた初夏の夕暮れの事。

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