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個人的なnoteとして使います。 散文的な短編創作や、 日々の気付き、意思表明の練習…

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個人的なnoteとして使います。 散文的な短編創作や、 日々の気付き、意思表明の練習などの記録です。 誰にも届かないこの声。 誰かに届いてほしいのか。

最近の記事

最近読んだ本の備忘録(24.06)4冊

①『夢をかなえるゾウ2』水野敬也 ②『最後はなぜかうまくいくイタリア人』宮嶋勲 ③『夢をかなえるゾウ3』水野敬也 ④『詩人はすべて宿命である』萩原朔太郎 『夢をかなえるゾウ2』 水野敬也 「自分らは、たくさんの人を喜ばすことだけを『成功』て思てるみたいやけど、たった一人の人間をたくさん喜ばすんも『成功』なんやで」P257 たしかに、そうだ。 自分はあまり人に馴染まないタイプとあきらめているけど、 一人をたくさん笑わせることならできるかもしれない。 子どもの姿がちらりとよ

    • 最近読んだ本の備忘録(24.6.18)

      『夢をかなえるゾウ』 水野敬也 人は自分の好きなことしか続かない。 仕事は作業。 仕事はすべからく誰かのためになるもの。 お金持ちは、それだけたくさんの人を幸せにする仕組みをつくった人。 成功したければ、人を助けること、幸せにすることは気持ちいいことだと自分に教えていかなければならない。 いろいろ気付きがあったけど、 まずは仕事(だれかを幸せにする作業)を気持ちのいいことだと、自分に教えていきたい。 いや、 まずは、だれかを幸せにして、それを嬉しいと感じる機会を自分にどん

      • 最近読んだ本の備忘録

        『超ミニマル・ライフ』 四角大輔 p96スロートレーニング 吸いながら4秒かけてしゃがみ、2秒静止、4秒かけて吐きながらひざを伸ばす。 このスロースクワットだけでも定着させたい。あんまり頭よくないので1つずつ、ほんの小さなことから。 次はp123~ 『怒らない子育て』 水島広子 怒りという感情は、予想(期待)と現実がずれて困った!というときにそれを知らせる感情である。だから、あんまり怒ってしまうときは、これは今自分がとても困っているのだととらえ直すと、どうすればいいかと前

        • こどもはアリナシ?人生の選択。

          こどもとおとな こどもの成長は早いものだ。 正確にいうと、変化が早い。 大人が成長したり老化したりしていく変化よりも早く、失敗と成長を繰り返す。 自分の子どもが、制服を着るようになった。 その時、不思議と、喜びと寂しさが混ざっていた。 それを複雑に思う。 そういうのは平気だと思っていたから。 人嫌いの私が、子どもの温もりは心地よく感じた。 なぜ、子どもはゆるせたのだろうか。 こどもとは、なんだろうか。 それは、私ではないけれど、私のからだからつくられたもの。 それ

        最近読んだ本の備忘録(24.06)4冊

          心と頭、言葉の矛盾について。

          身体と心はカラダ。 頭は理想、倫理、理論、現実的思考だと思う。 心ってのは、最初の反応。 素直な体の一部なのだと思う。 だから、正しいとか間違っているとかは存在しない。本当は。 頭は、次の反応。 考えたり、決めるために計算したり。 あくまで、私のなかでの話だが、 そういう風なイメージがある。 しかし、 一般的な言葉としての定義はどうなのだろう。 身体と頭が体で、 心は思考のことではないか? 鬱病は心の風邪というけれど、 本当は頭の病気だ。頭の神経細胞や伝達物質の放

          心と頭、言葉の矛盾について。

          憧れに近づきたい愚者の小さな一歩。

          どうして朝、起きられないのだろう。 いや、起きられる。起きてはいるんだ。 ただ、布団から出られない。 寒さを言い訳にしてはいるけど、結局は意志薄弱ということになるのだろうね。 そう、少し前までは6時前には子どもが起き出してきて、否応なしに活動していたわけだから、 自分のために動けないだけなんだろう。 だから、意志薄弱。 とはいえ、 意思の力というのはもともと弱いものらしい。 自分の欲、無意識とシンクロしてからこそ強い威力を発揮するようになるとか。 つまりは、意思

          憧れに近づきたい愚者の小さな一歩。

          2024年の抱負

          新しい年がきた。 モフモフなお腹をさわらせてもらえる私は幸運だ。 柔らかく、温かく、心地よく喉を鳴らす。 そんな君みたいな一年になることを願っている。 今年は時間と仲良くなりたい。 一年のはじめ、膨大とも思える時間を前に、心は震えている。歓喜というより、少しこわい。 やりたいこと、できるだろうか。 できようができまいが進むしかない。 そういう時期にきているのだから。 少しだけ、ワクワクもしている。 真っ白の手帳に書き出すときと同じように、 この時間にはまだたくさん

          2024年の抱負

          資格というおもちゃからさようなら。

          長い間、悩んでいた。 大学を6年通い、親に学費を出してもらってとった資格をどうするか。 けど、流れてきた歌を聴きながらふと思った。 そうか。資格はおもちゃみたいなものか、と。 星にまで願って手に入れたおもちゃ。 手に入れるまでとても頑張ったし、親にもお金をたくさん出してもらった。高価なおもちゃ。 けど。 すごく欲しくて、値段も高くて、やっとクリスマスプレゼントで買ってもらって、でも、使ってみたらあんまり面白くないおもちゃってあったよね。 そのおもちゃ、面白くないと思い

          資格というおもちゃからさようなら。

          「私という存在は、心と体とそれらと連続する環境によって創られている」

          のタイトルは、チームラボの「生命とはなにか」のなかでの引用。 チームラボの作品は初めて見たけど、なかなか動きがあって楽しかった。そして何より、学芸員さんの解説が素晴らしかった。 人は身体的に認識して初めて体験できるというチームラボの考えは、森を歩く例えを経て、さらに納得できるものとなった。 森の中を歩くとき、例えば、先に本でどんな場所か、歴史や地理などを学ぶこと。それは準備に過ぎない。 実際に森を歩いた地面の感触、肌の温度や湿度、木々や土の香り、葉の擦れる音や鳥のさえずり、

          「私という存在は、心と体とそれらと連続する環境によって創られている」

          にゃんともキャット ~ねこと見つけた7つの学び~

          3~4ヶ月の子ねこがうちにやってきた。 ともに生活してみて気がついたところをまとめたい。 ①ナイーブ 正直戸惑った。 ねこは環境変化にめちゃくちゃ敏感らしい。 野良で保護されてから3ヶ月近くは、保護した人間と兄弟ねこと先住ねこと暮らしていた。 そこから急にひとりになって、しかも、知らない人間と知らない場所に置いていかれたことがこたえたのだろうか。 見た限りでは1日半、飲まず食わずでほとんど動かなかった。しかも、ゲージの角でできるだけ小さくなっていた。怯えているように見えた。

          にゃんともキャット ~ねこと見つけた7つの学び~

          おねしょな夜の独り言

          子どもがおねしょをする。オムツ外れと共に現れる恐ろしいイベントだ。 シーツやタオルを敷いてはいたけど、それだけでは防げない。トレーニングパンツ、パジャマのズボン、タオル、シーツを突き抜けて、洗えないマットレスまで到達する。 放っておけば、臭くなるし、黄ばむし、ダニの原因になるし、なんとかしないといけない。けど、前準備をなんもしていなかった。完全に運任せ、子ども任せの自分がいやになる。何より、仕方がない生理反応(おねしょ)に対して怒ってしまったことがいやだ。怒ろう、と思わなくて

          おねしょな夜の独り言

          大切なことは目に見えない。

          子どもと新幹線にのった時のこと。 子どもは窓側の席で、靴を脱いで座席に上がり、窓の外を眺めて楽しんでいるようだった。 ところが、トンネルに入りブラックアウトすると、窓ガラスにベタベタと手形が浮かび上がった。 それを見て私は、ああ、掃除大変やな、きれいにしてくれていたんだなと感じた。 そう、普段は掃除をしてくれていることなど考えない。ベタベタついた手形をきれいに拭き取るのがどれだけ面倒か考えない。そのままにして、知らずにのった人がそれを見てどれだけ不潔に感じるか考えない。 こ

          大切なことは目に見えない。

          一人の時間がほしい人のこともみとめて。

          なにをしたらいいのかわからない。 子どもにYou Tube見せないほうがいいと思っているのに、見せてしまう。その間だけは、一人になれるから。 私は、一人の時間がいる人。一人じゃないと文字も書けないし、考えもできないし、未来の予定を立てることもできない。一人の時間がないと、その外側から見ればできているように見えても、感覚としては表層をなぞって適当に体を動かしているような不完全燃焼が残る。どうしても、誰かと一緒では集中できないんだ。 なのに、パートナーと暮らし始めてから、子どもが

          一人の時間がほしい人のこともみとめて。

          500字を書くのにどれくらいかかるだろう

           『エフォートレス思考』を読んだ。  その中に、1日500語以上書く、1日1000語を超えない、というものがあった。これは、本の原稿を完成させる、という重要なプロジェクトを達成するのに必要な上限値と下限値である。  私は「1日1000ワード程度がちょうどいいペースだと思います」というベストセラー作家の引用を読んで、1日1000字が下限で2000が上限かな、となんとなく想像したけれど、毎日1000字はけっこう大変かもしれないなとも少し思った。なにかになるには大変なのは当然だろう

          500字を書くのにどれくらいかかるだろう

          実感の恐怖

           3.11の、津波から逃げ遅れた人の映像を見た。たぶん走れない高齢の男性の方で、とてとて歩いていて、行く手の交差点が水に飲まれて、どちらへも進めなくなり、近くの家につかまって止まっているように見えた。その後、濁流が酷くなり、直接の彼を見ることができなくなるが、濁流は家ごと押し流している。彼のつかまっていた家がどうなっていたか、もう一度見に戻るつもりはない。もう十分だからだ。  スレッドをみて、彼は亡くなったのだと遺族がコメントしたことを知った。その情報が本当か嘘かは問題ではな

          実感の恐怖

          怒りを知ることが、解決への一歩だった。

          『また、怒っちゃったがなくなる本』を読んで、後編。  怒りというものは、あっていいらしい。  前回の読後感想文で、怒りが起こらなくなるように、自分のべき(〜すべき)の価値観を緩めなくては、と、ある種の強迫観念に似た不安を覚えていた。けれど、そもそもの重点はそこではなく、怒りに対する対処、つまり伝え方や捉え方がポイントのようだった。  怒りは、在っていい。怒りをどう伝えるか、あるいは伝えないか(伝える意味のあるものか選別して判断する)が、これから練習すべきポイント。  果たし

          怒りを知ることが、解決への一歩だった。