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数字の羅列を愛に変えた小説『博士の愛した数式』の魅力とは?

『博士の愛した数式』が本屋大賞に選ばれ、話題を呼んでいたのは私が15歳のとき。博士、数式、小さな男の子の表紙。文系の私が共通点を感じるところは一つもなく、本屋で並ぶ表紙を横目にするだけでした。

手に取ったのは、6年後の夏。21歳の私。

大学の友人が作者・小川洋子のファンだったことがきっかけです。既に本屋の隅にひっそりと置かれた『博士の愛した数式』を、私は手に取りました。

彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らかだったからだ。
「おお、なかなかこれは、賢い心が詰まっていそうだ」
髪がくしゃくしゃになるのも構わず頭を撫で回しながら、博士は言った。友だちにからかわれるのを嫌がり、いつも帽子を被っていた息子は、警戒して首をすくめた。
「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」
彼は埃の積もった仕事机の隅に、人差し指でその形を書いた。

小説で一番大切な1文、1ページ目に、作者の言葉がキラリと光ります。小川洋子の操る言葉は、雨粒に濡れた新緑の葉のような美しさがあるのです。

ルート記号がどんな役割だったか、うっすらとしか覚えていないのに、その大切な役目が伝わります。息子ルートのコンプレックスを、出会った瞬間、出会うたびに、愛に変えていく博士の言葉。

「ぼくの記憶は80分しかもたない」

事故で記憶障害となった数学博士のもとに、主人公の「私」は家政婦としてやってくる。「私」はルートを抱えるシングルマザー。3人の交流を描く物語なのです。

作中、生活のあらゆる数字を、博士は一つずつ宝石を広げるように語ってくれます。オイラーの定理、友愛数、どれも聞きなれない専門用語ばかり。博士の説明を受けたって、いまいちピンときてないのに、なぜか美しく、特別なものに響いてくるのです。

次の日にはまた「初めまして」で出会うルートを、博士は毎日同じように慈しむ。シングルマザーで、「私」ひとりで懸命に育てていたルートをかわいがり、愛してくれる貴重な存在が、博士だったのです。


物語の最後は、大学生になったルートが老人ホームにいる博士を訪ねるシーン。

「ルートは中学校の教員採用試験に合格したんです。来年の春から、数学の先生です」
私は誇らしく博士に報告する。博士は身を乗り出し、ルートを抱き締めようとする。

私は、いつもこのシーンを読むと、涙が出てしまいます。
自分が教員だったせいか、ルートのそれまでの頑張りが自分ごとのように捉えられるようで。博士から数字の魅力を教わったルートは、博士と同じように研究職を目指したってよかったんです。でも、ルートはその道を選びませんでした。

きっと、自分があのとき博士から教わったように、子どもに数学の純粋な楽しさを、教えたかったから。

そう思うと、グッと胸に込み上げるものがあるのです。

数字を通して受けとった愛のバトンを、大人になったルートが子どもたちへ繋いでいく。なんて、やさしい物語なんだろう。

うまく表現できないのが、もどかしくなるくらい、そんなすてきな物語です。

この小説が好き過ぎて、はなさんに執筆をリクエストしました。ありがとうございます💖



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