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えみりあ/emilia
2024年6月28日 01:57
山手の家を正午頃にあとにして、瑠璃は駅に向かう途中で見つけた1ピースピザを数種類買い込んで帰宅した。掃除のおじさんに言われた通りに管理会社に連絡を入れると、受付の女性から「わざわざ、ご連絡くださり、誠にありがとうございます」と、丁重にお礼を伝えられた。「ここだけの話、中には勝手に住み始める方や、勝手に部屋を又貸ししてしまう方もいらっしゃいますので……」受付の女性はそれ以上何も言わなかったが、
2024年6月23日 23:53
衝撃の元旦から1週間経った。瑠璃と真、そして真珠の3人は厚手のコートを着て、山手の家にいた。義人が手配したエアコンの設置業者がそろそろ来る頃で、マンションのエントランスに到着したら真のスマホに連絡が入る約束になっている。真は冷たい床にあぐらをかいて、さっきからずっと、スマホで調べ物をしているようだった。(早く来ないかなぁ)じっとしていると足元から体の熱を奪われそうだった。瑠璃は真珠を抱っ
2024年6月11日 16:39
見覚えのある配色のマンションが通り沿いに見えてきた。マンションは13階建だが、それよりも高く見えるのは、周りが3階建程度の小ぶりなテナントビルばかりだからだろう。「わっ」マンションの敷地に入ろうとした真が突然声を上げた。歩道とマンションのスロープの継ぎ目のわずかな段差にベビーカーが引っかかって、前に進めずにいた。「昔から何度も来てるのに、こんなところに段差があるなんて初めて知ったよ」「
2024年6月10日 23:10
9月になっても日差しの強さは衰えを知らず、蒸し暑い日が続いていた。義人は真に対して、山手の家を「売らない」と言っていたにも関わらず、賃貸で借りるのはどうかと真が提案すると、「それならいいだろう」と、あっさり了承した。気温が高くない午前中のうちに、瑠璃は真と、ベビーカーに真珠を乗せて、山手の家の内覧に向かうため自宅を出発した。山手の家の最寄り駅の改札を出たところに、先に到着していた義人と幸代が
2024年6月9日 23:06
お墓参りをしてから1週間以上経った。真のお盆休みも世間のお盆休みもとっくに終わり、新しい1週間が始まった。山手の家の売買について、義人からの連絡を待っていたが一向に来ない。「西内さんもお盆休みとってるだろうから、気長に待とう」真にそう言われたものの、瑠璃は妙に気になって、落ち着きなく過ごしていた。瑠璃は近所にある産地直送の野菜や肉が売られている店で食材を調達して冷しゃぶを作り、真珠にはお
2024年6月8日 21:55
昨夜、瑠璃たちの住む海沿いの街を濡らした雨は、夜明け前に小川家のお墓のある古都を通過したらしい。雨雲はとうに過ぎ去って、強い日差しが照りつけていた。海沿いの街で生まれ育ち、今もその街に暮らしていることを誇りに思っているらしい義人と幸代が、どうして小川家のお墓を電車で1時間半ほどもかかるこの古都にもうけたのかが瑠璃にはよくわからなかった。でも、旅好きの瑠璃にとっては、定期的に古都に出かける理由
2024年6月6日 13:32
店員が紅茶とコーヒーのカップを持ってきた。少し遅れて信子の頼んだカレーセットが運ばれてくると、信子はカレーの皿を抱え込むようにして勢いよく食べ始めた。「信子さん、誰も横取りなんてしないんだから、ゆっくり食べて」真が呆れたように笑うのも構わず、信子はカレーをかき込む。(お預けを何度もくらって、ようやくエサにありつけた犬みたい)瑠璃が冷ややかに見つめていると、信子が急に頭を上げて「あぁ、美味
2024年6月5日 15:38
青い空の下、山肌の緑が輝いていた。交差点の角にあるカフェは冷房が効いていて、真夏の暑さから逃れるように客がひっきりなしに押し寄せていた。真が選んだ席は店の入り口に近い、窓から交差点が眺められる場所だった。瑠璃が真珠を抱っこして外の景色を見せていると、隣に座っていた真が入り口のドアに向かって片手を上げた。正面を向くと、紅をさした信子が「まこちゃん、今日はお仕事だったんじゃないの?」と、言いな
2024年6月4日 13:12
(信子さんが山手の家に戻らないのはなんでだろう?)この疑問に対する答えは『お金がないから』が正解だろうと思われた。金銭的な面で立ち行かなくなって、信子の名義になっていたマンションを義人が1000万円で買い取ったのは一昨年の話だ。名義が義人になっても信子が住み続け、マンションの管理費と修繕積立金の合計3万5千円は信子が払っていたと義人から聞いている。「姉さんが金銭的に厳しいらしい。母さんも最
2024年6月3日 16:43
真よりも先に瑠璃が「こんばんは」と呼びかけると、優子は「あれ? 瑠璃ちゃん?」と、声をうわずらせた。真は、スピーカーホンでしゃべっていることを優子に端的に伝えると、すぐに本題に入った。「今日、親父と母さんに会ったんだけど、母さんの物忘れが進んでるみたいで」優子は驚きもせずに「やっぱり」と答えると、「信子さんからお母さんの話をたびたび聞いてて」と、続けた。真が姿勢を正した。「信子さんが、何
2024年6月2日 18:50
閑静な住宅街の夜空に月が昇ろうとしている。瑠璃と真の家は、義人と幸代の家から10分ほど車で走った先にある。戦前から続くお屋敷街と呼ばれる場所だった。住宅街のあちらこちらに土地の売却を知らせる立て看板や、建設中のマンションらしき建物が見られる。所有者が高齢のために手放した土地を大手建設会社が買い取り、低層のマンションを建てるのだ。瑠璃たちの住む家も、そんなマンションの一室だった。リビングに