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山手の家【第16話】

お墓参りをしてから1週間以上経った。
真のお盆休みも世間のお盆休みもとっくに終わり、新しい1週間が始まった。
山手の家の売買について、義人からの連絡を待っていたが一向に来ない。
「西内さんもお盆休みとってるだろうから、気長に待とう」
真にそう言われたものの、瑠璃は妙に気になって、落ち着きなく過ごしていた。
瑠璃は近所にある産地直送の野菜や肉が売られている店で食材を調達して冷しゃぶを作り、真珠にはおかゆをつぶしてペーストにした離乳食を用意して、親子3人で食卓についていた。
瑠璃が自分の食事を後回しにして真珠に離乳食をあげていると、突然、真のかたわらにあったスマホが音を立てて震え出した。 
「親父だ」
真は箸を置いて急いでスマホを手に取った。
「はいはい?」
義人からの電話なら、話は山手の家の話に違いない。
あの資料を使って、西内さんにうまく相談できただろうか。
「それって、どういう意味?」
離乳食で汚れた真珠の口をガーゼのタオルで拭いていると、真が急に立ち上がって、狭いリビングをうろつき始めた。
「は? 売らない?」
反射的に瑠璃は真を見上げた。
真の横顔は明らかに困惑している。
「や、西内のおじちゃんに相談してもらうために資料を渡し……」
真は耳に当てていたスマホの画面を覗き込んで、「勝手に切りやがった」と、足音を立ててテーブルに戻ってきた。
「お義父さん、どうしたの?」
「親子間の不動産売買はできない、ってさ」
「西内さんがそう言ったの?」
真はグラスに入れていた冷たい緑茶を一気に飲み干した。
「わからん。親父に『お前にあの家は売らない』しか、言われてない」
「あんなにしつこく山手の家を勧めておきながら売らないなんて、西内さんに止められたのかしら」
「さぁ」
真はぶっきらぼうに答えると、再び冷しゃぶの皿に箸を伸ばした。
「山手の家に私たちが引っ越す話はナシ、ってことよね?」
「いや、買えなくても、あの家には引っ越すよ」
「え、結局、引っ越すの?」
瑠璃は自分でも思いがけず大きな声が出てしまったことに驚いて、片手で口を塞いだ。


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