えみりあ/emilia

物書きの端くれ/北国→関東→関西(今ここ)/子育て真っ最中/趣味も興味も「広く・浅い」…

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物書きの端くれ/北国→関東→関西(今ここ)/子育て真っ最中/趣味も興味も「広く・浅い」/人付き合いも知識も広く浅いかもしれない/色々な投稿サイト(monogatary、pixiv等)で小説を公開しています。

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最近の記事

山手の家【第34話】

山手の家を正午頃にあとにして、瑠璃は駅に向かう途中で見つけた1ピースピザを数種類買い込んで帰宅した。 掃除のおじさんに言われた通りに管理会社に連絡を入れると、受付の女性から「わざわざ、ご連絡くださり、誠にありがとうございます」と、丁重にお礼を伝えられた。 「ここだけの話、中には勝手に住み始める方や、勝手に部屋を又貸ししてしまう方もいらっしゃいますので……」 受付の女性はそれ以上何も言わなかったが、女性の口調から察するに、管理会社も住人の管理に手を焼いているのかもしれない。

    • 山手の家【第33話】

      脳のMRI画像の診断の結果、義人にも幸代と同じように初期の認知症の診断が出た。 義人は「なんで私が」と、納得がいかないらしかった。 クリニックの医師から勧められて、2人揃って要介護の認定調査を受けることになったが、調査は1ヶ月待ちだという。 義人と幸代の住む家に一旦は戻った信子も、市営住宅の申し込みを済ませたと優子経由で知らせがあった。 とにかく小川家のみんなが、この春にそれぞれの落ち着くべき場所に辿り着いて、平穏に過ごせることを瑠璃は願った。 2月の中旬を過ぎた。とうとう山

      • 山手の家【第32話】

        真が手配した鍵屋さんが到着する頃にはすっかり日が暮れていた。 「今日はシリンダー交換と、ドアガードの設置。それから、ドアロックについてご相談とお聞きしています」 鍵屋さんは挨拶もそこそこに、台車に積んだ大きな工具ボックスを開け、頭にライトのついたバンドを巻いた。 (これでやっと、知らない間に誰かが家に上がっている恐怖から解放される) 瑠璃は安堵すると同時に、誰ともわからない相手に対して勝利をおさめた気持ちで心満たされた。 鍵屋さんが玄関扉のドアノブをライトで照らした。 「鍵の

        • 山手の家【第31話】

          比較的、冬でも温暖なこの街に、2日連続で雪が降った。 近所の店のあちこちが、臨時休業したり、営業時間を短縮したりしていた。 『雪』と、ひと口に言っても、この街に降る雪は瑠璃が生まれ育った北国の雪とは違い、粒が大きくて、手のひらに乗せれば、あっという間に溶けてしまう。 もう1つ、雪にまつわる違いがあるとすれば、北国では時に厄介者扱いされる雪が、ところ変わって温暖なこの街では珍しいものとして扱われるという点だった。 (良かった。週末はお天気持ち直しそう) 夕方のニュース番組で紹介

        山手の家【第34話】

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        • 山手の家
          34本

        記事

          山手の家【第30話】

          衝撃の元旦から1週間経った。 瑠璃と真、そして真珠の3人は厚手のコートを着て、山手の家にいた。 義人が手配したエアコンの設置業者がそろそろ来る頃で、マンションのエントランスに到着したら真のスマホに連絡が入る約束になっている。 真は冷たい床にあぐらをかいて、さっきからずっと、スマホで調べ物をしているようだった。 (早く来ないかなぁ) じっとしていると足元から体の熱を奪われそうだった。瑠璃は真珠を抱っこして、ぐるぐるとリビングの中を歩いていた。 この1週間はとにかく忙しかった。

          山手の家【第30話】

          山手の家【第29話】

          「私があの家に? とんでもない」 元旦にかろうじて営業していた、客足の少ないファミレスで、信子は赤い口紅の跡をつけたグラスを片手に大きな声を上げた。 「そりゃ、あの家に帰りたいかと言われたら帰りたいわよ。でも、何ヶ月も前からマコちゃんたちが住むって言ってるし、私が義人と幸代さんがお金を出してリフォームしたあの家に戻るなんて言ったら、幸代さんに何を言われるか……もう、恐ろしいわ」 信子は眉間に深いシワを作ると、何か嫌なものでも見たかのように顔をひきつらせてのけぞった。 「どうい

          山手の家【第29話】

          山手の家【第28話】

          おせちにはあまり手をつけられなかった。 そんな気分じゃなかった。 頭の中が混乱の余韻でぼんやりしていた。 普段は美味しいものに目がない真も、箸を置く時間がやけに長い。 義人は何に怒っているのか、ピリピリとした雰囲気を隠しもせずに漂わせて、無言を貫いていた。 幸代は義人とは対照的に、はしゃいでいた。 お重の中を覗いて、「あら、エビがあるわね。食べちゃおう」と、1尾食べ、たった今エビを食べたばかりだというのに、「あら、エビがあるわね。食べちゃおう」と、再びお重のエビに箸を伸ばし、

          山手の家【第28話】

          山手の家【第27話】

          山手の家に誰かが入った形跡を見つけてから、瑠璃たちは掃除や家具の配置を考えるために2週間に1回のペースで山手の家に出入りするようになった。 水道管の掃除の件を、義人は一切知らないという。 それでも真は「鍵を交換するのは引っ越しの直前で良い」の一点張りだった。 瑠璃は仕方なく『水道管掃除のご案内』の用紙を折りたたんで、玄関扉の1番下の蝶番の下に目立たないように挟んだ。誰かが扉を開ければ挟んだ用紙が落ちる。 これは根本的な解決にはならないのは、瑠璃も承知していた。 あくまで誰かが

          山手の家【第27話】

          山手の家【第26話】

          雲が空を埋め尽くしている。 街全体が、どことなく影がさしているように見えた。 この2週間で急に涼しくなった。 「涼しくなった」というよりも、「寒くなった」という方が合っているかもしれない。 瑠璃は数ヶ月ぶりに厚手のパーカーを引っ張り出して、袖を通した。 真珠には、真が「せっかくもらったんだから」と、夏に信子からもらったパーカーを着せた。黒を基調に、惑星とロケットの細かい絵柄が散りばめられていて、肌の白い真珠によく映えた。 「今日は窓を開けなくても良さそうだな」 真は下駄箱の扉

          山手の家【第26話】

          山手の家【第25話】

          マンションの入り口で待っていた優子と合流して、リバーロードを少し下ったところにあるカフェに入った。 このカフェはランチ目当ての客でいつも長い行列ができるが、ランチタイムが終わる頃には行列も消えて比較的入りやすくなる。 ランチのオーダーストップ直前に店に滑り込んだからか、すぐに4人掛けのテーブル席に案内された。 イスの1つをよけてベビーカーを置くと、その隣に真が窮屈そうに座った。 「私がそこに座ろうか?」 「僕、ここがいい。真珠、男同士、仲良くしような」 真が顔を覗き込むと、真

          山手の家【第25話】

          山手の家【第24話】

          夜になるときらびやかな繁華街も、土曜の昼間となると、人通りはあっても静かだった。 真が「行ってみたい」と、予約を入れた和食の店でランチを食べ、山手の家に向かって緩やかな坂を上る。 最寄り駅から山手の家に向かうには、それなりに急な坂を上らなくてはならないが、夜に賑わうエリアから家を目指すとなると、長く緩やかな坂を上ることになる。 明日から10月になる。街を歩く人を見ていると、薄手の羽織ものを着ている人が増えてきたが、生まれも育ちも北国の瑠璃にとって半袖で問題なく過ごせるほどだっ

          山手の家【第24話】

          山手の家【第23話】

          「姉さん、急にどうした?」 義人の呼びかけに無言のままの信子は、表情ひとつ変えずに足元に落ちたフォークを拾い上げ、空になったケーキの皿の上に乗せた。 真は信子を凝視したまま、そろりと移動して瑠璃の隣に立った。 瑠璃が真を見上げると、目が合った。 真は声を出さずに、「わからない」と、ゆっくり口を動かした。 瑠璃も首を傾げて返事をしていると、「あなた達は食べないの?」と、幸代が振り返った。 「今、お茶を入れようかと」 真も「そうそう」と、瑠璃に続いた。 「私が入れるから、2人とも

          山手の家【第23話】

          山手の家【第22話】

          9月も末を迎えると、少しは過ごしやすさを感じる日も増えてきた。 ニュースではカメムシの大量発生が話題になっているが、幸いなことに瑠璃たちの家の周辺でカメムシを見かけることはなかった。 しかし、義人たちが暮らす海に近いエリアに来てみると、あちらこちらでカメムシを見たし、マンションのエントランスにも数匹を見かけた。 虫が苦手な瑠璃は、カメムシを見かけるたびに身をこわばらせた。 (さすがに最上階までは来ないでしょう) リビングから臨む海と、海上を走る船を眺めて、瑠璃は伸びをした。

          山手の家【第22話】

          山手の家【第21話】

          生まれ育った北国ではあまり経験することのない蒸し暑さが堪えたのかもしれない。 瑠璃は山手の家の内覧から帰宅すると、すぐにシャワーで汗を流して、真珠の世話を真に任せて昼寝をした。 とにかく、体がだるくて仕方なかった。 気がつくと時計は夜の7時を過ぎていて、明かりのついたリビングで真と真珠が寝そべってテレビの録画を観ていた。 軽い夕食を取り終えて、瑠璃は仕事の原稿書きにも使うタブレットで調べ物をしていた。 (不審者情報もナシ、と……) 瑠璃は不審者情報マップの画面を閉じて、あらか

          山手の家【第21話】

          山手の家【第20話】

          真の声が上がったリビングは扉が全開になっていて、南向きの窓から明るい日差しが廊下にも漏れ出していた。 リビングに入ろうとしていた瑠璃を「瑠璃さん、そこ、気をつけて」と、真の声が止めた。 「そこ、段差があるんだ」 見ると、リビングの床が廊下よりも1段下がっていた。 「こんな段差、昔はなかったぞ」 確かに、真の言う通りだ。 信子たちが住んでいたころは、毛足が長く、地の厚そうな白い絨毯をリビングだけでなく廊下にも敷き詰めていて、段差を気にすることは全くなかった。 (そういえばこのス

          山手の家【第20話】

          山手の家【第19話】

          足音を立てて、真が廊下の向こうからやってきた。 「瑠璃さん、どうした?」 「真さん、これ、よく見て」 瑠璃は玄関扉を指差した。 「これのどこがおかしいの?」 「この扉、内側からロックできないし、チェーンとかドアガードもないから、家の中に誰かいる間は外から扉が開け放題」 ドアノブのそばに扉を開けられないように内側からロックをするためのツマミがあるはずなのに、それはなく、代わりに鍵穴があった。 今住んでいる家にはついている、ドアが全開にならないようにするための金属のドアガードもな

          山手の家【第19話】