えみりあ/emilia

物書きの端くれ/北国→関東→関西(今ここ)/子育て真っ最中/趣味も興味も「広く・浅い」…

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物書きの端くれ/北国→関東→関西(今ここ)/子育て真っ最中/趣味も興味も「広く・浅い」/人付き合いも知識も広く浅いかもしれない/色々な投稿サイト(monogatary、pixiv等)で小説を公開しています。

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山手の家【第49話】

連休後半の4日間は真と真珠の体調をうかがいながらの日々だった。 真も真珠も寝ている時間が長く、瑠璃は1人リビングで盗聴電波について調べたり、時々小蝿退治に奮闘したり、誰かに付きまとわれないだろうかと神経を尖らせながら食料品の買い物に出かけたりして過ごしていた。 体を休めているというのに、真と真珠の2人は回復するどころか、時々、咳をするようになった。 退院から2週間後の診察を連休明けに予約しているので、真珠の体調は受診の時に相談できる。 問題は真だった。 真は「医務室で診察して

    • 山手の家【第48話】

      夕方の子供向けの番組を見ずに、真珠はリビングで寝てしまった。 まさか、また体調不良だろうかと熱を測っても36.7度しかない。 (このまま様子を見るしかないのかしら) 玄関から、金属がこすれ合うような甲高い音がした。 廊下に出てみると、真が今にも崩れそうな足取りで「ただいま」と、リビングに向かってきた。 「早かったね」 真は何も言わず、ただ小さく頷くだけだった。 仕事の疲れもあるのかもしれないが、だいぶ体がしんどそうだ。 荷物を置いて、手洗いとうがいを済ませた真は、いつもの席に

      • 山手の家【第47話】

        土を掘るような音は明け方近くまで続いた。 雨は朝を迎えても強く降り続けて、空は重い灰色の雲に覆われている。 瑠璃は大きなあくびを手で覆った。 眠れなかった。 音はお隣のベランダの方から聞こえてきたけれど、わざわざベランダに出て、お隣のベランダを覗き込むわけにもいかず、もやもやした気持ちを抱えながら音を聞いていた。 時計の針が6時を指そうとしている。 寝室から、真が目覚まし時計代わりに使っているスマホのアラームが聞こえてきた。 いつもなら、わりとすぐにアラームが止むのに、今日は

        • 山手の家【第46話】

          真が出勤で自宅を不在にする平日の5日間、瑠璃は朝・昼・夕、特に時間を決めずに、盗聴器発見機の反応があったコンセントに向かって般若心経を流した。 般若心経を流すと、なぜか決まってどこかの部屋から物音が激しく聞こえてきたが、数日繰り返すと聞こえなくなった。 ゴールデンウィークの前半が始まる直前、般若心経を聞き飽きた瑠璃はデスメタルの曲を流してみた。 デスボイスのシャウトが始まったと同時に、どこかの部屋から、誰かがイスから転げ落ちたような音がした。 (上下は住んでいないから、お隣さ

        山手の家【第49話】

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        • 山手の家
          49本

        記事

          山手の家【第45話】

          坂を下りた先にある百貨店は、1階の化粧品売り場の香りを目の前の交差点まで漂わせていた。 エレベーターに乗り合わせた鮮やかなピンク色のジャケットを着た年配の女性が、真珠の顔を覗き込んで「おめめぱっちりで、お人形みたいねぇ」と、目を細めた。 デパ地下で昼食用の惣菜パンと、夕食用の食材を買い込んでマンションに戻ると、1階のエレベーターホールで掃除のおじさんと淡い灰色の髪を1つにまとめた細身の男性が話し込んでいた。 オートロックを解除して中に入ると、2人は話すのをやめて一斉に瑠璃と真

          山手の家【第45話】

          山手の家【第44話】

          リビングでは真が真珠に、信子にもらったばかりの赤い紙袋を渡していた。 「真珠、信子さんからバースデープレゼントだって。中はなんだろうねぇ」 真珠は無邪気に声をあげて喜んでいる。 目を凝らして紙袋を見ると、真が休日によく着ている、カジュアルな服を取り扱うブランドのロゴがさりげなく入っていた。 ここのブランドも、前にもらったパーカーのブランドと同じように、子供用のTシャツ1枚に背筋がひんやりするような値段が付けられている。 (このプレゼントも、お義父さんからもらったお金で用意した

          山手の家【第44話】

          山手の家【第43話】

          真珠の1歳の誕生日をささやかに祝い、瑠璃たちは日が暮れる前に帰ることにした。 義人も幸代も名残惜しそうで、幸代は「泊まっていけばいいのに」と、何度も引き留めた。 今回は真が久しぶりにドライバー役を買って出て、瑠璃は助手席に座った。 車は海岸線を夕陽に向かって進み始めた。 「まぶしいな」 真がサンバイザーを下ろした。 「そういえば、あのキーホルダー、鍵が入ってるボックスに戻ってた」 「キーホルダーって、あのゴールドの?」 「そう。信子さんの」 真が信仰方向を向いたまま「あのさ」

          山手の家【第43話】

          山手の家【第42話】

          当初2・3日と言われた真珠の入院生活は、5日目を迎えた。 真珠が入院してから、瑠璃は午前中に家事や用事を片付け、午後の早い時間にはモノレールに乗って面会に行くという日々を過ごしていた。 入院初日にはぐったりとした様子だった真珠は、一昨日に熱が収まり、昨日ようやく点滴が外れた。 日に日に回復して真珠に笑顔が戻ったことに安堵する一方で、何が原因なのかわからないとはいえ、真珠に大変な思いをさせてしまったことを瑠璃は申し訳なく思っていた。 医師の説明によると、入院当日から比較すると血

          山手の家【第42話】

          山手の家【第41話】

          車に真珠を乗せ、ベイエリアにある子ども救急センターに駆け込んだ。 発熱があるからと別室で診察の順番を待つことになった。 壁の向こうから、何人もの子どもの泣き声が漏れ伝わってくる。 真珠は、真の腕の中でぐったりと目を閉じている。 (この子には泣く元気すら、ないなんて) よほど真珠の体調が思わしくないと判断されたのか、先に病院に到着して診察を待っていた子たちよりも早く医師が真珠の元に現れた。 「設備の整った大きい病院で診てもらう必要がありますので、これから救急車で搬送します」 「

          山手の家【第41話】

          山手の家【第40話】

          「信子さん、すぐに駆けつけるなんて、よっぽど仲良いのね」 瑠璃はスマホを置いて、カップに口をつけた。 「まあ、この辺でご商売されてる人同士、親しくなりやすいっていうのもあるんだろうけど、ほら、旦那さんがある意味有名人だからさ、信子さんの場合は」 優子はカップの縁を指先で撫でた。 「あぁ、太一伯父さんね」 優子が目を見開いた。 「そうか、太一さんっていうのか。私、伯父さんの名前、わからなくて」 瑠璃の口から思わず「え?」と、言葉が漏れた。 (私よりも太一さんと付き合いの長い優ち

          山手の家【第40話】

          山手の家【第39話】

          日曜の昼下がり、瑠璃はスマホを片手に、キッチンのシンクを覗き込んでいた。 ランチの後片付けをして、最後にトマトソースがこびりついたフライパンをお湯で洗っていると、急に排水が流れなくなった。 シンクに溜まっていた水はゆっくりと時間をかけて少しずつ流れているらしい。さっきまで、ぷかぷか浮いていた排水溝のゴミ受けが、ようやく定位置に収まった。 今までいろんな家に住んできたが、ここまでひどい詰まりは初めてだった。 「ほら、大輝くんが言ってたじゃない? 油で汚れたものを洗う時はお湯を流

          山手の家【第39話】

          山手の家【第38話】

          新しい朝が始まった。 リビングのカーテンを開けようとして、「すぐに出かけるから、開けなくていいだろう」と、真に止められた。 真は大きなあくびをすると、瞼をこすった。 「さっき、また信子さんからメッセージが入ってさ」 「また?」 散々、メッセージや手紙を送っておきながら、まだ話したいことがあるのか。 (しかも、こんな朝っぱらから……) 瑠璃は身構えた。 「『あなたのお母さんは恐らく、レビー小体型の認知症だと思うので、市の認定調査員の人にそれを伝えた方がいいと思います』だって」

          山手の家【第38話】

          山手の家【第37話】

          晩ご飯はいらないと言っていた信子も、「あら、私もご一緒しようかしら」と、すき焼きを頬張った。 みんなで囲んだすき焼きの鍋をキッチンに運び、幸代に頼まれてダイニングテーブルをふきんで拭いていると、信子が肩がぶつかるほど近くに寄ってきた。 信子は「ほほほ」と、甲高い笑い声を上げると、平手で瑠璃の背中を叩いた。 (痛っ) 瑠璃は信子から1歩、離れた。 「いやぁ、今日はあの人の機嫌が良くて、美味しいご飯も食べられてよかったわぁ」 信子はしつこく瑠璃に擦り寄ってきた。離れようとする瑠璃

          山手の家【第37話】

          山手の家【第36話】

          空が白み始めている。 瑠璃は小さなビルの群れと、その向こうに顔を覗かせるタワー、そして雲が埋め尽くす空をリビングから眺めていた。 考え事をしているうちに、眠れなくなってしまった。 (掃除のおじさんの話も、01号室ばかりリフォームするのも、結局そういうことだったんだな) 901号室、801号室、601号室と、瑠璃たちの住む部屋の上下階で今年の同じ時期にリフォームが入ったのも、年末の投身自殺が原因だとしたら納得できる。 ましてや下の601号室なんて、この701号室と同じ時期に売り

          山手の家【第36話】

          山手の家【第35話】

          3日経って、ようやく発熱がおさまったものの、咳がまだ続いている。 何かしゃべろうと息を吸うたびに、むせるような激しい咳が込み上げる。 真や真珠にうつすことのないように、瑠璃は家の中でもマスクをし、寝起きする部屋を真と真珠とは分けていたが、しゃべろうとすると咳が止まらなくなる症状が出てからは、瑠璃から真に話をしたい時はスマホのメモ帳アプリやメッセージアプリを使って筆談をしている。 しゃべりさえしなければ元気だからと、引っ越しの荷物が入った段ボール箱からガムテープを剥がしたら、た

          山手の家【第35話】

          山手の家【第34話】

          山手の家を正午頃にあとにして、瑠璃は駅に向かう途中で見つけた1ピースピザを数種類買い込んで帰宅した。 掃除のおじさんに言われた通りに管理会社に連絡を入れると、受付の女性から「わざわざ、ご連絡くださり、誠にありがとうございます」と、丁重にお礼を伝えられた。 「ここだけの話、中には勝手に住み始める方や、勝手に部屋を又貸ししてしまう方もいらっしゃいますので……」 受付の女性はそれ以上何も言わなかったが、女性の口調から察するに、管理会社も住人の管理に手を焼いているのかもしれない。

          山手の家【第34話】