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山手の家【第11話】

(信子さんが山手の家に戻らないのはなんでだろう?)
この疑問に対する答えは『お金がないから』が正解だろうと思われた。
金銭的な面で立ち行かなくなって、信子の名義になっていたマンションを義人が1000万円で買い取ったのは一昨年の話だ。
名義が義人になっても信子が住み続け、マンションの管理費と修繕積立金の合計3万5千円は信子が払っていたと義人から聞いている。
「姉さんが金銭的に厳しいらしい。母さんも最近物忘れが増えて食事を作れない時もあるから、姉さんと同居しようと思う」
義人からそんな電話があったのは去年の暮れのことだ。
信子がたった1年で1000万円を使ったのかと思うと、瑠璃は信子に対して不信感が募った。
義人に対しても、認知症の妻のお世話を姉に任せようという魂胆が見え隠れして嫌な気分になった覚えがある。
真は信子さんがお金を使ったことを「太一さんの治療費に使ったんだろ」と言っていたけれど、治療費にそんなにお金がかかるものなのか、瑠璃には疑問だった。
猫の鳴き声がスピーカーから流れた。
「あー、ごめん。マロにごはんあげないと」
「お前、まだメシ食ってなかったのか」
真の呼びかけに答えるように、マロが再び鳴いた。
「こちらこそ、ごめんね。遅い時間に」
「今度、時間作って信子さんと話してみるわ」
通話を終えて、瑠璃も真も椅子の背もたれに寄りかかって大きく息を吐き出した。
「まさかそんなことになってるなんて、知らなかったな」
真が天井を仰いだ。
「お豆腐の話も、あれが本当だったらヤバいよ」
「本当だったら、ってどういうことだよ」
真は、顔と体は椅子にもたれたまま、視線を瑠璃に注いだ。
真の視線は、いら立ちのような、怒りのような、熱気を帯びていた。
「優子が嘘ついてるようには思えないし、あの家で一番しっかりしてるの、信子さんだろ?」
真は、瑠璃がなかなか答えようとしないことにしびれを切らしたらしく、まくし立てた。
瑠璃は、テーブルの上の、青いリボンがかけられた紙袋をぼんやりと眺めた。
本当にお金に困っている人が、たとえプレゼントだとしても、1着何万円もするような子供服をプレゼントするだろうか。
「どうかな」
「は?」
「信子さんがしっかりしてるって、実際どうかな」
瑠璃はテーブルに両手をついて立ち上がった。


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