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山手の家【第17話】

9月になっても日差しの強さは衰えを知らず、蒸し暑い日が続いていた。
義人は真に対して、山手の家を「売らない」と言っていたにも関わらず、賃貸で借りるのはどうかと真が提案すると、「それならいいだろう」と、あっさり了承した。
気温が高くない午前中のうちに、瑠璃は真と、ベビーカーに真珠を乗せて、山手の家の内覧に向かうため自宅を出発した。
山手の家の最寄り駅の改札を出たところに、先に到着していた義人と幸代が待っていた。
山手の家は駅を出てすぐの、リバーストリートという坂の半ばにある。
商業用のビルと住居用の建物が混在するエリアで、『山手の家』と呼ぶ部屋のあるマンションも、そんな街を象徴するかのように下半分がテナント、上半分が居住用に分かれていた。
瑠璃は今までに数回、太一と信子を訪ねて山手の家に行ったことはあるが、いずれも義人の運転する車に乗って出かけたので、駅から徒歩で向かうのは初めてだった。
車に乗っていた時にはそれほどきつく感じなかった傾斜は、歩いてみると、じわりと足に負担がかかる。
海の湿気を帯びた風が坂を駆け上がり、まだ午前中だというのに息苦しいほどの暑さを感じて瑠璃は立ち止まった。
「瑠璃さん、大丈夫?」
隣を歩いていた真の問いに首を振り、瑠璃は真に真珠をベビーカーごと託して、タオルで汗を拭った。
(こんなに汗をかくなら、このワンピース、着なかったのに)
プチプラで有名な店で買った薄手のノースリーブのワンピースは汗染みが目立つ。
こういう時に限って、どうして、背中の汗染みを隠すために使えそうな薄手のカーディガンをリビングの椅子に引っ掛けたまま忘れてしまったのか。
瑠璃は、軽快な足取りで坂を上がっていく、義人と幸代の後ろ姿をぼんやりと眺めた。
(この暑さの中、あんな服装で平気なんて、どうかしてる)
義人と腕を組む幸代は、冬に何度か着ているのを見たことのある、厚手のツイードのジャケットを着ている。
一方の義人は半袖の白いTシャツを着ているが、その上に着ているベストはよく見れば薄手のダウンベストだ。
「あの2人、元気だな」
感嘆の声を上げる真も、額にうっすらと汗を浮かべているものの、地の厚い長袖のジャケットを着ている。
(私がおかしいのか、小川家の人たちがおかしいのか)
瑠璃は大きく息を吐いた。


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