【特別対談】フューチャーデザイン・プロジェクト~Future Design 私たちが感じる未来~ vol.3 ヤマハ発動機 執行役員デザイン本部長 長屋明浩さん×エイチタス特別顧問 蓮見<後編>
エイチタスの特別顧問、現札幌市立大学/筑波大学名誉教授の蓮見孝と、様々な分野で活躍する次世代リーダーとの対談企画。第3回目となる今回は特別編として次の時代へ牽引する先駆者であるヤマハ発動機 執行役員デザイン本部長 長屋明浩さんをゲストにお迎えしました。
ヤマハ発動機の長屋さんは長年トヨタ自動車にてデザインに携わり、インハウスデザイナーとしてはいち早く「経営とデザインを共に考える」ということに取り組んでいた人物の一人です。ヤマハ発動機でも経営にデザインを取り入れ、まさに“経営デザイン”を実践している長屋さん。そして日産出身で異分野とのアートデザインプロジェクト開発の草分け、人材開発からコミュニティデザイン・地域活性まで幅広く手掛ける蓮見。2人のデザインに関する思いや、ブランディング、組織作りについて、エイチタス役員 デザインプロデューサー湯浅保有美も参加しての対談、後編をお届けします。
対談の前編はこちら
---八百万とオートノマスブランディング
湯浅:ヤマハのブランディングについて、「マニュアルを作ってそれを守る方法ではなく、それぞれの社員がヤマハ発動機らしさについて考えながら、“これはらしい”“これはらしくない”ということを自発的に判断できること。それこそが、ブランディングではないか」と以前、長屋さんは仰っていましたよね。
長屋:今もその考えを拡大しています。名付けて“オートノマスブランディング”。これは自動や放任とは違い、“自律”なんです。色々なものを雑多に置きつつ、それがマネジメントされている状態。誰かが統制するのではなく、自律的にそれがひとつの調和を生んで、ブランドができていく。それが変な方向へ行かないようにだけ整理するという発想です。一般的なブランディングの仕方は西洋型ですが、ヤマハのこのブランディングは日本教型ではないかなと思っています。
蓮見:基本的に自然界はメタボリズム(新陳代謝)で動いていますね。とても不思議なのは、人間の細胞ってものすごい数死んだり生れたり繰り返すのだけど、その人の顔は変わらない。久々の同窓会で「あの人は誰だったかな?」となっても、しばらく居ると「あ、山田さんだ」とわかります。だから日々刻々とものすごい勢いで細胞組織が変わっているのに、人の一生はちゃんとブランディングができています。一生その人らしさを一貫して通しているのは究極のブランディングの姿だと思います。
---自律的な人材を生み出すには?
蓮見:一番簡単なのは遊ばせることだね。勉強させてしまうとみんな同じ正解を求めるから、内発力が衰退します。遊びには正解がないからよいですね。
長屋:違う視座に無理やり置く方法もあります。ヤマハ発動機は一般的にはモデラーと呼ぶ造形士さん全員に、スカルプターという名前をつけたのです。スカルプターとモデラーとでは、担う責任感が異なります。中には荷が重いという人もいましたが、最終的には飲み込んでくれました。そして更に、対象物を与えず、「ヤマハらしさを表現したスカルプチャーを作ってください」という宿題を出しました。最初はあまりに悩んでいるので、“義経の鵯越”を表現しなさいと伝えました。
‘Yamaha Style’Theory 01
スカルプターチームが具現化したオブジェ。造形テーマは「人と機械が融合し美しく躍動する姿」
長屋:“義経の鵯越”は、義経が断崖絶壁の裏山から敵のもとを攻めこもうとしている際、みんなが尻込みしているところを、先陣切って「俺の後をついてこい!」と進んで夜襲をかけて圧勝したという話です。つまり、先陣をきる武将は重たい弁慶ではなく、自分の身を軽くして相手をやっつける義経です。これはまさにヤマハ発動機の考え方です。発動機の身の軽さはバリューの1つという原点に立ち返ると。ヤマハ発動機が発売したYA1というオートバイがありますが、このデザインの狙いはまさに、日本の工業デザインの第一人者といわれる栄久庵憲司さん曰く、“鵯越”なのです。
ヤマハ発動機 YA1
ヤマハ発動機の製品第1号。黒一色で重厚なデザインが常識だった当時、栗茶色のスリムな車体から、“赤トンボ”の愛称で親しまれました
長屋:完成した作品について、自分たちで評論させたんです。そうしたらまだまだもっといい答えがあるはずだ、ということになり、完全に視座が上がりました。どこがどうヤマハらしいのか、自分たちの中でお互いに説得して説明し合えるようになりました。手だけしか動かなかったのが、いつの間にか考える習慣が変わってとても自信がついていました。
湯浅:考え続けられる環境をつくることが、学びということですね。
長屋:そうです。誰かに教えてもらうのではなく、自分たちで考え続け学び続けるサイクルができる。私は何も指導していない。言ってみれば一神教の神様に教えを乞うのではなく、自分たちで考えなさいっていうことですね。
---日本と欧米の開発アプローチの違いについて
長屋:日本型の開発アプローチは、必ず予算が先にきますよね。すべての開発がコストベースで、先に価格を決めてから利益を決めて、その中でやりなさいと。バリューはコストという考え方です。それに対して欧州は理想のものを作って、かかったコストに利益をのせます。
蓮見:だから面白い仕事にならないのだよね。
長屋:日本人って、わけのわからないモノをジャッジするのがとても苦手ですよね。それは八百万の悪いところで。みんながイーブンだから、これにするぞという絶対的に宣言できる人がいないのです。だから結局調和で決めるからなかなか決められない。明確なものをまず決めるために、予算を先に決めましょうとなります。だからアーティストの評価は日本の中ではなく、海外でされないとなかなか安定しないのです。欧州の開発も体験したことがあるのですが、全くやり方が違っていて面白かったです。手を動かしながらも、上が決めるまではなかなか決定しない。だから欧州の方はスキルは高いのですが、提案力は低いです。日本の方はいろんな方向の提案をうっておいて、決まったらその方向に進みます。だから八百万の良いところを取り出していけば、日本人も捨てたものではないと思います。日本のバリューの中で一番世界に打って出られるSDGsのポイントは、八百万ではないかと私は思っているのです。
湯浅:八百万、面白いですね。江戸時代の近江商人も三方よしといいますよね。(売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえるという考え方。『売り手によし、買い手によし、世間によし』を示す『三方よし』という表現)
長屋:だからWin-Winなんて言いますが、日本人はとうの昔にそれ以上の概念をもっていたということですよね。
蓮見:これから世界に求められている要素を、日本は古来から持っていたと考えると希望がもてますね!
ヤマハ発動機 長屋明浩さん
1960年名古屋市生まれ。83年愛知県立芸術大学卒業。同年トヨタ自動車入社。初代レクサスLS400/セルシオ、マークⅡなどのデザイン開発に参画。03年レクサスブランド企画室長に就任し、グローバルでレクサスブランドを牽引。10年デザイン部長に就任、全てのトヨタ車の製品デザイン開発を指揮。12年テクノアートリサーチ代表取締役。14年ヤマハ発動機デザイン本部長就任。15年より同社執行役員。
■蓮見 孝 プロフィールはこちらから