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80代のハイカラご夫婦と異国の料理

85年前というと、どうやらそれは昭和という時代で、戦前という時世らしい。85年前、すなわち1936年といえば、2・26事件が起きたり、プロ野球が始まったりと、私からすれば教科書の中の話である。

私に農業を教えてくれるご夫婦は旦那さん87歳、奥さん85歳。
当の26歳の私はというと、ポケモンより1歳年上といった程度で、生まれた時には風呂はボタンを押せば沸いていたし、少なくとも旦那さんのように小学生にして牛の散歩をするようなこともなく育ってきた。

さて、先日、旦那さんから、

「お前のテレビでやってた、あの洋風な料理、うちのに食わせたってくれや」

という話があった。これは私がいま宿で提供しているトルコ料理の話である。これについては地元のテレビ局が取り上げてくれたこともあり、お二人もその番組を見てくれていた。

「おばちゃん、洋風なもんとか香草とか好きなんですか?」
「年寄りが食うのは醤油とかほれなんだみたいなもんで、お前の言うような、そんな珍しいもん食うたことないやろ。せやから食べてみたいんだと」

てっきり私はお二人が料理法が想像もつかないような料理は食べないだろうと思っていた。

ただよくよく考えれば、今でも新しい栽培方法を取り入れたり、謎の作物の種をどこから取り寄せるお二人は、新しいものに対して忌避感を覚えないだだからこそ、きっと食に対しても挑戦心あふれるのだろう。

食事をしながら、私は異国での話をした。
ヨーグルトはデザートではなかったとか、トルコ人は紅茶に角砂糖を2つもいれるだとか。純和風の家屋の中で。
いつもは私が教えを乞う立場なので、あまり昔の自分の話はしないが、今日ばかりは少しお二人に少し思い出を聞いてもらった。

さて、今思うとお二人と出会って一年が経つが、教えを乞うているとはいえ

「俺らが何ぞ言うても、とりあえず自分の考えた通りにやってみな気が済まんやろ」

と事あるごと声をかけてもらっているように思う。

実際、私自身は好意に甘えて、教えを授かる立場でありながら、お二人の教えと自学の情報と掛け合わせて、方向性の異なる畑づくりをしている。
師匠と弟子であるならば、「模倣」が前提とされるのかもしれないが、どちらかというと私のやり方は「アレンジ」である。

それでも私を弟子として勘当しないのは、やはりお二人が新しいものや方法論を一旦は受け入れてくれるからであろう。

「島で採れた野菜でも、こんな変わった料理できるんやな。ええこと聞いたわ」

奥さんは言う。

「新しいええ情報見つけたら、俺にも教えてや」

旦那さんが言う。

昔の言葉を借りれば、彼らはきっと「ハイカラ」さんなのだ。
新しいものを拒まずに、取り入れていく。
私はお二人から西欧化の残り香を少し感じた次第である。

ーーー
お二人が作る切干大根は、ほんとに香り高い一品です。

干す作業に年の功、経験の差が出るんですかね、、、

というわけで本日はこれにて。
ご清読ありがとうございました。

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