サップウケイの現実逃避
ぼくは毎日のように引越しをしていた。
引越しは僕の人生だったかもしれない。
放浪の旅をするより金がかかる。
家賃は日ごとに一万ずつ上がり、家はだんだん城のようになっていった。
実はぼくは金にこまっていてね。
なに、貧しいからじゃない。逆だ。
大金持ちの跡とりむすこだからさ。
でもおれはおやじが嫌いだった。
三年前、おやじは俺が家に連れてきた婚約者のことをさんざんけなしたんだ。
もっと知的な女性じゃなきゃぼくと釣り合わないなんていうんだ。
ぼくだって、いい大学でているだけでさほど頭なんかよくない。はあ。そのあと彼女にあやまったけど、彼女は「わたしといたらおとうさまとあなたの関係が悪くなる一方だわ。」
そういって僕から静かに離れていった。
無理もない。あれだけ相手の親に否定されれば僕だっていやんなる。いくら相手が好きでもね。でも僕は思ったんだ。
本当に僕のことが好きなら離れるわけがないと。しかしだったら、僕のほうこそ彼女を本当に愛していれば僕は父親に逆らって家を出て、彼女と駆け落ちをするくらいの勇気は出たはずだ。
しかしながら・・・ぼくはなぜか彼女を追わなかったんだ。
ぼくは虚しさを感じたまま家を出てきた。
世に言う「自分さがし」の旅に出ようと。
だがその決心はすぐにぐらついた。
ぼくはここにいる。たしかにいる。
だから逃げてはいけないと。
ぼくは「自分探し」の目的をいったん忘れ、
毎日泊まるところを変えようと考えた。
環境の変化によって自分の虚無感を紛らわそうと思ったからだ。でもそれは結局、逃げているんだと後で気づいた。
父親から、以前に金をもらっていたんだ。
いくらだと思う?貧乏人には想像すらできない大金だよ。ぼくはそんな大金を手にして家をでた。
なぜ父親がぼくに金をよこしたかなんて知らない。でも僕には少しだけその理由がわかったような気もした。
ぼくはその日カプセルホテルにとまった。
なんて小さな宿だろう。人間が寝るだけのスペースしかない。よくまわりをみると、ビジネスマンが沢山利用している。
彼らは必死で働いて、そして寝る。
働いたことのないぼくからみれば悲惨な現状だった。きっと独身のビジネスマンだっている。
誰からも愛されない孤独なサラリーマンは今日明日の飯のために汗水垂らして鼻水垂らして時間を削って身を粉にして財布のひもをきつくして・・・・しかしその人たちは、労働者でありながら夢を持つ愉快なサラリーマンかもしれない。
宝くじに手をそめて失敗して大損したことがストレスになっているサラリーマンかもしれない。
出勤前に会社の前の花壇の花がみんな枯れていることになんとなく虚しさを覚え昼休みにもいちど花壇をみにいったら同じ会社の社員どもが植えられた花のところで煙草をすってそこに投げ捨てているところをみてついかっとなって「やい、きみらは花壇をはいざら代わりにするのかい?」ってどなったらそいつらに「この花枯れてるぜ」なんていわれてますますかっとなってぶんなぐってやろうと思ったけれど事を大きくしたくないからぐっとこらえてその日一日中ぱっとしない日だったサラリーマンかもしれない。
愛妻に朝から高いバッグを要求されてどなりつけたら「なによ、もうすぐ私の誕生日じゃない。それくらい、いいでしょ!」って逆切れされておまけに子供にまで無視されて会社へいったら行ったで書類わすれてどなられてもうやんなっちゃったなにもかもなんていったら職場のかわいこちゃんに「コーヒーどうぞ」なんて差し出されたらなんだかちょっと元気になっちゃてその日は勤務後にいい気分で飲んでたら終電のがして妻に迎えに来てくれってたのんでも怒って電話切られて仕方なくカプセルホテルに泊まりに来たサラリーマンかもしれない。
ぼくはそんなくだらないことを考えていたら、急に心が寒くなってきた。
翌朝僕は隣の県へ移動した。
そこは温泉宿の多い場所だった。
ぼくは自分が直感でいいと思った宿へ止まることにした。同行者がいないから自由だった。
次の日は台湾へ飛んだ。なぜ台湾なのかって?だから直感だよ、ちょっかん。
そしてぼくはリゾートホテルの超高いところに泊まった。このころからだったかな、テンションが上がってきたのは。
そのホテルは最高だったけど、ぼくは日本に帰り、ある山奥の高級別荘地を買うことにした。それも一日で決めたんだ。なかなかやるだろ?今まで家にこもってなにもできなかった分、
自分の可能性というか、まあ、行動力を試すために家を出たってのもあるけどね。
だけど山奥で一人暮らすのは寂しすぎた。
次の日また引越しに。それからも、ぼくは住居を転々としていった。
高級マンション、高級住宅街、・・・あとは思いつかない・・
ようやく僕は毎日引越しをすることに慣れてきた。慣れてきたところでやめることにした。
もうわかったから。ぼくにとって環境が変わることなんて、なんてことないってわかったのさ。だって、僕の心は常に動かないでいるから。引越ししたってなんだって僕の心は動かなかったのだから。
僕は・・・やはり彼女が好きだ。
だから、今日は公園に野宿して、土管の中でゆっくり、考えよう。
(ここまできたからには、もう全て放り投げよう。全て、忘れて。お金だけはしっかり持って。彼女に電話をしよう。切られても、またかければいいんだ。本当の気持ちを伝えよう。
そうしてもう一度、彼女と会って、少し変わった自分を見せたい。
ぼくは君のために、生まれ変わりたかったんだって言うんだ。)
そしてその後思いを伝えたけれど、彼女にフィアンセがいることを知った。ぼくは悲しかったけど、悔しかったけど、なぜか・・・笑いがこみあげてきたんだ。
彼女にフィアンセがいることを知った途端、
ぼくはなんだか急に僕自身が愛おしく感じた。不思議な感覚だった。
ぼくは彼女を愛していた。しかし心の底では自分自身を愛していたんだと気づいた。
言葉ではうまく説明ができないけどなんていうか、まるでぬか床の鉢の底に忘れ去られていた(けれどわざと忘れさせていたような)、熟しすぎた野菜を自分の手で掘り起こしたときのような感覚だった。
ぼくは父親のもとに帰った。
そして、おやじにおじやを作ってあげた。
ぼくはなにもいわない。
おやじも何もいわない。
ああ、昔からおやじは、寡黙な人だったね。
僕はその晩おふくろから聞いた。
ぼくが家を出ている間、おふくろが僕に電話をしようとしたとき、おやじに何度も止められたってこと。
おふくろが言うには、おやじは僕が家出をした日一人夜通しで酒を飲んでいたと。
おやじは一晩考えて、僕が自分の心にけりをつけられるまで、帰ってきてしまわないよう、あえて電話をしないと決めたらしい。
おふくろは僕のことがきになって夜も眠れないから一度だけ電話したいって言ったけど、
おやじはそれも許さなかった。
家族の声を聞いたら、きっと心が揺れて、もしかしたらいつものように黙って家に帰ってきてしまうと思ったからみたいだ。
僕のこと、信じてくれたんだね。ありがとう。
父さんからもらった金、なくなっちゃったから、帰ってきたんだけどさ。なんてことは言えねえや。
てなわけで、僕の心はいつだって、サップウケイさ。いままでもそして、これからも・・・。
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