見出し画像

私、失敗しやすいので【2024年創作大賞感想文】

山根あきらさんが連載された長編小説、
『漂着ちゃん』が最終回を迎えた。

物語の最初、私は芥川龍之介の『杜子春』を期待していたのかもしれない。

私自身が中学一年の時に影響を受けた作品だったので、私の感覚では重なる始まりだった。
感覚なので、山根あきらさんや他の人には全然違う感覚だと思う。

そして期待通り、人間臭さを得た。
「こういう人っているよね」
褒め言葉ではない、残念な意味でだ。

山根さんの『あとがき記事』を拝読し、私の手応えは間違ってなかったと安心した。

私の結論は、
「人は爪の先で良いから目的・目標を持って
コツコツ重ねて生きること」を示唆する作品だと感じた。

自分という人間は、毎日なんら変化を感じなくても1年後、5年後と変容していくものだ。
もっといえば、昨日の自分と今日の自分は違う。
なぜなら、人は些細な出来事から気づきを感じ自分に取り込み、成長していくからだ。

山根あきらさんの『漂着ちゃん』は、
これらの成長がある人、ない人の物語と言えよう。

物語の中心人物『男』はまさに、成長しない人。
うちの祖母の言葉を借りれば、
「煮ても焼いても食えない金魚」
金魚は見栄えがいい、『男』は繁殖に使える。

『男』は、
漂着ちゃんがいる世界だから主要人物になれたが、
自死を目的に入山したのも、詳細が分からずとも
「そりゃ、生きづらいね」を思わせる。

さて『漂着ちゃん』はどのような話か。
山根さんが書かれたあらすじを引用して紹介すると

何もかも嫌になった。見知らぬ駅で下車した男は、1人死に場所を求めて雪山を登る。しかし、いざ死のうとした時、目の前の川に、1人の少女が漂着していることに気づく。男は少女を背負い、助けようとする。
 この町は、弥生時代から現代に流れついた「漂着ちゃん」と呼ばれる女性たちで構成されていた。
 男はナオミとの間に男の子をもうけたが、エヴァとの間にも女の子をもうけた。
 町を統治していたのは、未来から送り込まれた「所長」と呼ばれるAIだったが、一夫二婦は許さない。男はAIを停止させようとする。
 時空を越えた恋愛は、欲望の中で絡み合う。
 人間、愛、命、時空とは何か?
 壮大な一大叙事詩がここに始まる。

漂着ちゃん・第一話より

あらすじを読むと人道的な逞しい男性を想像する。

少女をスケベ心で助けたのではない、
街の繁栄に尽力を使っていったのだろうと。

なにせ街を統治するのは、AI。
脳はあっても身体がないのだから、
『男』はAI所長に代わり、苦難を乗り越え、平和を築いていったのだと。

多分、その期待は私がかつて杜子春を読んでいたからで、杜子春は人間の心を持っていたので最後は幸せな暮らしを手に入れた。

漂着ちゃんの『男』は、
周囲からの失望を手に入れた。


芥川龍之介の『杜子春』を語ると、
杜子春は元々お金持ちの息子だった。
放蕩息子の杜子春は親の財産を食い潰し、一文なしになってしまう。

そんな杜子春へ謎の老人が黄金の在処を教え、
再びお金持ちに成り上がる。
人は現金なもので、貧しい杜子春を相手にしなかったのに、杜子春がお金持ちになった噂を聞きつけると杜子春をチヤホヤする。

そしてまた貧しくなった杜子春へ、周りは手のひら返しをした。

杜子春は人へ不信感を抱き、謎の老人を頼り、
「あなたは仙人ではないか?自分も仙人になりたい。お金の有無で態度を変える人達に嫌気がした」そうして杜子春は最後、人間らしさを手に入れる。

『漂着ちゃん』のケースは、死に場所を見つけるために入山した男は少女を見つける。

少女を助けた男は老婆に化けたエヴァにみそめられ、AI所長がいる収容所へ連れて行ってもらい、
少女(ナオミ)と世帯を持たせてもらえる。

自死まで考えた男に千載一遇のチャンスが訪れた。
一気に町の主要人物に駆け上がった。
あとから『男』はAI所長と親子らしいので、千載一遇でもなかったのを知るが。

ナオミとの間に子を儲け、AI所長の元にいるエヴァとの間にも子を儲ける。
ナオミという妻がありながら、性欲のままにエヴァを抱く『男』

やがて、町の未来のためにエヴァは英断し行動するも、男はエヴァに町任せ。

そうだ、この男。
エヴァのことが好きだったと、エヴァと肉体関係を持ち、子を儲けるのだから、テキトーな気質は当然かもしれない。

男はナオミ、エヴァとの間を1年ごとに行ったり来たりを20年間も繰り返す生活。
男はここでも自分の意思を持たない。


この町に男性は、男、ナオミとの子・ヨブとエヴァとの子・イサクの3人しかいない。
町の存続には子孫を残す必要に迫られた。
遂に収容所で暮らす漂着ちゃんは50人以上。全員女性。

そして悲劇が起こる。

あってはならないことが起き、人として行動する場面でも、子ども達は咄嗟の判断をするのだが、
男は呆然と見ているだけ。
いまわの際の人がいて、
空気が読めない発言をぶっ放し、嗜められる。

ナオミの家族、エヴァの家族はそれぞれ個人が成長しており、男との対照的な言動は男のポンコツ具合を鮮やかに浮き彫りにした。

成長しない人を見事に書ききった作品。

杜子春がリベンジをかけて苦難に立ち向かう。
仙人からの課題を硬く守る……のと、大違い。

結果として杜子春は仙人のと約束は果たせなかった。それは杜子春に人の心があったから。
自分の親が虐待されている声へ反応してしまい、これまでの頑張りは水に流れてしまう。

しかしこれは、杜子春が人の心を持つ反応を見るためのテストだった。
お金持ちになる資格を失っても、人間らしく生きることを決心した杜子春。
仙人はテストに合格した杜子春へ人間らしい生活を与える。

これと対比するように、漂着ちゃんの主要人物『男』は、子ども達からも諦められる成長のなさ。
夫として、親として、人として、
なんの成長もない二十数年間を送った『男』

もし『男』がわたしの息子なら、ブチ回して
ナオミとエヴァに頭を下げて謝罪する。
「無責任な人間に育てて申し訳ございません」

AI所長は『男』の父親だ。
そして下記のことをのたまう。

どんなに平凡な、純粋無垢なナオミのような女でさえ、自由意思を持ち、常に成長していくものだということを忘れていたのだ。

血は争えない。親が親なら、子も子だ。
「AI所長。だからあなたは失敗したんだよ」

出典: 芥川龍之介 杜子春