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右手には「伝統的な学力」を、左手には「新しい学力」を|齋藤孝が読み解く『学問のすすめ』

1月10日は、福澤諭吉の誕生日です。
1835年に摂津国大坂堂島の下級藩士の次男として生まれた福澤諭吉は、1858年に蘭学塾(現在の慶應義塾大学)を創設、1872年に『学問のすゝめ』を出版するなど、国民に学問の大切さを啓蒙した人物として広く知られています。ここでは、教育学者としておなじみの齋藤孝先生のご著書図解 学問のすすめ―カラリと晴れた生き方をしようから、いまの時代に必要な学力とは何かを考察したコラムをお届けします。

2020年前後から学習指導要領が学校に導入されて、これからの「新しい学力」を養うことになりました。その柱は、「思考力」・「判断力」・「表現力」の三つです。自分の頭で考えて、判断し、表現をしていく、ということですね。

これまで大学の入学試験では、表現力や判断力を求められたことはあまりありませんでした。そんな力をテストしようという意図が、大学入学共通テストの導入にはありました。しかし、難航しました。表現力や判断力を問う入試問題を実際に作るのは非常にむずかしいものです。ですから、基本的に入試問題はスタンダードなものでいいのでは、と私は思っています。

中学校・高等学校で身につけるべき力として、思考力・判断力・表現力を、授業で積極的に育てるのはいいことだと思います。学習のあり方としては「主体的」・「対話的」・「深い学び」の三つが目標になっています。

自分で積極的に動くのが「主体的」。他の人と話し合ったり、お互いにアイデアを出し合ったりして協力し合うのが「対話的」で、一人でやるのではありません。そして薄っぺらな話し合いではなくて、深い研究心、探求心をもって勉強するのが「深い学び」です。この3点が、思考力・判断力・表現力の3点とともに、日本がこれから目指そうとしている新しい学力というものです。

しかし、これまでのような「伝統的な学力」もたいへん大事です。伝統的な学力とは、いままで先人が培ってきた学問をしっかりと身につけることです。いわば文化の伝言ゲームで、文化を継承していくわけですね。

たとえば、「考える」といいますが、世界史について何にも知らなければ、歴史について「考える」ことすらできない。ニュートン物理学を知らないで物理について考えることはできませんね。ですから伝統的な学力は非常に大切です。その学問内容をしっかり身につけて記憶する、そうして初めて「考える」こともできるのです。

これからは暗記ばかりでなく、新しいものを生み出す創造性が必要だといわれることがありますが、これはちょっと危険な論説かと思います。実際に大学で教えていると、受験勉強をして伝統的な暗記などをしてきた学生のほうがクリエイティブでもある、そういう実感があります。ある大学の調査では、実際にそのような結果が出ています。

一見、個性的な方法で入試をしたほうが、その後クリエイティブな能力が発揮できる学生が来る、と思いがちですが、実はいままでのような暗記中心の勉強で入試を通ってきた学生のほうが、クリエイティブな能力は高かった。そういう皮肉な調査結果が出てしまったのです。

福澤諭吉も、地道な語学の勉強や読書をしています。幼いころから漢文を読み、オランダ語や英語を読み、海外の文献を読んで勉強しています。これは「伝統的な学力」です。福澤のように伝統的な学力を身につけた人間が、新しい社会に向かって提言をしているのですね。

『学問のすすめ』に照らしてみますと、これからの学力については、冷静に対処すればよいと思います。福澤諭吉は、自身は伝統的な学力を身につけ、なおかつ開かれた人間でした。これからの学生たちも、右手に「伝統的な学力」を、左手にアイデアを生み出す力と表現力という「新しい学力」を、そしてその両手でがっちりものをつかむ、というイメージでいいのではと思います。

日本がいちばん得意であった、「まじめにコツコツ勉強する」ことは、ほんとうは間違っていなかったと思います。私たちは、福澤諭吉がやってきたことをトータルに、学ぶ必要があるのです。

* * *

齋藤孝先生による現代版「学問のすすめ」、いかがでしたでしょうか? 福澤諭吉の精神に深く触れたい方は、ぜひ本書をご覧ください。

目 次
第1章 「社会」とのつきあい方
第2章 「学問」とのつきあい方
第3章 「他人」とのつきあい方
第4章 「自分」とのつきあい方

齋藤孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授。1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て現職。専門は、教育学、身体論、コミュニケーション論。『1日1ページ、読むだけで見につく日本の教養365』(文響社)、『友だちって、なんだろう?』(誠文堂新光社)等、著書多数。

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